ギルドの巣窟 ダングレスト



ケーブ・モック大森林から戻り、宿屋へ向かうまでの間、一行に着いて行く形となったジェイドとアッシュの反応は露骨に表に出ているか出ていないかの差ぐらいで、根本的な部分は似たり寄ったりなものだった。
聞き覚えの全くない地名に、平野へ出た時の、何気なく空を見上げたあの時の衝撃と言ったら、ジェイドでさえも目を見張ったのだからこれは認めないわけにはいかないのだろう。


青空のどこにも、譜石が浮かんでいなかった。

オールドラントの、どこに居ようと見上げればそこに在る、譜石が、ない。
そして訪れたダングレストと言う街の上空に見える『結界魔導器』。
正直聞いたこともない、技術だった。
噛み合わない常識。
音素も音機関も存在せず、人々の日常に密接に関わっているのはエアルに魔導器。
ここまで来ればどれほどの石頭だろうと現実主義者だろうと、認めなければただの現実逃避でしかなかった。


この世界は、自分達が今まで過ごして来たオールドラントとは違うのだと。







「それで、あんたらは一体何が聞きたいんだ?」


込み入った話になるだろうと、宿屋で余分に一室借りて向き合ったその場で、壁にもたれ掛かるばかりで椅子には座ろうともしない黒髪の青年が、殺気を向けてそう言った。
側に居た男が「青年ったらぶっそーう」と茶化すように言っては居るが止めるつもりは無いらしく、飄々としたままベッドの上で胡座を掻いており、アッシュが益々眉間に皺を寄せて睨み付けるも、気にも止めやしない。先程森でとんでもない格好をしていた女性が、ようやくまともな格好に着替えれたのか(それでもやたら露出の多い服装だったが)、お茶を出してはいたものの、彼女もまた分かりやすくあえて殺気とは言わずとも敵意は見せていたので、ジェイドもアッシュも出された茶に口を付けようとはしなかった。他の人間は別室に居る辺り、少人数で話し合いと言うよりは体よく毒でも盛られ兼ねないので、余計に飲める筈がないだろう。
苛立ちを隠そうとしないアッシュがいくら睨み付けようと、女性は知ったことじゃないと気にも止めなかった。
にっこり笑んだ女性に、「ジュディスちゃーん、おっさんにお茶ちょうだい」と男が言うから女性の名前が「ジュディス」だとは分かるものの、青年と男に関してはさっぱりである。


「アクゼリュスを落としたあの大罪人の、いえ、あのレプリカドールを拾った経緯と引き渡し要請を聞くかどうか、ですね。ここがオールドラントであったなら、の話でしたが」


さらっと告げたジェイドの言葉に、青年の表情が更に険しくなるところだったが、それをやんわりとベッドで胡座を掻く男が制止した。
不快そうに舌を打ったあと、とりあえずは押し黙ったらしい青年を横目に、ジュディスと呼ばれた女性が笑みをそのままに、言う。


「ここがオールドラントであったなら、と言うからにはこの世界がテルカ・リュミレースであることは認めたと思ってもいいってことかしら?」
「ええ、流石にここで別世界だと認めなければ、話が進みませんので。もっとも、そちらもどの程度まで知っているか、にもよりますが」
「あら、もう見当は付いているのでしょう?あなたを見てジェイドさんと呼んだミュウが共に居た。私たちがあの仔から、何も聞いていない筈がないとあなたなら考えるでしょうに。ジェイド・カーティス大佐?」


にこりと笑んで言った女性の言葉に、ほんの僅かだけジェイドは不愉快そうに顔をしかめたが、何か言える筈もなかった。
ミュウが居たならば、名前ぐらい知られているのは十分に考えられることである。
そう大して驚くようなことでもないとジェイドはそこまで動揺もしなかったのだが、自分達は全く知らないのに相手だけが知っていることが我慢出来ないのか、アッシュが益々眉間に皺を寄せ今にも怒鳴り散らし兼ねなかった。
溜め息を吐きたくなるのをぐっと堪える。
あれだけ気の短いアッシュがそれでも感情のままに動かないのは、自身の身に起こった本来なら有り得ない現実に、ここで事情を知っているらしい人間に話し合う必要もないと言われればそこで終わりだと、分かっているからだ。


知らない場所。
見たこともない、初めて見る世界。
ここで放り出されたらどうしようもないことぐらい、気付かない筈がなかった。



「おやおや、意外や意外。おっさん達の機嫌次第で、自分らの行く末が左右されることが分かるぐらいには、あんたら愚かじゃなかったみたいね」
「どういうことだ…っ!」
「いやいやそのまんまよそのまんま。青年があそこまで大事にしてんのを森で見てた癖に、レプリカドールとか大罪人とかって言っちゃうから、おっさんとしては路頭に迷う気満々なのかと」


ふざけた調子で言った男の言葉に、これには耐えきれずアッシュが声を荒上げたのだが、それも全くと言っていいほど男が気にも止めてないから、とうとうアッシュの堪忍袋がぷつりと切れた。
ダンッ!と力任せに机を殴って、お茶の入ったカップが揺れ、中身が溢れても構うことなく、叫ぶ。


「てめぇらは知らねぇだろうがな!あの屑は俺の劣化レプリカなんだよ!!人の居場所を奪った、人間じゃない複製品だ!!挙げ句街一つ落として一万の人間殺した、最低な大量殺人鬼なんだよ!!」


怒鳴り散らすように言ったアッシュの言葉に、とうとうやってしまったかとジェイドは痛む頭をどうにか堪えつつ、何も知らずに罪人を匿ってしまった青年達へ事実を伝えるべく、眼鏡を押さえながら溜め息混じりに言葉を続けた。


「……あのレプリカは一瞬で一万の救わなければならない民の命を奪った原因であると言うのに、罪も認めれずあろうことか逃げ出した大罪人です。あなた方が殺人鬼を匿う必要性はない。ましてあれは人間ではありません。一万の命を奪った、血塗れのお人形なんですよ」


淡々と言ったジェイドの言葉に、ベッドの上で胡座どころか頬杖ついて寝転がってさえもいた男が「うわ、勇気あるわぁー」と茶化すように言っていたが、その言葉にアッシュが怒鳴るより先に、黙っていた青年が渾身の力を込めてダンッ!!と机を殴っていた。
今度こそカップは倒れ中身が机上に広がったが、そんなことは気にも止めれないほどに、あのジェイドですらも思わず引き下がってしまいそうになるぐらいに、剥き出しの殺意を向けて、それから。



「なあ、おい、お前ら。いい加減にしてくんねェか」


座ったままのジェイドとは違い、立ち上がって身を乗り出していたアッシュの胸倉を掴み掛かりそうになるのをどうにか堪えて、青年は確かにそう言った。
途端に怪訝そうにアッシュが睨み返しはするものの、一度その雰囲気に呑まれてしまった以上まさか通用する筈もなく、続く青年の言葉を待つぐらいしか、出来やしなくて。


「正直、レプリカだとかその辺のことはこっちもよく分かっちゃいねぇが……仮に、だ。あいつがそこのデコ、お前のレプリカだったとして、似てるか似てないかっつったら全く似てないとしかオレには思えねぇが、まあ、お前が怒るっつーのは納得は出来ないが、分からないでもない話だと、一応思えるさ。問題はそこの眼鏡。アンタだよアンタ」
「……私、ですか」
「ああ、こっちが気付かないとでも思ったのか?そっちは怒ってんのは伝わるよ。だけど、アンタ違うだろ。アンタは別に、その一万の命が奪われたことに、怒ってんじゃない。自分の知らないところであいつが面倒事を引き起こしたと思って怒ってんだ。違うか?」


その瞬間に息を呑んだのが、一体誰か、なんて。



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宿屋に関してはめちゃくちゃ捏造です…!
ヘリオードみたいな感じだと思っていただけたら…ダングレストって個室とかじゃないんですよね…ちょこっとその辺は流して下さい…!


141029・修正
見るに堪えかねたと言うのとこちらの方がいいかと思って直しました。
大幅修正入ってますがご了承くださいませ…!



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