「約束、です?あ!もしかしてパティ、ノードポリカでのあの秘密の約束のことですか?!」



茹で蛸のように顔どころか耳まで真っ赤にしたルークより先に、パティの話す『約束』と言う言葉に反応したのはエステルの方だった。
瞳を輝かせて興味津々に「詳しく聞きたいです!」と目で訴えているエステルの姿に隣を歩くリタなんかは「よく覚えてたわよね…」と若干引き気味だったりするのだが、残念ながらエステルはそこを気にするようなタイプではない。
マンタイクからその話題に出たノードポリカへ戻る為にユーリ達一行は再びカドスの喉笛へと向かっているところだったのだが、この分ならば暫く歩くスペースも普段よりずっとゆっくりとしたものになるだろうし、道中はのんびりとしたものになるんだろうな、とジュディスはそんなことも思いながらにこりと笑んでいた。
明後日の夜にはノードポリカに着かなくちゃおっさんまた新月の夜まで待つ羽目になるんだけど、そこんところ分かってくれてるのかなぁ〜?とレイヴンだけはふてくされているものの、こうも和んでしまえれるような空気の中、そこまで訴えれる勇気は流石にない。そんなことをしたら後が怖ので。



「その通りなのじゃ!よくぞ覚えてくれたのぅ、エステル。うちも痛恨のミスだとは思ったのじゃが、ついついタイミングを逃して聞けなかったのじゃ!と言うわけでルーク、うちとの約束。果たしてく・れ・た・か・の?」



開いていた距離の分だけ詰め寄り、そうしてにやんと笑んで聞いたパティに対し、これまた面白いぐらいルークが慌てふためいて両手で顔を覆い隠しもしたのだから、話を聞いていたエステルもユーリもどういうことかと首を傾げてしまった。
珍しく意地の悪いことをしているパティに何かしら注意をするにはそう言う話でもなさそうで…それよりも繋いでいた手をおもいっきり振り払われたことの方に、ユーリとしては密かにショックを受けていたりもする。
一体何の約束をしていたか知らないが、だからこそエステルのテンションの上がりようはなかなかに誰にも止められないようなものとなっていた。
「遊んでないであんた達も戦いなさいよ!」と普段だったら絶対に言っている筈のリタですらスルーしている程の興奮具合だ。
「バランスは別に悪くないものね」とにこりと笑んで月華天翔刃を決めたジュディスは流石としか言えず、「頑張ってちょーだい!」と声を掛けているだけのレイヴンはどうやら後でリタに怒られたいようだった。
2、3匹しか敵が出て来なかったとは言え、一応戦闘中だったりするのだから。



「一体どんな秘密の約束をしたのですか?パティ。ここはやっぱり、とっても素敵なことだったりするのです?」



こそっと小声で聞いたエステルの言葉に、パティはにやんと笑んだまま「その通りなのじゃ!」と同じように小声で返した。
その答えにますます内容が気になるのかエステルがきらきらと目を輝かせてルークへと視線を向けるも、ルークは恥ずかしがっているようで視線を合わすことが出来そうにない。
わくわくと楽しみにしているエステルのその手首に、普段着けている武醒魔導器は今この時は手元になかった。
別行動をすることに決まった後で、流石に手元に一つも無いのでは不味いから、とジェイドに貸したのだ。
だからこそ、エステルもまたルークと同じように非戦闘員として後ろに控えているのだが、何とも言えない絶妙な距離でレイヴンが暢気にしている辺り、これは配列を考え直した方がいいかとユーリは思ったりしているのだが、まあ今のところは全くの余談ではある。
ベリウスとの面会が叶わなくなったところで、一番困るのはレイヴンであるのは間違いではないので。



「どんな約束をパティとしてたんだ?なあ、ルーク」



にやにやと笑みを浮かべたままのパティと何の反応も出来ていないルークとどちらを気に掛けるかと言えばユーリの答えとしてはルークの方で、真っ赤になった顔を隠して立ち止まってしまっているルークの肩に触れつつ、そう話し掛けた。
気が付いたら戦闘も終わっていてジュディスが近付いて来ていたり少し離れた場所でレイヴンがリタにファイアボールの連発を喰らって騒いでいたりするのだが、その辺りのことはスルーさせて頂きたいものでもある。
ノードポリカからマンタイク、そしてヨームゲン等これまでの道中を考えればいくらパティと約束していたとは言え、ルークが何か出来たかと言えばユーリもエステルにもそうは思えなかった。
と言うことは、約束を果たせていないと分かり切っていて、パティもあえて今この話題を振ったのだろう。
顔を真っ赤にさせていたルークは声を掛けた人物がユーリだと分かると、大きく肩を跳ねさせてから、一度ぎゅうっと自分の胸元に手を寄せて皺が出来る程握り込んだ。
明らかに緊張しているとはユーリも分かるのだがその理由が全く見当が付かず、「パティ、お前ルークに何を言ったんだ?」と声を掛けようとしたのだが、それよりも先にルークの腕が頬を触ろうと伸ばされた方が、先だった。



「ルーク?」
「…っ!ゆ、ユーリの頬っぺた、ここ?」
「ん?あ、ああ…ちょっとズレてるけど、大体ここだな」
「う、動いちゃダメだからなっ!」
「?」



伸ばされた手をきちんと頬に導いてやって、そうして動くなと言われたのだからユーリは疑問に思いつつも動かずに居たのだが、次の瞬間、ちゅっとそんな音が聞こえたことよりも多少ズレてはいたが唇を掠めた柔らかな感触に、一時停止どころか頭の中まで真っ白になった気がしました。



「何やってんのよあんた達ーーーっ!!」
「よく頑張ったのじゃルーク!これで約束はきちんと果たせたのう。では次のステップとしては…」
「アホなことを吹き込んでるんじゃない!!」



いきなりのとんでもない光景に顔を真っ赤にさせて怒ったリタが標的をレイヴンからパティへと移したのだが、肝心のパティは反省も何もしていないようだった。
「大胆なことをさせるのねぇ」とジュディスが楽しそうに口にしていたりするのだが、ツッコミを入れられるだけの余裕が、誰も持てていなかったりする。
顔を真っ赤にさせたルークはそっとユーリから手を離すとミュウを手元に呼んで案内させ、とりあえずジュディスの隣にまで逃げてしまっていた。
放心状態のユーリはそれどころではないのだが、あとちょっとでナイスだパティ!と叫びそうだった。欠片も面に出さないのは、流石としか言い様がない。



「そんなに怒ることではないのじゃ、リタ姉。うちはノードポリカでルークと今度会う時までに親愛の印としてユーリにキスを一度でいいからしとくこと、と約束しただけなのじゃ!」



みんな仲が良いことは素敵なことだからのう、と笑って言うパティもまさか本当に唇にするとは思っていなかったが、と内心では思っていたが、指摘するようなことはしなかった。
そう説明されてしまえばリタも何も言わなくて、「普通は頬にするもんでしょ…」と言いたい言葉をどうにか飲み込んで、なかったことにするしかない。
目の見えないルークは頬に手を添えていたとは言え完全に唇と重なっていたかと言えばそうではなくて、もうなんかそれならまあいいや、とリタは思ったのだ。
丸投げしてツッコミを放棄した、と言う方が正しかったりもするが。



「素敵ですパティ!では私も!私にもお願いしますルーク!ああああでもその前にパティから…っうう、リタ!私リタにも親愛の印したいです!勿論ジュディスにも!」
「は?!ちょっと落ち着きなさいよあんた!誰彼構わず今みたいなことする気なの?!」
「頬っぺにちゅーです!流石に私にはハードルが高過ぎまして…」
「照れるぐらいなら頬にもしない!!」



ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めたエステルとリタにレイヴンまでもが加わって事態が収拾もつかなくなったそんな頃。
ようやくハッと我に返ったユーリは周りの様子を見て、そこで一度もカロルが口を開いていないことに気付いたが、マンタイクでの明かした話を思い出し暫くそっとしておくことに決めた。
思うところがいろいろとあるのだろう。
戸惑わないでいられる程の話でもないことは重々承知であったし、ルークにすら話し掛けることが出来ていないと言うのなら、おそらくまだ時間が必要に違いない。
気に掛けて置くことぐらいしか選択肢はなく、とりあえず今はルークへと視線を向ければ、その隣に居たにこりと笑んだジュディスが手招きをしてユーリを呼んだ。
内心首を傾げつつも近寄れば、エステルやリタ達には聞こえないように、ジュディスが言う。



「パティと交わした約束、実はちょっと違うんですって」
「? どういうことだよ」
「あら、それは私には言えないわ。ただ、ルークはキスの意味を知っているのよ。頬に落とすのが親愛の印、手の甲へは尊敬、もしくは騎士の忠誠の証として受け取っていたみたいだけど…唇へ落とす意味を、知らないわけではないわ」



騎士の忠誠云々と言うのはそれはおそらく向こうの世界での、と言う言葉がもしかしたら付いたかもしれないが、続いた言葉の方にユーリとしては気を取られて、それどころではなかった。
カアッと耳まで赤くなった気もするが、幸いなことに収拾の付かない事態にとうとうカロルまでも巻き込まれたようで、気付いたのはジュディスだけだろう。
「ご主人様耳まで真っ赤ですのー!」と話しているミュウに「声がでかいっつーのバカ!」と涙目で訴えているルークは抱き潰す勢いでミュウにしがみついていて、後で回収しないとミュウが窒息するな、とユーリは思ったが、ちょっと今は無理そうだった。



「パティに背を押されちゃったわね、ユーリ」
「……よりによって言うことがそれかよ、ジュディ」
「だって元気が出たもの、あの子。パティなりの励ましだったのね。ああいう顔、私ももっと見てみたいと思うわ」



にこりと笑んで言ったジュディスに促されるままもう一度ルークへと視線を向ければ、相変わらず照れているのか顔を真っ赤にさせたままミュウを抱き締めていて、そうしてほんの少しだけ、笑っているようにも見えた。
その瞬間をエステルも見ていたのか、腕を引いて連れて行ってしまったのが見えるものの、ユーリはユーリで自分が今それどころではないと自覚しているので、止めることはしない。
エステルがルークの頬にキスを贈ったのも見えていたし、パティがエステルの頬にキスを贈ったのも便乗しようとしたレイヴンがリタのスプラッシュの餌食になっていたのも見えたが、止めようと言う発想すら、ユーリには浮かばなかったのだ。



「答えを返してあげなくちゃいけないわね。もっとも、もう既に結論は、出ているでしょうけど」
「……この場でって言うのは、勘弁してくれよ…」
「そうね。それじゃあ、ノードポリカまでお預けってことかしらね」



完全にからかわれているとは思ったものの、にこりと笑んだジュディスにそれ以上はユーリも何も言えず、頬の火照りが引くまで何も口出ししないことにした。
ルークやエステル達を見守っていて、それなりに時間を開けてから、「そろそろまた出発するぞ」と声を掛けて、進む。
「お返しはどうするつもりなのじゃ?ユーリ」と小声で行って来たパティにはこつん、と頭を小突いてやって、ルークにだけ耳元で「ノードポリカに着いてからな」と答えておいた。
のんびり道を進んで、きっと何もないだろうと、そんな風に思い込んでいたのだから。


束の間の平穏だったのだと、この時は夢にも、思っていなかった。









「―――ダメよ!エステル!!」



どこで間違ったのか。
どこから、違っていたのか。
騎士団がカドスの喉笛を封鎖していると聞いて実際に目にしてから、おかしくなったのだろうか。


他者を思い遣ることの出来る彼女の優しさが全ての引き金を引いたのは、その瞬間のことだった。





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