その言葉は聞きたくなかったとばかりに歪められた表情に、不愉快だと露骨に出したその顔が、結局は全てだった。

彼女の中で、その存在は嫌悪対象でしかない。
とてもじゃないが、同等である存在には成り得ない。

偽物であり紛い物でしかなかった。
今までよくも欺き、その場所に居座っていたものだと腸が煮え繰り返る程の怒りを覚え、その罪から逃げるなと公の場で断罪する必要のある、造り物。
愛しい人はあの模造品のせいで居場所を奪われていた。
両親を、友を、あの輝かしい場所で得られた筈の時間を、思い出を、その全てを愚かしい複製品のせいで、失う羽目になった。
のうのうと居座っていたせいで愛しい彼は必要のない苦労を沢山し、傷つき、出来損ないのせいで『聖なる焔の光』の名すら穢されたのは、あんな造り物では到底贖えきれない程の罪だった。



『いつか俺たちが大人になったらこの国を変えよう。貴族以外の人間も貧しい思いをしないように、戦争が起こらないように。死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう』



ずっと大切に抱いていた、たった一つの約束。
それすらも侮辱したようなものでもあるあのレプリカの味方をする男は…ナタリアにとって、悪だった。

そんな存在は、要らない。
必要ない。





「…あなたは……」
「申し遅れました、ナタリア様。私はギルド『凛々の明星』の一員、ユーリ・ローウェルと申します」



サラダを作っていた手を止め、優雅に腰を曲げて頭を下げたそのユーリの姿に、戸惑ったのはカロルの方だった。
罵声こそ飲み込んだものの、ナタリアは柳眉を逆立てユーリを睨み付けており、先程までとは違う雰囲気に、ジェイドとイオンの眉間に皺が寄る。
いつかはユーリの我慢の限界が訪れるとは思っていたとは言え、このタイミングで言葉を選ぶとはジェイドは思わず部屋に帰りたいな、とそんなことを思ってしまった程だった。
宿屋の主人に台所を借りてもめ事などしていれば苦情を受けるだろうが、これはオールドラントの人間で対応に当たらなければならないだろう。
疲れたようにイオンが溜め息を吐いたことが、隣に立っているジェイドにだけは分かった。
気持ちが痛い程分かりすぎて、これにはもう何と言っていいのか判断が付きそうにない。


「一体何の真似ですの?そのようなこと、今の私には必要ないと言った筈ですわ」
「カロルとパティには、な」
「………」
「あんた、俺には名乗りもしなかったし認めようともしなかっただろ。昨日見たもんな?俺があいつを庇っていたのを。人のことを無視するぐらいには許せないんだろ?ルークの味方ってや、」
「その名であの紛い物を呼ぶのはお止めなさい!!」



鬼のような形相をして、と言うのは言い過ぎな部分もあるが、名に反応して怒鳴りつけたナタリアの言葉に、ひっと声を引き攣らせたのはカロルだった。
ユーリに対して嫌悪どころか憎悪までしているナタリアに、これにはジェイドも諫めようとしたのだが、そんな程度で止まるような相手ではない。
一瞬の内に切り替わったその態度に、雰囲気に、ユーリは思わず暢気に感心すらしてしまったが、それ以上に感じた気持ちを、あえて言葉にせずとも誰にだって察しの付く話だった。



「『ルーク』はあの偽物の名前ではなく、本物の、私の大切な婚約者の名前ですわ!!あれは偽物です!あのような汚らわしい紛い物を『ルーク』と呼ぶのは、このナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアが許しませんわ!!」



酷い言い様だな、と思えるだけの余裕が果たしてユーリの中にあるかどうかと言えば、余裕はあっても許す気の方が当然、なかった。
血の気が引いたのはカロルだけの話ではなく、イオンとて同じであっただろう。
「ナタリア!!」と必死に叫んだイオンの言葉は当人には届かず、周囲の様子を全く見ることの出来なくなったナタリアの癇癪を相手に、ユーリは不敵に笑んでいた。
装備品は部屋に置いてあってよかったですねぇ、と現実逃避したのはジェイドである。フラムヴェルジュがこの場にあったら即、円閃牙からのコンボをお見舞いされていただろう。紅蓮のスキルは習得していてもレベルが満たしていないのは幸いだったか。
哭空紅蓮撃がないだけまだマシである。
ライフボトルさえあれば生き延びることは出来るだろう。多分。



「さっきカロル達に言ってたのとは違うことを平気で言ってる自覚はないのか?お嬢ちゃん。この世界であんたの身分は関係ないものなんだろ?それに俺たちの知るルークはただ一人だけだ。あんたの言う『ルーク』は、その名を良しとはしてない。『ルーク』じゃなくてアッシュ。偽物だとか本物だとか、そういう話じゃない。大体レプリカ=偽物だってそう言う認識してるのは随分と驕った発想なんじゃないか?何が偽物だ何が汚らわしい紛い物だ?お前は命ある存在に、んな言葉をぶつけれる程自分が高尚な生き物だとでも思ってんのか」
「お黙りなさい!!お前のような輩にそんな侮辱をされる覚えはありませんわ!罪に塗れた愚かしいレプリカを汚らわしい偽物だと言って何が悪いのです!あのものは我がキムラスカ王家を謀った罪人ですことよ?!あのもののせいでルークはその名を奪われ、苦しんだのです!事情もよく知らないで、勝手なことを言わないでくださいまし!」
「事情をよく知らないからこそ、胸糞悪いっつってんだよ。あんたの言い分を俺には理解出来ないし、したいとも思えねぇ。王家を謀った?それは本当にルークの意志だったのかよ。アッシュは自分が『ルーク』って呼ばれるのを拒絶してんぞ。それが一つの答えじゃねぇのか?」
「あのレプリカが居ることが悪いのですわ!!あのような紛い物が生きているから、あの人は名乗れないのです!あのものが『聖なる焔の光』と言う名を汚したから、あのものが断罪されればあの人はその名を拒絶などしません!」
「七年一緒に過ごした相手に、死ねってお前はそう言いたいのかよ!」
「罪を償えと言っているだけですわ!!私は…っ!」

「はい、ストーップなのじゃ。そこまでにしといた方がいいとうちは思うぞ?ユーリ、ナタリア」


一体いつの間に取り出したのか、間に割って入って、そうしておでんを突きつけてそう言ったパティに、これにはさすがにユーリもナタリアも一旦黙らないわけにはいかなかった。
止められれば、多少は頭も冷えるもので、すぐにユーリは怯えたような視線を向けるカロルに気付いてなんとも言えないような気持ちになり、パティからおでんの串を受け取って、その場を譲る。
「空腹は余計に気持ちを苛立たせるのじゃ!」と笑顔で言うパティに、ナタリアの方も多少は落ち着けたようで、いきなり突きつけられたおでんを断る余裕は出来たようだった。



「お互いにお互いの意見があるのは当然のことじゃ。それはどちらがより多くの賛同を得るかだとかそういう問題でもないし、うちもまたうちの意見がある。じゃが、とりあえず一旦頭を冷やすと言うことをした方がいいのじゃ!激情に駆られたままでは話し合いにはならん。落ち着いて、まずは深呼吸じゃ。違うか?ナタリア」



子どもの癖に何を、とでも言いたそうな顔をしたが、正しいことを誰が一番口にしているかと言えばその子どもであるパティなのは確かだったので、ナタリアも何か反論することはなかった。
そんな姿を横目にユーリはらしくないことをやっちまったとおでんを食べながら考えていたのだが、譲ったからには余計な口を挟むことはせず、気持ちを落ち着かせることにする。
だいぶ言いたいことを我慢したことがジェイドやイオンには分かったのだろう。特にイオンは申し訳なさそうに俯いており、見ていて可哀想な程でもあった。



「主らがテルカ・リュミレースに来て、うちが行動を共にしたのはアッシュよりもルークの方が長かった。だからうちが何をどう思うか…ナタリアには分かるかのう?」



にこりと笑んで告げたパティのその言葉に、眉間に皺を寄せてナタリアは不愉快そうに顔を顰めた。
「あなたもあの紛い物の味方と、そういうわけですのね」と続けたナタリアに、パティはそれでも笑みを崩さない。
パティにすらもそんな反応をするのかよ、と密かにユーリは思ったが、ナタリアが何か毒突くより先に、パティは言った。

それが最初の、綻びだった。




「そんなに怯えずともいいのじゃ、ナタリア。自分を責める必要は、もう、どこにも存在してはいない」



どこをどう聞いていたらそんな結論にたどり着くのか全く理解出来ないことだったが、肯定するかのようにそこ見えたのは、今にも泣き出しそうに顔を歪めた、少女の姿だけだった。




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ナタリアこんなこと言うのかなぁ…?と思いながら書いてましたが、よくよく考えずともアクゼリュス崩落直後でルークが姿消してたとかある種最悪なタイミングで行方眩ましたので、ナタリアからすればかなり嫌悪対象になってました。
偽姫イベント前なのでこれでオールドラントに戻ったら凄まじく気まずいですよね。全てを知ってるアッシュからすればかなり複雑そうです。
一番思ったのはユーリがこう言ってくれるかなぁ、なのですが。


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