一体どうしてこの時、この場所に突然王女様が現れたのかはその場に居た全員が揃って分からないことだったのだが、とにもかくにも何人かの心はへし折れた瞬間だった。
若干イオンの顔がひきつったように見えたのはユーリの気のせいではないだろうし、ジェイドが痛みに堪えるように頭を押さえたのもまた、見間違いの類ではないのだろう。


ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア

それが目の前に現れた少女の名前だったが、本来ならユーリはまだ自己紹介も碌に受けていないのだから知らない筈の名前であり、ジェイド達のやりとりを聞いて辛うじて「ナタリア」とだけは知っているものの、詳細を含めた上で嫌悪感を露わにするには流石に辻褄が合っていなかった。
何も知らない、と言う風に取り繕わなければならないと言うのがユーリにとっては少々厳しい面もあったが、あからさまに拒絶をしたらそれはそれで面倒なことになる…と思ってしまったことが考え過ぎであればそれで良かったのだが、多分これは間違っていない。




「あら?ごめんなさい、お話し中でしたの?私ったらつい…お恥ずかしい限りですわ。申し訳ありません」



バーン!といきなり扉を開けたかと思えば、出てきた言葉は比較的まともなそれで、思わずサラダ作りを再開しようと考えていたユーリはきょとんと目を丸くしてしまった。
「別に気にしなくてもいいのじゃ!」とにこりと笑ってパティが答えれば、もう一度謝罪の言葉を口にし、ここまで来ると何の冗談かとユーリはルークの記憶の中の『ナタリア』と照らし合わせようとして、寸でのところでどうにかやめる。
頬に手を当てて今の自分の行動に恥じるナタリアは、昨晩声高に「レプリカルーク」を責めていた姿とはどうにも重ならなくて、あんまりに様子の違うその姿に戸惑いながらも声を掛けたのは、黙り込んでいたカロルだった。



「えっと、ナタリア…様?その、朝食なら僕らで今作ってるんですけど、どうかしたんですか?」



しどろもどろになりながらも一応は聞きかじった情報を元に、王女であることと今初めて話をすることを踏まえてカロルはそう言った。
偉いもんだな、と暢気にユーリは感心していたりもするのだが、お構いなしに普通に話したパティは全く分かっていないのか気にもせずフライパンに卵を割って落としていた。先程まで目玉焼きにするか卵焼きにするか迷っていたが、今日は目玉焼きにするらしい。…盛大に話が逸れたが。



「様付けなどなさら…あら?あなたはルーク達を助けてくださった方達の…」
「あ、えっと、ぼ、僕はギルド『凛々の明星』のカ、カロル!カロル・カペルって言います!」
「うちはパティと言うのじゃ!よろしく頼むのじゃ!」
「ちょちょちょっとパティ…っ!王女様になんて…っ!」



身分のことなどお構いなしに話すパティに、慌ててカロルがチキンサンドを作っていた手を止めてまで咎めようとしたのだが、それよりも先にナタリアの方が「いいのですわ」とそう口にした。
見るからにほっとしたカロルの姿に、そう言えばエステルが王女様だと知った時も似たような反応をしていたよな、とユーリはそんなことを考えながら暢気にキュウリを洗って包丁で切り始めていたのだが、ジェイドとイオンは何とも言えない複雑そうな顔をしたまま、どうすることも出来ないらしい。
三割程ナタリアが「朝食の準備なら私も手伝いますわ!」と言い出さないか不安に思っている部分もあるのだが…その場合は人数分の胃薬をどうにかしてかき集めようと思っているイオンと、袖口に流し込むのはナタリア特製ココアを回避する以外には使えない方法ですかねぇ、と考えているジェイドとでは、口に出せないにしても内容が違いすぎていたりもする。どのみち現実逃避のしょうもない話でしかないのだが(余談だが袖口に流し込んで回避したココアは皮膚を焼いてとんでもないことになったので、今度からやる際にはもう一枚特殊な譜を刻み込んだ服を着込んでおこうとジェイドは心に誓っていた)(ケテルブルクからグランコクマまでのタルタロス内は悲惨過ぎて二度と味わいたくない旅路でもある)。



「私はキムラスカ・ランバルディア王国王女、ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアと申します。昨日は碌に挨拶もしないままでごめんなさい。オールドラントでは私は王女ではありますが、この世界ではこの身分も何の意味も持たないこと。敬語も何も必要ありませんので、よろしければパティのように普通に話してくださいませんか?お願いしますわ、カロル」



にこりと笑んでそう話すナタリアの姿に、ユーリは自分の知る貴族達とは違うんだな、と思う反面、おや?と内心首を傾げた。
イオンとジェイドが言っていた。
一緒に行けるような状態ではないと。
けれど今のナタリアの姿を見ていて、ユーリには彼女が何の考えも無しに駄々をこねる人間には見えなかった。
…ただ、ナタリアの口にする『ルーク』と言う人物が、自分の知る人物と重ならないことを知っているから、苛立つ部分は確かにあるのだけれど。



「えっと、じゃあナタリア。台所に来てどうしたの?」



お腹が空いたって言うならもう少し待っててもらわないと、まだ用意出来てないんだけどな。
とイオンとジェイドに用があって入って来たと言う言葉を緊張の為かすっかり頭から吹っ飛んでいたカロルはそう言った。
すれば「お腹が空いたからと言って催促するような人間ではありませんことよ、カロル」とほんの少しばかり口を尖らせてナタリアは答え、その答えにカロルが慌てれば「冗談ですわ」ところころと笑う。
昨晩罵声を聞いていなければ品の良いお嬢様だなとユーリも思ったが、イオンとジェイドの話もあったのでこれには逆に対応に困ってしまった。



「私はジェイド達に話があってここへ来たのですわ。ですが…お話し中だったのでしょう?お邪魔してしまいましたわね」



申し訳なさそうにそう話すナタリアの姿に、ここでユーリも気が付いた。
あのイオンが顔を顰めているのだから、まさかこのままの印象ではないとは思っていたが、ジェイドまでもが一度軽く頭を下げたのだ。
感じた違和感は、どうやら気のせいと言うわけでもないらしい。



「ううん、僕らの話は一応一区切り…ついたんだよね?」
「そうじゃのう、まだまだ続くにせよ一端の区切りはついたのじゃ。続きを聞く前にナタリアの話を挟んでもうちは構わんぞ。あんまり長引くようなら、それはまた後で、と言うことになってしまうがのう」



首を傾げて聞いたカロルの言葉に、目玉焼きが手遅れな程に焦げたりしないように注意を払いながらパティはそう言った。
この場でもう少し聞きたいことがパティ的にはあり、皆が集まっている場では話せる内容でないと知っているからこその申し出なのだが、カロルがそこまで察することが出来たかは、微妙なところなのだろう。
パティの言葉にナタリアは多少口ごもっていたのだが、「それなら私の話は後で構いませんわ」と内容には触れずにそう返していた。


「では、私の話はまた後でと言うことでお願いしますわ、ジェイド、イオン。そしてお話しの最中にごめんなさい。邪魔をしてしまいましたわね」
「気にしないでよ、ナタリア。僕らの方こそごめんね。ジェイド達にオールドラントの話をしてくれって頼んだから…」
「あら、私達の世界の話でしたの?」


きょとんと目を丸くしたナタリアが、口には出さなかったものの一体何の話をしていたのか気になっているようにユーリには思えた。
もうここまで来ると薄々察していたことは気のせいではないとは分かったが、何にせよ頭の痛い話だとも思う。

ナタリアは意図的に、ユーリを視界に入れようとしていなかった。
名前ですら、知ろうとしない。
名乗ろうとすら、しない。
理由は簡単だ。
この世界で出会った初めの時に、彼女にとって好ましくない存在と、共に居たから。
『レプリカルーク』を、庇うように立っていたから。

除外した理由などそれだけだ。
ナタリアにとって偽物を守る存在など、認められることではないのだから。



「レプリカの話を発案者から聞いてたんだよ。『アッシュ』と『ルーク』の為にも、必要な話だろ?」



言った瞬間、凄まじく不快そうに眉を顰めたナタリアの姿に、いびつさの要因がそこに込められているような気がしたのは、ユーリだけの話ではなかった。





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久しぶりの更新です…まともそうに見えて全くまともではないナタリアの話。
余裕が出来ても腹が立つものは腹が立ちますよねと言う感じです。
多分一番大人なのはパティっぽいです。
カロルはまだ成長途中ですから…まあ、はい。
本当にルーク愛されか?と言われたらそういうわけでもなさそうです…orz




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