はじめにそのことに気が付いたのは、きっと今日もまたユーリにしがみついてくっ付いて抱きついたまま、器用に寝ている筈のルークの方だった(3人で川の字に寝るって言ってたけど、絶対にこちらに顔を向けてくれることはないと思い込んでいたから、本当に心底あれは凄まじく驚いてしまった)。


目の前に、翡翠色。
悲鳴を上げなかっただけ自分を誉めてあげたいとそんなことを思って、けれどすぐに現実逃避をせずに向き合えば、返って来たのは「ユーリが居ない」と、そんな言葉。
何もかもに怯えてしまう、彼だった。
初めて会った時に私だって居たのになぁ、と拗ねてしまうぐらいには今ではユーリが居ないと壊れてしまいそうなぐらい繊細で(二番目に頼って貰えると言うことに私も酔ってる節はあるけれど)この時もまたすぐにユーリを探さなくちゃ!とエステルの思考はそう働いたのだが、眠っているみんなを起こして総出で探すと言うことを躊躇わさせたのは、その目が酷く澄んでいたせいでもあって。


間近で見ることが出来たエステルの瞳に、ルークの瞳が、そこに怯えを宿しているようにはどうしても映らなかった。
純粋にただユーリを心配しているその姿を前に、「こっそり探しに行きましょう!」と声を潜めて、内緒の話をするように告げたのはそれからすぐのことで、誰にも気付かれないよう出来るだけ気配を消し、そっと扉を開けて部屋を出る。
夜中によくルークは水を飲みたくなって目を覚ますことが多く、その度にユーリやミュウの気配も一緒に動くことがほとんどだったことに加えて、みんな砂漠越えをして普段よりも疲れているのかそう言った要因も重なり、押し殺せなかった多少の物音も上手い具合に気付かれそうになく、外へ出た時には「秘密の探検隊みたいですね!」と小さく笑って思わずはしゃいでしまった。
こそこそと気配を消して動くのが、以前本で読んだスパイだとか探検隊の話と重なって、幼い子どものように楽しんでしまうのをやめられない。


知識こそは沢山あるものの、エステルは極端に経験が少なかった。
追いかけっこも隠れん坊もしたことがなければ、まずそもそもその相手が居ない。
同年代の子と遊ぶことも話をすることもあまりなくて、子どもの頃にやれたことが限られていたからこそ、夜中に街へ出ると言うこと自体が魅力的で仕方なかった。
もっとも夜中に街の中で遊ぶなんてことはエステルじゃなくてもなかなか出来ないことだが、そのことに何か言えるような人間は生憎居合わせて居らず、静まり返った街の中をルークの手を引いて、ただ進む。
居なくなったとは言え、仲間を置いて街を出るなんて真似をするとは思えなかったし、ユーリなら大丈夫だろうとエステルは信じ込んでいたから、心配はあまりしていなかった。
ルークの手を引いて意味もなく飛び跳ねてみたり、少しだけドキドキしながら井戸の中を覗き込んでみたり。
いつしか本で見た、お伽話の中のうさぎの案内人のようなつもりで、エステルはルークと一緒に夜の街を歩いていたのだ。
愛らしい装丁のあの本は今も大好きな話の1つで、まるで本の中に居るような、夜の散歩。

優しいものだけが溢れている、そんな時間。
−−−だから、こそ。





「うわぁああぁああっ!!」


聞き覚えのある人間の声が、悲鳴が、最期の叫びが響いたその時に。
思わず物陰に隠れてしまったエステルはそこから身動ぎ1つ出来そうにもなかった。
ルークと一緒に息を殺して隠れ、ああ、目が見えなくて良かったと最低な部類の感想を飽和状態の頭は弾き出していて、けれどそれ以上、何をどう考えていいのかすら分かりそうにない。

姿は見えなかった。
ただ、怯えきった声と冷めたい声とが相容れないまま、片方が流砂の中へ、消えていっただけで。
フレン隊がキュモール隊を鎮圧したことも、深夜だと言うのに街の人達がお祭り状態になっていたことも、全て間近で聞いていた癖にエステルはルークの手を引いて宿屋へ、みんなの元へ戻る気には不思議とこれっぽっちもなれやしなかった。
どこかでルークの耳を塞がなくちゃと思いながら、けれどユーリとフレンの会話に、フレンの言葉に、何も出来なくなってしまって(目を瞑ってはいけないことの筈なのに、私、どうし、て)。


指先が震える。
こんな状態だとルークを不安にさせるだけなのに、そう分かっているのにどうしても、止められない。

ユーリがその手を、染めてしまった。
その罪がどこに在るのか、エステリーゼには、分かってしまえることで。



「ユーリ」


フレンが居なくなったその場所で。静かに名を呼んだのは案の定と言うべきかルークの方だった。
震える手をぎゅっと握ってくれるその優しさに、エステルは縋ってしまいそうになるのをぐっと堪えて、真っ直ぐに前を見据える。
夜の闇色に溶けてしまいそうな、彼だった。
その隣にいつだって在る焔の色の立ち位置が違うことに違和感を感じているのはエステルだって同じで、だからこそ「1人で行かないで下さい」と咄嗟に言いかけた言葉を、どうにか堪えておく。

目を逸らしてはいけないと思った。
それだけは絶対に、できない。
出来る筈が、ない。






「俺のこと、怖いか?ルーク、エステル」



そんな悲しいだけでしかない言葉を、どうしてあなたは凪いだ瞳で言うのだろう。





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