「良かったですわ、ルーク!突然居なくなってしまうんですもの。心配したのですよ!」
「はぅあ!もしかして大佐も一緒じゃないですかぁ〜!それにイオン様も!無事だったんですねぇ〜」


呑気な声を上げて駆け寄って来た少女2人に、情け容赦なくリタがアッシュを先頭にジェイドとイオンを差し出したのだが、まあとにかく砂漠の気温が氷点下にまで下がったのではないかと言うぐらい、パーティー内の雰囲気の険悪さ、冷たい視線、吹き荒ぶブリザードは半端なかった。
あのレイヴンですらも茶化すことも出来ずにむしろ荷担している節もあり、ジュディスの微笑みは恐怖しか感じやしない。
素で分かっていないのはエステルだけだったが、きちんと話を聞かされていないパティとカロルは首を傾げ、2人でとりあえず宿を取ってくると席を外したのは、良かったのか悪かったのか判断としては微妙であった。
マントを羽織らせたままの、まだ相手には気付いていないだろうルークを守るように抱きしめるユーリはカロル達にルークを連れて行かせるべきだったと少し後悔したが、今更遅い。
声を聞かせる前に、連れて行くべきだった。
怯えたように体が震えているのは、記憶が無くとも、どこかに幼馴染みだと言う少女の声が、残っているとでも言うのだろうか。……忌々しい。



「おや、ナタリアにアニスではないですか。お二人は、どうしてこちらに?」


あくまで飄々とした態度を崩さぬまま、さり気なく2人の少女を…ナタリアとアニスの意識をユーリ達から外すように一歩前へ出て、ジェイドはそう言葉を掛けた。
苦々しく顔をしかめているアッシュでは無理だろう、とそう判断してのことだったが、それよりもいつの間にかイオンの腕に、ソーサラーリング装着済みでミュウがスタンバっていることに気付いた方がいい。
ミュウファイア2で焼き殺す気満々なのは、腕に抱えているイオンだけでなくジュディスだって果ては一番後ろに控えている筈のユーリにだって分かることだった。
殺気立っていてこのチーグル超怖い。
それでも止めない辺りが、何とも言えない話ではあるが。


「どうしてこちらにって言いますかぁ、大佐達が居なくなっちゃったあと、私たちとにかくセントビナーの人達を救出しようって話になりましてぇ…。途中ディストの妨害とかがありましたけど、アルビオールって言う古代浮遊機関を使って助け出してユリアシティに着いたと思ったら、気が付いたらここに居たんですよぉ〜」
「本当にびっくりしましたわ…大佐もルークも、イオン様も急に消えてしまうんですもの。すぐにでも探そうとしたのですが、平野でいきなり姿が消えたので私たちではどうしていいのかすら…」


頬に手を当てて、その時を思い出しながら話すナタリアがアッシュを『ルーク』と呼ぶ度に、素晴らしく場の雰囲気が凍り付いて行くのだが、それに気が付かない、気が付こうともしない精神に、レイヴンなんかはむしろ感心すらもしてしまう程だった。
おっさんもパティちゃんに着いて行けば良かったわ〜などと軽口を叩くには、しかし十分過ぎる程こちら側に傾倒しつつある自分も居て、とりあえず胸糞悪いことには、同意をしたいと思う。
腕の中にあの子どもを抱いて守っているからこそ、器用にユーリはそこまで殺気を放っていないのだが、本当は腸が煮えくり返っているのだろうと思えば、ちょっとこの展開は不味いなとレイヴンだけでなくリタだって、そうは思った。
こういう時は案外、ジュディスがこちら側に回ってくれないことは、学びたくはないが学んでしまったことでもある。


「それはすみませんでした。セントビナーの救出を、あなた方に任せてしまったようですね」
「そんな、謝らないで下さいませ、大佐。民の危機です。王族として当然のことをしたまでですわ」
「そうそう、アニスちゃん達ばーっちりセントビナーの人達救出できましたから!大佐が謝る必要なんてありませんって。それもこれもぜーんぶ、アクゼリュスを落とした、あのレプリカのせいなんですからぁ」
「アニス!」


ここへまで来てアクゼリュスのことを持ち出したアニスに、咎めるようにイオンは名を叫んだのだが、まあ通用しなければ、ユーリとジュディスの額に青筋が浮かぶのも、また早かった。
「どうしたんですかぁ?イオン様」と呑気に言うアニスに、しかしイオンはいつ後ろの方々がブチ切れるのか分からなくて気が気ではなく、それよりも腕の中のチーグルが、いつアタックをぶちかますか分からなくて、今にも卒倒しそうではある。
そしてこういう時に限って、余計なことに気付くのだ。
多分、今腕の中の聖獣が目の前の2人へ危害を与えるべく動いたとしても、止めないだろう自分に、イオンは苦く笑うしかない。


「あら?ルーク、そちらの方々は?」


相変わらずの素敵なアッシュのルーク呼びに、別に元々はアッシュも確かにルークだから間違ってはいないと…かろうじてレイヴンだけは思えたが、その他諸々の事情を知っている面々は全く1ミリとも好意的に表情を緩めることなどしなかった。
よく分かっていないからこそエステルが戸惑っているのだが、この後の展開が読めてしまったレイヴンはげんなりと溜め息を吐いた。これはない。


「この世界で僕らを助けて下さった方々です。2人共、今僕らの居る世界がオールドラントではないことは、ご存知ですよね?」
「え、ええ…あまり信じられないことですが、この空に音譜帯がありませんもの。私たちは本当に先程来たばかりであまり実感はありませんが、目を逸らすわけにもいきませんし」
「夢にしては感覚あり過ぎますからねぇ〜。でも本当に、イオン様達が無事で良かったですよぉ。アニスちゃん感謝感激〜。ありがとうございま…っ!」


言い掛けて、途中でアニスが大きく目を見開いて固まったのは、単に身長の加減で下から覗き込むことが出来てしまったからだった。
いくらユーリが隠そうとしているとは言え、限度と言うものがあるだろう。
怒声に罵声。
何が飛び出るか知ったことではないが、もしかしたら街中で流血沙汰になるのかこれは、とレイヴンは途方に暮れたのだが、それよりも早く、動いた人が、居たわけで。


「お話しの途中で悪いのだけど、ちょっと静かにしてもらっても良いかしら?」


え?なにジュディスちゃん瞬間移動したの?
などとは思ったとしても決して口に出させてもらえないような雰囲気を放つジュディスに、とりあえずユーリを除く仲間全員は凍り付いてしまっていた。
人差し指を口に当てて、しぃーっとやるように至近距離でナタリアに迫ったことまでは、まだいい。
何も気付いていないナタリアは戸惑いながらも特に反論もせず、アッシュ達を助けた人達の1人からの言葉に、一応は耳を貸す気ではいるのだから。
問題はこのメンバーの中に一体誰が居るのか気付いてしまい、怒鳴り声を上げようとしたアニスに対しての、対応にあった。

いくら黙らせたかったとは言え、まさか眼前に槍を突き付けるとは、流石にレイヴンも思っていませんでした。



「先程の軍の理不尽な要請は、あなた達も目にしたでしょう?このままここで話をしていると、また巻き込まれる可能性があるわ。話も長いでしょうし、一旦ここで区切って、一度宿屋へ向かった方が良いのではなくて?」


言いながら、本当に当たるか当たらないかのすれすれにジュディスはアニスに対して槍を突き付けているのだが、至近距離で会話をしているからこそ、ナタリアは気付けないと言うのが、また何とも言えない話ではあった。
しかも納得して移動しようとするのだから、アニスとしては堪ったものではないだろう。
あれは生きた心地しないわよねー、と。そんな感想すら、レイヴンだって言えなかったのだ。
ああ、これはきっと、宿屋ん中が修羅場になるわ。マジで。



「……なんか、もう既に腹が立ってんだけど、あたし」
「ジュディスちゃんよりも?」
「あれは腹が立ってんじゃなくて、もうブチ切れてんでしょ」


さらりと言ったリタの言葉に、レイヴンは思わず顔を引き攣らせてしまったのだけど、納得してしまったので否定も出来やしなかった。

あいつもおんなじよ。
と、続いた言葉が、一体誰のことを示していたのかなど、分かりきった話でもあって。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -