彼女の隣で、見た景色がある。
彼女の隣で、見た未来がある。
彼女の隣で、得た夢がある。


共に在りたいと望んだ人だ。
好きだった。
愛していた。
その気持ちは嘘じゃないと確かに言い切れると言うのに、今は全てが過去形で表せることには最早苦く笑うぐらいしか、出来なくて。
あまりにも幼かった。
自分も、彼女も。
けれど致命的に傷付け、壊れてしまった半身は、もっと幼かった。
自分たちの半分も、生きていなかった。


『約束を思い出してくれまして?ルーク!』


問われる度に、あいつの心が痛んでいたのを、お前は知らないのだろう。
被験者とレプリカ。
そこに本物と偽物とで線を引いた時に、何故すんなりとあいつが受け入れたのか、知らないからこそ、お前は笑うのか。

旅に出る前からの話だ。
無意識の内とは言え、約束を覚えていない自分は偽物なんだと、幼い頃から傷付いた心で歪んだ答えを出したあいつを、何故ああも見もしなかったんだ!


『屋敷のみんなは、本物のルークが帰って来るのをずっと待ってるんだよ、アッシュ』


気付かなかった己も相当馬鹿で、愚かしいのだと今更思った。
その思考は、屋敷でルークとして扱われ、日溜まりに居たのならそうは出ない。
レプリカと判明するまでの7年の間で、『ルーク』として愛され、育てられ、認められていた事実があったのなら、そうはならない。
そうなることはなかったんだ、ナタリア。


『約束を思い出してくれまして?ルーク!』


愛しかった彼女の言葉が、こだまする。
王家の血など引かぬ彼女の金髪が、今はもうただ眩しくて、見ていたくなどなかった。







やっとのことで戻って来たマンタイクの街で、2人組の少女に気付いたユーリとアッシュとは違い、天然炸裂と言うのか。その2人組の少女のことよりも先に、エステルが「あれ……人が外に出てる……」とそんなことを呟いたから、その隙にユーリはエステルの隣に居たルークを引き寄せ、無言でアッシュを睨み付けた。
「外出禁止令ってのが、解かれたのかもね」とおそらく気付いているだろうにあえて無視して口にしたリタの機嫌はあまり良くはなく、その原因は未だにみゅうみゅう泣いているチーグルが以前話してくれた内容にあり…実際に話したことのない相手をここまで嫌えるのか、と言うぐらい、リタのルークのかつての同行者嫌いはいろんな意味で容赦がない。
引き攣った笑みを浮かべているのはイオンだった。
他人事どころか正直胃が痛くなる原因を持つ人間が、その2人組の片割れだったりするのだから。


「キュモール…!」


見える2人組をサラッと無視して、その2人の側に見えたこれまた苛立つ要素しか持ち得ない人物、キュモールの姿を見たリタが本当は名前も呼びたくないのか苦々しくそう口にした。
今にもファイアボールでもぶちかまそうとするリタをジュディスが止める中、ぎゅうっとルークを抱き締めるユーリの視線はアッシュにあり、一部何とも言えない空気になっていたりするのだが、突っ込む気力の方がジェイドやイオンにはなかった。


「急いてはことを仕損じるよ」
「うむ、ここは慎重に様子見なのじゃ」


すみません、慎重に様子見など出来ない人間がそのキュモールの目の前に居るんですが、とはオールドラント組は口が裂けても言えず、キュモールの率いる騎士の連中が、マンタイクの人間を用意した馬車に無理やり乗せて砂漠へ送り出そうとしている場面で、案の定上がる声があるわけで。


「お止めなさい!街の方々を無理やり砂漠へ連れて行き、子どもたちと引き離すなど、あなた達は何を考えているのです?!許せませんわ!」
「ちょっと、ナタリア…!」


何も考えずに叫んだその言葉に、「ああ、やっぱり彼女じゃあの王女様の暴走は止められませんでしたか」とジェイドは青空を仰ぎ、イオンは頭痛を堪えるように頭を押さえ、アッシュは思わず目を逸らしていた。
「ナタリア」ともう一人の少女が呼んだことで疑惑は確信へと変わったのか、リタがキュモールでなく少女2人に術をぶちかまそうとしていることに若干イオンの顔色が悪くなるのだが、無言でユーリに睨み付けられているアッシュの顔色の方が、ヤバい。


「翼のある巨大な魔物って、フェローのことだよね」
「にしても、フェロー捕まえて何しようってんだかね」
「それでどうするのかしら?放っておけないのでしょう?」


さらさらさら、と。
今あちら側で揉めていることをスルーして進む話に、とりあえず味方は誰も居ないことはアッシュとて重々承知だったのだが、ちょっと本気で気が重たくなった瞬間だった。
ルークをぎゅうぎゅう抱きしめているユーリに言いたいことは若干あるが、目が見えないと分かっていてもあの少女2人を見せたくないのは分かりきった事実であるので、そこはまあ、何か言える筈もなく。


「カロル、耳貸せ」
「ユーリがルーク離してくれるならね」
「……それは困ったな」
「へ?え?ええ?ゆ、ユーリ?カロル?」
「ほら、ユーリ!」
「……仕様がねぇか」


言って、ユーリは渋々ルークを離し、すぐさまルークに抱き付いたカロルの耳に合わせるように、少しばかり上体を屈めた。
ついでにパティもルークにくっ付いているがまあそこは気にせず、若干どころか相当冷たい目を向けるリタだけは意識の内から除外するが、後が怖かったりもする。


「ええっ?できるけど……道具が……ってもしかして……」
「ええ、準備は出来てるわよ」
「やっぱりね……」


にっこり笑んで何処からともなくスパナを取り出したジュディスに、ルークに抱き付いたままカロルはげんなりと溜め息を吐いて、仕方なくルークから離れた。
途端にルークを抱きしめたユーリを苦々しく見るも、アッシュとジェイドとイオンの顔色の悪さにまだマシか、と判断して、スパナを受け取る。


「危なかったら…助けてよ?」


縋るように見るカロルに、エステルとレイヴン、そしてルークを抱き締めたままのユーリが大丈夫だと頷いたが、全く分かってないルークが小さく呻いていた。
マンタイクに着いてからほとんどユーリに抱き締められているせいなのだが、キュモールと相対している2人組に気付かれて顔や髪が見られて絡まれるのは御免なので、マントで隠せない部分を補っているのだから、まあ仕方ないと言えば仕方ない。


「やっぱり拾ったのか?」
「前に落ちてたのを、ね。使うこともあるかと思って」
「……変なの」
「何なのじゃ?」
「ともあれ、少年の活躍に期待しようじゃない」
「向こうは騒がしいですし、いいカモフラージュもあって大丈夫ですよ!」
「そうね、それにあの子はできる子だから、大丈夫だわ」
「あんたら…」


言いたい放題好き勝手言っているのは、まあさておき。
キュモールを引き付けている足止め役が居ることもあり、無事にカロルは成功し、結果馬車の車輪が外れ、癇癪を起こしたように喚いたキュモールは去って行った。
あれでとりあえず砂漠に放り出されることは、今日のところはないだろう。
しかしこれもただの時間稼ぎだと言ったリタの言う通り、馬車が修理されてしまえばそれまでであるし、かと言ってそれ以上の策も無く、これが限度だと言ったジュディスの言葉が、全てだった。


「オレらも、宿屋に隠れに行くか」


騎士団に見つかって下手な揉め事だけは面倒だとユーリはそう切り出したのだが、分かっていて言った部分もあったので、後で素直にリタに謝ろうとは、思わないこともなかった。



「−−−ルーク!!」



喜色満面でアッシュを「ルーク」と呼んだその声に、既にリタの顔が般若のように見えたのは、気のせいだと信じたかったです。結構マジで。





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