「きっと思ってもいなかったんだろうね。自分があの邸に居た時は、ま、言い方は悪いけど、絆されて、復讐も思いとどまってくれて、親友だって言ってくれたんだから」
「……すげぇ刺のある言い方だな、おい」
「それぐらい別に良いでしょ?あの時のファブレ邸を見たらね、あんただってこんな風に思えるさ」
「……」
「被験者は必要だからってヴァンが復讐を止めていた。そのヴァンが居なくなったら、早かったもんだよ。妙な胸騒ぎって言うの?そういうの、やっぱりルークとアッシュ、あんたの間にはあったみたいでさ」


必死になって駆け出した彼を追いかけて、辿り着いた王族の邸は、慣れ親しみ過ぎていた血の匂いでいっぱいだった。
震える手で扉を開けた。
その先に見えたのは執事にメイド、騎士と公爵の肢体。
赤い絨毯に血が染み込み、踏み入れた先に夫人の頭が、転がっていて。


「僕らが駆け付けた時にはあんたの頭を腕に抱きかかえたルークが、使用人の男を斬り捨てて泣いてた。泣いてるって自覚も無かったんだと思うよ。口元は笑ってたから。多分、もう狂ってたんだろうね。かつての親友を殺したことにも耐えきれなくて、ルークは廃人になったんだよ。かろうじて正気に戻ったのも、死ぬ直前だった。ごめんねって。みんなに迷惑かけて、重荷となってしまって、ごめんねって」


そうして心は砕け、欠片がまた再びを繰り返した7度目のルークへと、宿った。
アクゼリュスを救わなければいけないと言う、思い。
そしてそれに付随する、恐怖や感情も、共に連れて。
砕けた『ルーク』の心は、第七音素が異様に満ちるテルカ・リュミレースのあちこちにも、散っていた。
再びローレライがバラまいたと言った方が正しいかもしれないが、何にせよそのうちの一つは、こうしてヨームゲンに響き渡る、歌として音を奏でている。



「僕はまだ、暫くはここに居るよ。この、優しい場所でこの歌と共に居る。もし、何か聞きたいことがあると言うなら、また次に来ればいいさ。答えれることは答えてあげるから。あんたたち、やることがあるんだろ?ルークの為に足を止めたって、それをルークが喜ぶとは、僕には思えないんだけど」



だから、今は進め。
そして機会があったら、また、おいで。


そう言ったシンクの言葉に何か返すことも出来ず、その時は、そこまでだった。















「あのガキはああ言っていたが、俺としては今すぐ足を止めてもう一回ヨームゲンに戻りたい心境なんだけど」
「…………俺に訴えるな」


燦々と降り注ぐ陽光…などと言えたらまだ良かったのだが、それ以上に人の水分全部奪って行くんじゃなかろうか、と思えるぐらいの砂漠での太陽に、うんざりと言ったようにユーリはぼやいたのだが、まあこればっかりはどうしようもないことではあった。
偶々隣に居た、と言うよりはヨームゲンでシンクと共に話をしたからと言う理由で、今回ばかりはアッシュが近くに居ると言えば居るのだが、それにしたってこの並びで再び砂漠越えは無いだろい、とユーリは思わずにはいられない。
常に隣で支えていたルークは奪われるようにエステルに手を引かれてしまって、呼べばすぐ来るだろうし届くことはユーリだけでなく他のメンバーも分かりきっていたことだったのだが、そうは出来ない理由がユーリの首筋に纏わりついていた。
鬱陶しいなぁ、と思いながら、アッシュとの間で代わる代わる押し付け合っていたりするのだが…まさかここまでミュウが泣きじゃくるとは、誰が思うものか。


「みゅうぅ…みゅみゅみゅ、みゅうぅ〜!」


言葉を話されて泣きじゃくられると、話を知らない面々から相当なバッシングを食らうし不味いからと、早々にアッシュがソーサラーリングを外したのは良かったのだが、耳元でみゅうみゅうみゅうみゅう、何の拷問だとユーリは死んだ魚のような目をするしか、他になかった。
徐々に視認出来る位置にまでマンタイクへと近付いていることだし、そろそろ泣き止んでくれないといい加減鬱陶しいんだが、と言うに言えず、げんなりと溜め息を吐くしかない。
ソーサラーリングなど無くともユーリとアッシュにはミュウが一体何を嘆いているのか、何を悔やんでいるのかは分かっていた。
自分の主人が、本当に支えが必要だった時に、側に居られなかったことを悔やんでいるのだろう。
6度目は、ミュウがソーサラーリングを手にすることのなかった時の話だ。

繰り返すことのなかった、その世界での話。
側に居られなかった。
あの人達と同じように、ご主人様をひとりぼっちにさせてしまった。


そう思っては、ミュウは自分を責め続けている。
薄々気付いてはいたが、そしてこの魔物の仔は主人と共に居た人間を、心底嫌っているようにも、改めてそう感じてしまった。



「もう泣き止めよ、ミュウ。そろそろマンタイクに着くぞ」


みゅうみゅう泣きじゃくる水色の毛玉にそう声を掛ければ、ミュウが顔を上げるより先にルークの方が近付いて来て、心配そうに見つめていたからユーリは宥めるようにぽんぽん、と頭を撫でて、そうして固まってしまった。
いくら最後尾を歩いていようと不意に足を止めれば仲間達は不思議に思うし、どうかしたのかと振り向いてくれるのだが、生憎ユーリにはそこまでの余裕がない。
終いには頭すら抱えたその反応に、ようやくアッシュも気付いたらしく眉間にかなりの渓谷を刻んで、苦々しく顔をしかめていた。



「……おい、ヨームゲンに戻った方がマシだと思うのは俺の気のせいか?」
「…………」


頭痛を堪えるように言ったユーリと、その言葉に無言を貫き通したアッシュの視線の先に、黒髪のツインテールの少女と、肩口に揃えられた見事な金髪の少女の姿が全く嬉しくないが、確かにあったのだ。




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