朝になって目を覚ました仲間達は各自で村人に話を聞きに行ったらしく、目の見えないルークと一緒に食事を取って少しばかり時間を掛けた後に合流すれば、ここがあの『アーセルム号』で見た日誌に書かれていた『ヨームゲン』だったらしく、ユーリは何だかちょっと本気で頭が痛くなったのだが、ユイファンと言う女性に会ってからは死んだ魚のような目になるしかなかった。
正直わけがわからんと投げ遣りと言うか誰か1から詳しく説明して欲しいと思うのだが、結界魔導器を作るなどと言っている賢人とやらに会いに行けば、そこには何でかデュークの姿があったのだから、益々わけがわかる筈もなく。
やっとの思いで届けた『澄明の刻晶』をデュークの手で破壊された瞬間には怒りよりもむしろ呆れ果て、調べたいことがあるとリタの訴えにもう一泊するのはまあ良いとして、夜になればまた案の定あのおっさんすらも寝入ってしまった現状に、ついついアッシュと揃って溜め息を吐くしかなかった。
腕にルークを抱えて宿屋から出れば、静まり返った村に一歩、足を踏み入れることになる。
テラスに向かえば、そこにはやはりあの緑色が見えた。
……入れ違いでデュークが去って行くのが見えたのは、もう突っ込まねぇからな。




「なんだ、また来たの…って、あんたさ、別にルークを抱き抱えて来る必要なんてないのに、なにやってんの?」


気配を隠す気は一切なかったから、すぐに振り返って言ったシンクの言葉に、ユーリは多少ムッとはしたものの、顔に出すことはしなかった。
テラスにもたれかかっているシンクの前で、ちょこまかとミュウが近付いて行ったのを見送ってから、同じようにユーリ自身も足を進める。
近付いて見据えたシンクの体は、冷静に見ることさえ出来れば本当に透けていて、眉間に益々皺を寄せてアッシュが見ているのが分かったが、ユーリは何も言わなかった。
シンクは笑う。
仮面は、つけていなかった。


「お生憎様、俺はこいつを1人にさせるつもりはねぇからな。置いて行く方が御免なんだよ」
「ふーん…アクゼリュスで、手酷く裏切られた挙げ句に置いて行かれたから?あれは僕も驚いたよ。犬猫の方がよっぽどマシな捨てられ方するんじゃないの?」


肩を竦めて言ったシンクのその言葉に、反応を示したのはアッシュだった。
睨み付けるようにシンクを見るが、当の本人は気にも止めてはいなくて、月明かりの下に透ける体を晒している。
動じることも何もシンクはしなかった。
ただ真っ直ぐにユーリを、ユーリの腕の中で眠るルークを、見据えているだけで。


「どうして、シンクさんはご主人様が捨てられた時のことを知ってるんですの?」


問うチーグルの仔の言葉に、シンクはきょとんと目を丸くした後、小さく笑ってみせた。
手を差し伸べて、足元に寄るミュウの頭を撫でる。
その仕種はまるでルークがそうしてやっているようにも見えて、アッシュは一度だけ目を伏せてどうにか耐えた。
アッシュが望む『ルーク』は、どこにも居ないと、言うのに。



「僕がレプリカだって知ってるだろう?一度生を終えてから、僕は第七音素に溶けたから、ローレライの記憶を通して全部見てるんだよ」
「ローレライの記憶?」
「7回も時を繰り返してるバカな意識集合体の話さ。……ユーリ・ローウェルだっけ?僕はあんたがどこまで知ってるかは知らないけど、勝手に話すから分からないところは後で燃え滓かこいつにでも聞きなよ。本当は説明だって面倒だけど、仕方ないしね」


肩を竦めて言ったシンクは、それから長い話になると言って椅子を勧めたから、そこはユーリも言葉に甘えてルークを抱き抱えたまま腰を掛けた。
立ったまま聞く姿勢を崩さないアッシュにはシンクも呆れたようだが、慣れているのか特に何も言わず、そのまま話を進めるつもりらしい。


「最初に言っておくけど、僕はローレライが7回時を繰り返してる中の、6回目のシンクだ。本来なら死んでる存在。燃え滓やこのチーグルみたいに繰り返してるわけじゃないし、ローレライと共に在ったからそれまでの記録は見てるけど、僕は僕として生きて来た記憶以外の感情は継承してはいない。だから今回で2回目だって言う燃え滓の知ってる『シンク』とは違うし、今回で6回目だって言うチーグルの抜けた回に当たるのが、僕だ。あんた達が思ってるよりバカなことやってんだよ?あの有害電波。今回のことだって苦肉の策だからね。付き合わされてるあんた達が可哀想だと思わないこともないよ」
「まっ、待って下さいですの!シンクさん!僕の抜けてる回ってどういうことですの?!僕は、僕はご主人様を1人にしないと約束したですの!僕はあの人達と違って、ご主人様をひとりぼっちにはしないと誓ったですの!!」
「そうだね、あんたはルークをひとりぼっちにはしなかったさ。ローレライの解放時に他の音素が混じると失敗するって引き離された時以外、あんたはご主人の言い付けをしっかり守ったよ。それは知ってる。でも、あんたが繰り返しを始めるのはいつも決まってその輪っかを手に入れた時だろう?」
「みゅ、みゅう…」
「6回目はね、さんざん煮詰まったローレライが、アッシュじゃなくてルークと時を繰り返した回に当たるんだよ。燃え滓が本来のまま『ルーク』として生きた話。そしてレプリカルークの心が、決定的にぶっ壊れた時の世界…ユーリ・ローウェル。あんたが抱えてるその7回目のルークが、記憶を失った原因になった時の話さ」


その言葉に、どういうことだと苦々しく顔をしかめたのはユーリもアッシュも、2人共の話だった。
シンクは笑みを崩さない。
ルークが記憶を失った原因である記憶のことを話すと言うのに、どこまでも、穏やかで在れて。


「ローレライの6回目の挑戦はね、途中までは本当に上手く行っていたんだ。僕らの被験者イオンは死ななくて、アッシュ、あんたが戻ったからお姫様も割とまともに育ったし。誰かが誰かの居場所を奪うこともなかった。ま、その話については思うところもあるんだけどね、今は言わないけど」


グサッと更にアッシュの心に突き刺さった言葉だとはユーリも分かったが、まあ放置を決め込んでそこはスルーした。
そっと目を伏せて、シンクは言葉を紡ぐ。
その姿にミュウが嬉しそうにしていたけれど、ユーリにはその理由は分からなかった。


「ルークはね、僕らの家族だったんだ。被験者イオンと僕とフローリアンとアリエッタと、それにディストも時々交ざって、ダアトでみんなで暮らしてた。アクゼリュスで被験者の代わりに死ぬ為にルークは監禁されているのも同然だったけど、それでも僕らでマルクト皇帝と繋がりを持ったり、大爆発を防ぐ為に死霊使いに協力を求めたり、障気の中和だってベルケンドとシェリダン、そしてディストも手伝って研究したり、やれることは全部やった。問題は片っ端から解決出来るよう、動いてた。順調にね、行き過ぎてたんだと思う。ルークは僕らに隠し事なんて一切しなかった。自分が時を繰り返してることも全部話してくれた。あの悲しみは、繰り返したらいけないって」


それはアクゼリュスの崩壊からレムの塔で一万のレプリカを殺めてしまったまでの犠牲のことについてのことだったのだけれど、アクゼリュスの崩壊までのルークの記憶しか受け取っていないユーリには、全てを知ることは当然出来なかった。
ぎゅうっとルークを力強く抱きしめて、離さない。
訝しげにアッシュがシンクを睨んでいるのが分かったけれど、ユーリは何も言わなかった。
嫌な予感なら、ユーリもしているからだ。


「僕らが出した結論はね、アッシュ。ヴァンには絶対に言葉が届かないってことだった。アクゼリュスの崩壊が詠まれた年になる2、3ヶ月前かな。消費されるだけのレプリカが生み出される前に、ヴァンを殺そうって話になった。ルークは最後まで説得したいって言ってたんだけど、あの時点で僕らはヴァンよりずっと強かった…あのままヴァンのレプリカ計画を進めさせて、万が一ルークが死ぬことになったらって、思ったのがみんな怖かったんだ。マルクト皇帝に死霊遣い、ディスト達とも話し合って、子どもだけの考えじゃない結論を出した」
「……それで、ヴァンを殺したのか」
「いいや、大人を交えたらもっとえげつない答えが出てね。両足とも膝から下を落として、利き腕を潰してマルクトで身柄を預かったんだ。これはルークの知らない話だけどね。まさか聞かせれる筈もないし。…問題は、それからだった」


言って、そこで初めて笑みを消し、顔を伏せたシンクに、アッシュもユーリも思わず顔を見合わせていたが、「どういうことだ?」と聞いた問いに対して返された答えに、目を見開くしか、なかった。




「公爵家にガイ・セシルと名乗って仕えていたガルディオスの遺児が、『ルーク・フォン・ファブレ』を殺したんだよ」





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -