「…そんなところで何してんのさ、あんた」


月明かりの仄かに差す窓辺に、暗がりだからこそ朱い髪もよく分からない色をしているように見えたのだけど、それが一体誰かなんて言うのは疑問にすらならなくて、彼がまだ後ろを向いている内から何となく、予想は出来ていた。
同じ顔をしている人間を知っている。
そのどちらなのかと言う疑問は浮かびもしなかったが、聞こえたらしい彼は驚いたように目を瞬かせてたあと、やがて少しだけ困ったような笑みを浮かべて、その隣に来るよう、僕を呼んだ。


「ほら、あそこ分かるか?赤い星が見えるの」
「赤い星?見えるけど、それがどうしたって言うのさ」
「星はさ、色によってそれがまだ若いのか年老いたのか分かるんだ。若いと青白くて、年老いたのは赤いんだって」
「それで?わざわざ年老いた星なんか見てたってわけ?趣味悪いよ」
「そうじゃなくて!星座見てたら赤い星に気付いてさ、ジッと見てたら側に流れ星が見えたんだ。へへ、儲けもーん」
「…ガキ臭い」
「そんな風に言わなくたって良いじゃんか、シンク!」


ぎゃあぎゃあ喚き始めた彼には視線を向けず、取り外した仮面の世界で見る星空を見上げれば、やがて同じように彼もまた星を見上げたから、やっぱりガキ臭いなと思いつつも今度は口にはしなかった。
見上げた星空なんかに興味は全くと言って良いほど浮かばないから時間の無駄だと思うのだけど、あんまりにも夢中で見上げる同胞が居たから、錯覚したのかもしれない。


「あんたは、流れ星に願い事でもしたわけ?」


純粋な疑問として聞いたその言葉に、返って来た答えはいきなり横っ面でも叩かれたように感じるものだとは、思ってもいなかったんだ。


「うん、みんなが、幸せになりますようにってさ」


穏やかに笑んで言ったその『みんな』と言う言葉の中に、言った当人が含まれていないのは簡単に分かってしまった。
再び空を見上げた彼の横顔に、気付かぬ振りをして同じように空を見上げる以外に、何か出来ることがあるのならどうか、教えて欲しい。


7年しか生きていない子どもに、あんな顔をさせる生を負わせたことが、この世界の罪だった。








「そんな顔をして睨まれても言っとくけど僕だってあんまり把握してないんだから、全部話せなくても文句は言わないでよ?大体燃え滓とチーグルは分かるけど、あんたの名前だって僕は知らないんだし。あんたは僕の名前知ってるのに自分は教えなくって一方的に聞くとか性格悪いんじゃない?年相応ってのを身に付けた方がいいと思うけど。ああ、三十路過ぎても弁えれない奴と一緒に居るんじゃ、ちょっと無理、か」


怪訝そうに睨み付けていれば、何か言葉を考えている内にピンポイントでとある青い軍服を着た胡散臭い眼鏡の心をへし折るんじゃなかろうかと思えるぐらいの言葉をシンクが放ったから、これには向けられたユーリだけでなくアッシュまでついつい呆然としてしまって、まさか何か言える筈もなかった。
海に面したテラスの手摺りにもたれ掛かるどころか腰を掛けているシンクに、若干ミュウがアタックを決めていいのか悩んでいるところだったが、多分、どこか薄々察してしまえている部品が、あったのかもしれない。


「で、あんたの名前は?」


飄々とした態度のまま聞いたシンクに、ユーリは記憶の中にある『烈風のシンク』とはどこか違うように思えるその雰囲気に疑問を覚えつつも、誤魔化す必要性もなかったので素直に答えた。


「ユーリ。ユーリ・ローウェルだ」
「ふーん、そう。あんたがユーリなんだ。ローレライがへそ曲げてたからてっきりマルクト皇帝みたいな奴かと思ってたのに、案外普通なんだね」
「ローレライ?お前、ローレライと会ったのか?」
「会ったって言うか、会わなくても分かるんだよ。僕は第七音素で出来た『導師イオン』のレプリカだからね。そしてイレギュラーでもあるから、簡単に伝わるんだ。勝手に聞こえて来る。馬鹿馬鹿しいでしょ?」


言いながら、着けていた仮面を取り外したシンクに、ユーリは流石にそこまでは知らなかったから驚いて目を見張ったのだが、アッシュもミュウも知っていたらしく、動じることはなかった。指先で仮面をくるくる回していじっているシンクに、痛みを堪えたように顔をしかめて、アッシュが口を開く。


「それは一体どういうことなんだ?シンク」


問えば、肩を竦めてから答えようとするシンクに、ユーリは「いや、へそ曲げてたとかこっちとしては言いたいこと全く言ってねーんだけど」と言おうとして、結局止めた。
そんなタイミングでなかったこともあるが、そう言えばかなり態度は悪かったし、無意味だったとは言え視界に入れた瞬間、剣を突き立てたことを思い出したからだ。


「今、この世界『テルカ・リュミレース』には異様なぐらい第七音素が集まってるんだよ。異世界にあんた達を送り込んだ、その弾みで。時を繰り返しているローレライの力に引き摺られる形で、僕はここに存在を許されている。今『オールドラント』で髭に従っている僕とここに居る僕は別々の存在なんだ。ま、とっくに乖離した筈の僕がここに居るのが、イレギュラーなんだけど」
「乖離しただと?それならお前がここに居るのは、説明つかないだろうが」
「だから、『テルカ・リュミレース』には第七音素が集まってるって言ったでしょ?燃え滓、あんた繰り返して頭劣化したんじゃないの?第七音素の特性、まさか忘れたとか言わないでよね」


溜め息付きで呆れたように言ったシンクの言葉に、これには怒れて来るよりもアッシュは目を見張って立ち尽くしてしまった。怪訝そうにユーリがアッシュを見るも、何か反応する余裕が無いと思えるのは、嫌な予感しかしないわけなのだが。



「第七音素の特性は音と記憶。大爆発であんたにレプリカルークの記憶だけが残ったように、第七音素は記憶を宿す。僕はローレライが7回時を繰り返した中の、6回目のシンクの記憶なんだよ。生きてるわけでもない。だから存在を許されているこの状態自体が、イレギュラーなのさ」



言い放つその体が透けていることに、今更気付けたのは、目を逸らしていたかったからなのか、そうでないのか。








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