うっすらと開いたその目蓋の下の翡翠色の瞳に、抱き寄せ合って横になっていたユーリはくしゃりと髪を撫でてやりながらも、どこか自分自身が安堵していることに気付いていた。

「ゆーり?」と。

同じ部屋で寝ているだろう仲間を気遣って、そうして舌っ足らずに呼ぶその声に、声色に、腕の中に居る子どもが自分の、自分達の知る『ルーク』だと分かるから、ユーリはぎゅっと力を込めて抱きしめてやって、あやすように背を撫でてやる。
馬鹿みたいな話だが、ユーリはルークが自分の知るルークでなかったらどうしようかと、そんな仕様もない不安が過ぎったのは否定出来なかった。

ルークはルークだと。
言い切れないのは、ユーリの弱さなんだろう、きっと。
けれど知ってしまえている。
神サマとやらの暴挙で、アッシュは初めて会った時のアッシュから随分と変わってしまったことを。
それでもアッシュはアッシュだと、そんな台詞はむしろ当人の方が否定しかねないのではと思った。


「…まだ起きるには早過ぎんぞ、ルーク」
「そうなの…?」
「おう、ジュディだってまだ寝てんだ。夜も明けてねーんじゃないか?」
「…ごめん、ユーリ、起こしちゃったよな…」
「いや、ルークが起きるより早く起きて寝顔見てたから別になんとも」
「!!?」


寝ぼけ眼であったと言うのに流石にその言葉には驚いて大きく目を見開いたから、ユーリは小さく笑ってぎゅうっと頭を抱き込むようにして引っ付いてやった。
エステル達に見られたらまた何か言われそうだが、この際構っていられないだろう。


「もう少し寝てた方がいいぞ、ルーク」
「……うん」
「おやすみ」
「おやすみ、ユーリ」


そうしてやがて寝息を立てた子どもに、馬鹿みたいな不安を抱いたまま、ユーリも眠るのだ。













「おや、こんな時間に起きてるたぁ、若人にしては珍しいんじゃないの?眠れなかった?」


あえて場所が宿屋でなく船着場だろうと、特に気を遣うでもなく飄々と声を掛ければ、盛大に眉間に皺を寄せた紅い髪の少年が振り返ったから、レイヴンはニヤニヤと笑いながらも数歩引いた位置に立ち止まってやった。日が昇る寸前、とでも言うべきか。薄ぼんやりと晴れて来た空を視界の端に入れつつ、余裕のある姿勢を崩さぬレイヴンに、少年は、アッシュは頗る不快そうに顔をしかめるが、やがて諦めたようにふいっと顔を背けてしまう。


「……生憎、俺はこの時間にはいつも起きてる」
「ちょっと、それはいくらなんでも年寄り臭いんじゃない?」
「なら年寄りのあんたは一体何の用で起きて来たんだ?」


聞き返したアッシュに、レイヴンは一瞬だけ目を見張ったものの、気付かれる前にまた胡散臭い笑みを浮かべて誤魔化した。
長く揺れる紅い髪を眺めて、ちらりと過ぎった思考に蓋をする。へらへらと笑うのが『レイヴン』としての在り方だった。
それなのにらしくなく上手くいかない時があるのは、この少年と、あの子どもが久しく忘れていた感覚を思い出させるかのように、胸の内を引っ掻くから、とでも言うのだろうか。


「いやぁ〜…ちょっと朝の散歩のついでに聞きたいことがあってと言いますか」
「……内容によっては、俺には答えられないが」
「…………」
「……なぜ黙る」
「え、あ…だって、なんか態度丸いし?初めて会った時とは違う対応されちゃそりゃおっさんだって戸惑っちゃうわよ〜」


ギョッと目を見張ってしまったのをどうにか慌てて取り繕ってそう言えば、反論が来るでもなく背を向けているだろうに明らかに落ち込んだように思えたから、レイヴンはおや?と首を傾げたのだが、返って来た答えにはああなるほど、とついつい思ってしまった。


「……今の俺にはオールドラントで二十年、生きていた記憶があるんだ。かつてのようには振る舞えない…振る舞いたいと、思える筈がない」


吐き捨てるように言ったアッシュの言葉に、レイヴンは「そういうもんかね」と口にしたものの、そんな風に思っていない癖にと自分で思ったが、気取られるようなことはしなかった。
背を向けるアッシュに対し、あくまでも飄々としたままで在り続けている。
どんな思考が過ぎろうと、興味本位で聞こうとする姿勢を崩そうとは思えなかった。
だから、この質問も興味本位でだと言うつもりで聞いただけと言うことにしたかった。


「あのさ、オールドラントでレプリカって、どんな扱いされてたの?」


勿論、それはこの二十年を生きた記憶があると言うアッシュが居た筈の世界での話だ。
時間軸で言えばこれから先の未来に当たると言うのか?
まあどっちにしろ面白半分で、と言う体でレイヴンは聞いたのだ、が。



「それを知る前に、もう一回やり直させられてんだよ」



痛みに耐えるように、顔をしかめて言うアッシュに、「とんだ迷惑な神サンも居たもんだ」とは流石にレイヴンでも言えやしなかった。



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