その瞬間の少年の表情は、自分のことを記憶から消されて傷付いた、と言うにはどこか違和感を覚えるような、それでいて何かにひたすら耐えるような、そんな顔だった。
抱き付いたは良いものの、その瞳に自分が映らないこと。知らない、初めて会う人としか認識されていないことを察することが出来ない程は愚かではないが、それでも手を離せないその姿に、ユーリは溜め息を吐きたくなるのをぐっと堪えて、抱き付くその緑色の髪の少年の腕から逃れた、ルークの左手に力を込める。

ルークと呼んだ。

たったそれだけで仲間の反応は様々なもので、特に動揺が酷い連中などあまりにらしく無さ過ぎる程に、少年の名前すら、呼んでやれなかったのだ。


「とりあえず宿屋行くぞ。話はそれからだ」


こんなやり取りの2度目は嫌だなぁ、と。
本当に他人事のように思えたら、どれだけ楽だったことか。













「ルーくんの世界の人って本当凄いわよねー。バリエーション豊富過ぎるっしょ。朱色に紅に今度は緑って。おっさん髪そんなにしたら毛根死滅しちゃいそうで怖いわー」
「毛根なんて言わずに脳細胞まで死滅すれば」


行きと同じように階段に時間を掛けるでもなく、宿屋へ向かうべく戻る際はユーリがルークを背負う…前にセクハラしようとしたレイヴンがリタにど突かれると言う仕様もないやり取りも挟んだのだが、結局辿り着いた宿屋でも仕様もないことを口にしたレイヴンが、バッサリとリタに切り捨てられたのを呆れたような目で見るぐらいには、とりあえずテルカ・リュミレース側の人間にはあったことだった。顰めっ面なアッシュと何を考えてるのか知らないジェイドは新たに現れた少年を前にどう口にすれば良いのかひとまず沈黙を貫いているが、他の一行は特に動揺と言うものはない。
宿屋に着くなり、疲れが溜まっていたのかルークは半分船を漕いでいるようでユーリに寄りかかっていたのだが、どうにか目を開けようとしている分には、少年のことが気になるらしかった。
その翡翠の瞳には決して映らないから、どうしても視線は、合わさることはないのだけれど。


「…イオンさん」


か細い声で呼んだのは、やはりと言うのか、ルークの膝の上に居たミュウだった。
不安げに揺れる大きな瞳で見つめるミュウに、緑色の髪をした少年は、イオンは、困ったような、痛みを耐えたような下手くそな笑みを浮かべるしか、他に術はなかった。


「お久しぶりですね、ミュウ。それにジェイド、アッシュも」
「ええ、お久しぶりです、イオン様。お元気そうでなによりです。イオン様はお一人で、この街に?」
「はい。僕はこのノードポリカの街を拠点とする、『戦士の殿堂』の統領、ベリウスに保護してもらっていましたから…」
「ベリウスに?」
「ええ、僕の場合、目覚めたら彼女の私室だったんです。それからジェイド達が…ルークと一緒にここへ来ると聞いたので、ずっと、ここに」


椅子に座って話すイオンの言葉に、別室へ移動したわけでもないから全員が全員聞いていたのだが、リタなんかはイオンの不自然なまでの落ち着きっぷりに、なるほどそういうことかとレイヴンの顔面に本をぶつけてから、一人納得したようにお茶を飲んだ。
エステルとカロルはあの分ならばダメだろう。
話を聞いて納得すると言うよりも、カロルなんかは特に年の近いように見えるルークの『仲間』とやらに目を輝かせていて、おそらく何も聞こえてはいまい(バカっぽいと言ったところで、どうせ通じないのなら意味もないし)(……ああ、それともそういうことは聞こえるのか)。

問題は終始無言を貫く、ユーリとジュディスにあるような気がリタだけでなくレイヴンにだってしていたりもした。
前者は言うまでもなくルークに害を成すようならば殺し兼ねない勢いで、後者はいろんな意味で何をやらかすか分かったものではない。


「私たちがここに来るまでに、ベリウスからいろいろ聞いたみたいね、あなた」


人数分のお茶を淹れ終えたジュディスがそう聞けば、どことなく戸惑いながらもイオンは確かに頷いて、答える。


「はい、僕は彼女からこの世界が『オールドラント』ではなく『テルカ・リュミレース』であること、魔導器や帝国とギルド…この世界の常識だとか沢山教えて頂きました」
「そう、それは良かったわね。自分の身に起きたことですもの。誤魔化すでも濁されるでもなく、聞けば教えてくれる人で、本当に良かったわね」
「ぇ…?」


彼女らしからぬ、どことなくどころか露骨に刺のあるジュディスの言葉に、エステルはどうかしたのかと不安そうに見つめたが、ジェイドなんかは思わず俯いてとてもじゃないが顔を上げるなんて真似は出来ずに居た。
困惑したイオンの前で、笑んでいる筈だと言うのにジュディスの目はどこか冷たく、ルークを抱き寄せて眠らそうとしているユーリは、苦々しく歪めるその表情を、隠そうともしない。
それは聡い彼ならすぐに気付いてしまうだろう、ことだった。
自分達が傷付け、追い詰め、挙げ句の果てに無用だとばかりに捨てて行った子どもを正しい形で守る彼らの、訴えたくとも常識に照らし合わせて噤まれた、その言葉に。



『追い詰められていく人間を見ているだけってのは楽しかったか?「導師イオン」サマ』



口にされた訳では、なかった。
けれど訴え掛けられるそれは、皮肉ですらも、なかったわけだ。





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