幽霊船アーセルム号に一度は寄り道してしまったものの、それから3日後の夜に辿り着いたノードポリカはどうやら闘技場が主となる街らしく、ユーリとジュディスが目を爛々とさせていたことにカロルとリタなんかは「あ、これここに来るの失敗したな」と思ったが、まあ2人の戦闘狂は今に始まった話ではなかった。
これまでの船旅での話をしっかりとカウフマンと付け、改めて見回したノードポリカの街は夜だからこそ静かであったが、これが昼間であれば闘技場から歓声が聞こえて来るだろうとは、容易に予想出来てしまう。
とりあえずレイヴンの用事を済ませるかと街の港ではなく闘技場の方へと足を進めようとしたのだが、そこでふと、今まで先頭を行くラピードの隣を歩いていたパティが、くるりと全員を振り返った。
ニコニコ、笑っているのに、どこか寂しげだとは、一体誰が気付けていた、か。



「フィエルティア号も無事辿り着いたことじゃし、うちはここでお別れなのじゃ!」
「パティ…?」


明るく言ったパティの言葉に、皆それぞれ思うところがあるから表情が変わったのだが、やはりと言うのか。一番怯えや不安と言った形で表情を変えたのは、ルークだった。
ノードポリカに着いてからはユーリが手を引いて歩いているのだが、目に見えて落ち込んでしまったせいか、震える指先は簡単に伝わり、ギュッと握り返してくれるその手に、どうしても助けを求めてしまう。
求めているのが、ルークよりも見えている周りの方が、察してしまう。

それはただ真っ直ぐに朱色を見据える、パティにとっても、変わらない話で。



「そんな寂しそうな顔をしなくてもいいのじゃ、ルーク。うちはうちのやらなくてはならないことがある。成し遂げねばならないことが、うちにはあるのじゃ!」
「パティ……でも…」
「これはうちだけの話じゃない。みんなも一緒じゃ。なに、心配しなくても大丈夫じゃ、ルーク!次に会った時は、うちの武勇伝を聞かせてやるのじゃ。楽しみに待ってて欲しいのう…だから、そんな顔は無しじゃ、ルーク」


不安げに瞳を揺らすルークに、パティは明るく笑ってそう言ったのだが、どうにもその手の震えが止まりそうにないことがはっきりとユーリには伝わり、オロオロと見ているしかなかったエステルがとうとう意を決してルークの右腕に抱き付いていた。馬鹿じゃないの、と口ではリタもそうは言うものの、心配そうにルークとエステルを見ていることは隠せず、ジュディスがそんなリタの姿を見て、微笑んでいる。
ケーブ・モック大森林の時もそうだったが、自分の意志を表すことをいけないことだと認識しているルークが、ここまで頑なに離れて行って欲しくないと訴えているのは、パティが自分を捨てて行くのではと無意識の内に働く思考から、怯えているせいだ。

置いて行かないで。
捨てないで。

一人にしない、で。


口にはしないけれど誰かが背を向ける。その行為に怯えるのは確かなことで、トリム港でフレンと別れる時も一悶着あったのだが、こんなにも酷いのは新たに入った2人の人間が関わっているからだと、そこが分からないほど、ユーリはそこまで鈍くはなかった。



「よし、ではルーク。うちにちょっと耳を貸してくれんかのう?」



悪影響しか与えないと言うのなら、ここノードポリカにこいつら放って先に行くか、なんてわりと真面目にユーリが考えていた、その時のことだった。
ルーク程ではないが寂しそうにしているエステルにもニコリと笑って、パティはルークに屈んでもらえるよう、エステルに離れてもらう。
そうしてジュディスにユーリの耳を塞ぐよう頼んでから(鼓膜潰されるんじゃないかと焦ったのは誰にも内緒だ)ルークの耳に口を寄せたパティに、これには耳を塞がれたユーリだけでなくエステルやカロル達もおや?と首を傾げていた。


「−−−…に、………での」
「……ぇ?…っ、ぇえっ?!」


何を耳打ちされたのか全く見当も付かないが、何かを聞かされたルークは面白いぐらい顔を真っ赤にさせて、そうして不意に繋いでいた手すら離し兼ねない程慌てたから、ユーリは思わずきょとんと目を丸くさせてしまった。
ビクッと跳ねた指先に、勿論離すことはなかったけれど、耳まで赤くさせたその反応には、どうしても疑問に思わずにはいられない。
不思議そうに顔を見合わせるエステルとカロルに、伝えたいことは終わったのかパティはルークの頬に一度唇を寄せてから、ニカッと笑って振り向いた。
その一連の流れにアッシュがギョッと目を見張ったのがユーリだけでなくジュディスとレイヴンにも分かったが、頬にキスぐらいはジュディスやエステルだってやる慣れたことなので、今更何か説明する気にはなれなかった。



「次に会う時までの、秘密の約束なのじゃ!ではユーリ達も、さらばなのじゃ!」


笑顔で手を振って、そうして駆け出して行ったパティに、今度はルークも怯えたように不安げに瞳を揺らすことはなかった。
今生の別れでも無いだろうに、とは黙って見ていたジェイドも、思えはしない。

記憶は無いとは、聞いていた。
事実記憶が無いのだとも、分かっている。



それでも、と考えてしまうのは、一つだけだ。




一体何のせい、なんて。




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