「ミュウはずっとご主人様を待ってたんですの。でもご主人様は季節が何回変わっても、帰って来なかったですの」
「赤い葉っぱが落ちて来て、ご主人様の髪によく似た葉っぱが僕の上に沢山落ちて来て、手を伸ばしたらご主人様に会えるような気がしたんですの。でも、ご主人様の声が聞こえるのは、いつも僕が目を瞑ってしまった後ですの」
「ご主人様がミュウを呼ぶ声が聞こえるんですの。そうしたらいつも、そこで僕は繰り返してるんですの」


「そこが僕の、はじまりなんですの」



必死に話すチーグルの仔の言葉に、アッシュはもう自分の力だけでその場に立っていられないような、酷く足元がふらつくような感覚がして、そうして涙が溢れそうになるのを、必死に堪えるしかなかった。
ぐしゃり、前髪を掻いたのは、多分、目眩を覚えたせいで、どうしたらいいのか分からない。
これはあんまりだ、とアッシュはそう思わずにはいられなかった。
落ち着け、と。
自分にそう、言い聞かす。
取り繕わなければ、ならない。

この仔がそれを分からないのは、ある意味仕方のないことなのだから。



「…………1回目、だ」
「みゅ?」
「俺は、あいつがアクゼリュスを崩落させてしまった一端を負い、髪を切り、自分を変え、そうして大地を降下し障気を中和し、ローレライを解放したのを覚えている。お前にとってそれが何回目かは知らんが、俺にとってはそれが1回目で、今回記憶を戻されて、2回目を歩んでいると考えているんだが」
「みゅ!アッシュさん一番最初のアッシュさんですの!ご主人様を傷付けないアッシュさんですの!アッシュさん、教えてくれてありがとうですの!」


嬉しそうに言ったチーグルの仔に、アッシュは無理に表情を和らげようとして、結局出来ないままジュディスの腕の中から飛び降りて行ってしまった水色を見送るしか、出来なかった。
複雑そうに顔をしかめるぐらいしか、出来ない。
ニコリと笑んだジュディスには、もう何も取り繕うことも、出来る筈がなかった。


「浮かない顔をしているわね」
「……」
「ご主人様の為に必死になってるあの仔が、そんなに可哀想?」


聞いたジュディスに、アッシュは苦々しく顔をしかめたまま、やがてゆっくりと視線を夜の海に移してから、答えた。


「お前なら、分かってるだろ。あのチーグルも、ローレライの奴も、もうどうしようもない夢を、見ているのだと」
「あら、そう思う?」
「思うさ。お前だけでなく、あのおっさんも、あの男も。だから怒っているんだろう?俺があいつに対して自分勝手なことを、理不尽なことを言ったせいではない怒りが、爆発する寸前だったろうが」


少しだけ呆れたように言おうとして、けれど上手く言えず失敗してしまったが、ジュディスは気付かなかったことにしてくれて、アッシュはゆるりと星空を見上げた。
世界が違えば、見上げる星も全く違うだろうが、あちらの世界で見上げても、アッシュは星に詳しくないから、全く分かりやしない。
星に詳しかったのは、邸から碌に出ることも許されず、星を見上げるしかなかったあいつの方だ。
鳥籠のような部屋の窓からしか見えぬ範囲の星だったけれど、その指先が辿ったのは、一体何の星座だったのか。



「あなたは分かっているのね。あの仔たちが、叶うことのない夢を見ていることに」


言ったジュディスの言葉に、アッシュは頷きはしなかったが、否定する素振りの方が、見せなかった。
瞬く星を見上げる。
あの空に、音譜帯は無いのは分かっているのだけれど、そこに一体何を見ているのか。
誤魔化せれる程賢い生き方が出来れば、きっとあのチーグルの仔のように、叶わぬ夢でも平気で見れた。


「…あのチーグルの主人は一生帰らない。何度繰り返そうと、何度主人に出逢おうと、それはあのチーグルが待ち望んだ『ご主人様』では、ない。チーグルが分からないのは、仕方ないとは思うが、なぜローレライの奴は分からないんだろうな」


それは正直不思議なことだと思った。
2千年、独りぼっちだったローレライ。
救うこともせず、救われたいとばかり願ってた、ローレライ。
それが悪いとは思わないけれど、ああ、今更。今更過ぎるんだ、ローレライ。



「あいつは死んでしまった。俺はあいつの命と引き換えに、生かされてしまった。あいつの記憶は俺の中に変わらずある。何度繰り返したって、あいつは、ルークは、もう、戻らない。今生きているあいつは、あのルークとは違うんだ」



20年程度しか生きていない人間でも分かることが、2千年も生きていた神が、なぜ、分からないのか。



「あなたのように記憶を戻されたら、あなたの知る『ルーク』になるのではないのかしら?」



有り得ない話ではないでしょう?
続くジュディスの言葉に、アッシュは星を見上げていた視線を落とした。
夜の海を、見据える。
あのローレライなら、それも可能ではあるだろう。
−−−だけ、ど。




「ルークを救えなかった事実は、変わらないさ。繰り返すことに意味は、本当はどこにもないんだよ」




あいつを救いたかったのなら、あの世界にかえしてやれば、きっとそれで良かったのだ。





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