ふざけてやがるな、と。
小さく、地を這うような低い声で呟いたレイヴンの言葉を、拾ってしまったのは幸か不幸か、困ったような顔をしてレイヴンの隣にまで歩いて行ったカロルではなく、ルークを抱き寄せたままのユーリだけだった。
緋色の髪をしていた子どもをジッと睨み付けていたのだけれど、その言葉だけは流石に無視も出来ず、見上げてみてそして、一瞬だけ見えてしまった表情の変化に、何も言えなくなってしまう。

どうした?おっさん。

そう、いつもの調子で言ってやればそれで済んだだろうに、露骨に見えた嫌悪感と、その直後の今まで一度も見たことのない、知らない、一切の表情を無くした、横顔。
見てはいけないものを見てしまった気分になった。
咄嗟に何も言う資格など自分には与えられていないような。
そんなことを考えてしまっていたから、だからこそ、その瞬間はどうしようもなかった、と言ってしまうしか、ないのかもしれない。



「ローレライ!!」



もう1人の紅が来ることを、本当は、知っていた筈なの、に。







自信が無いのか自己をしっかりと保つことが出来ないのか知らないが、怒鳴りつければ、責めれば、何一つ文句も言わずに項垂れるルークのことが、アッシュは苛立って苛立って、嫌いで仕様がなかった。
自分はこの世界で息をしている資格も、笑うことも、泣くことも、人と同じように生きることは許可を得なければ出来ないとでも言うような、罪人には出来ないとでもそこに償いの一端を置いているような、そんな振る舞いも酷く癇に障る。
ぶつけてはいけない言葉だって平気でぶつけていたアッシュが、今までの自分こそが如何に傲慢で愚かだったか…それこそ生きている資格を問わなければならない身であったかを知ったのは、本当に全てが、手遅れなまでに全てが終わってしまった、その後だった。

知らなかった。
ああ、本当に自分は己のことも、半身のことも何も、知らなかった。


あの子ども。
そう、たった7つの子どもの記憶にある自分の、醜い姿にいっそ笑いたい気分だった。

知らなかった。
本当に何もかも、知らなかったんだ。


許してくれなど、乞えない。
記憶の中にある、己の姿。
醜いとしか思えないその姿を、それでもあいつは、半身は、どこまでも強く、確かな人としてしか、澄んだ翡翠の眼には、映していなかったのだから。



『アッシュ』

『いきて、アッシュ』


『いきて、幸せになって』

『みんなと、どうか』



『幸せになって、アッシュ』



醜態しか曝さぬ人間のどこが共に幸せをと祈れる『みんな』なのか、アッシュには終ぞ理解出来ぬことだとしか、思えなかった。
最初から最後まで、お前は人としても、仲間としても、扱われていなかったのだと、今更嘆き悲しんだところで一体何になるのか。
ルークの歌声が聞こえたのは、そこまで記憶を辿ってからのことだった。
所々辿々しいけれど、幼い頃、邸であの使用人に歌ってもらったのを、思い出して、優しく、どこまでも響いていく。
ルークが音になるまで、それは続いていた。


あんな仕打ちしかしなかった被験者なんかの為に、歌を歌っていた。
幸せを願って、歌った。
大切な人達のことを思い出していけば良かったのに。
かろうじて幸せだと思えるあたたかな記憶を胸に目を閉ざせば、せめて、それで。



『どうか、幸せにね』



幼いルークの、あれだけ傷つけられ、削られていった小さな心の中に残っていたのは、たったそれだけだった。


それがルークの、さいごだった。








「返すよ、アッシュ」


止める間もなく、緋色の子どもがそう言ったかと思えば、次の瞬間、一陣の風が吹き抜け、もう子どもの姿はどこにもなかった。
呆然とするしかない3人の元に、一緒に来ていたらしいエステルやジュディス達が近寄って来るが、それよりもアッシュの反応が気になって、視線が1カ所へと集まる。
眉間に皺を寄せている筈が、呆然と、目を見張って俯きがちになっているその姿に、エステルやカロルは困惑していたが、誰も何も、言えなかった。

暫く時間が開いたあと。
ゆっくり、アッシュが足を踏み出す。
どこか呆然としたまま、それでもアッシュは、ただ真っ直ぐにユーリの側へと、ユーリが腕に抱えるルークへと、足を進めた。


膝を着いて、視線を合わす。
怪訝そうにユーリが見ても、気にも止められない、まま。



「……触れても、いいか?」


それは酷く掠れた、情けない声だった。
リタやレイヴンなんかはきょとんと目を丸くしていたが(心境的にはユーリも同じだったが)、ユーリは苦々しく顔をしかめはしたものの、ここで大人気なさを出しても仕方ないので、頷いてやる。


「起こすんじゃねーぞ」


睨み付けるように見て言った言葉に、けれどアッシュは一度頷いただけで、何の言葉も放たなかった。
無言のまま、そっと。
まるで愛しむようにルークの頬に手を添えたその仕草に、ユーリはわけがわからないと訝しげに見るしか、ない。
アッシュは何も言わなかった。
だからと言って添えた手をすぐに離したりもせず、ずっと触れたままだから、どういうことなのかさっぱり分かりやしない。


「…おっさん、何の変化なわけよ、あれ」
「いやぁー…悪いけどおっさんもさーっぱりって感じ?神サンがイタズラでもした、ってことで」
「は?元々おかしい頭が更におかしくなったの?」
「ちょっとー!リタっちそれは酷い!おっさん泣くよ?!」
「勝手に泣けば」


ばっさりと切って捨てたようなリタの反応に、カロルがこの立ち位置だと巻き込まれるんじゃなかろうかと焦っていたりするのが端から見ても明らかだったのだが、ユーリはあえて見えなかったことにして、固まったように動かなくなったアッシュを前に、わざとらしく溜め息を吐いた。
レイヴンの言ったことは当たっている。
ただしイタズラなんかでは済まない、質の悪いものだろうが。



「とりあえずさっさとここから出て船に戻るぞ。これ以上長居しても、意味がないからな」



揃いに揃った面々を見つつ、そう言ったユーリの言葉に、反対意見がある筈がなかった。



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アシュルクではないです。
ただついついED後アッシュはルーク至上主義になりつつさせてしまいます…orz


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