水色の毛並みをした小さな魔物は、人間の言う難しいことは分からなかったけれど、いま自分がどうすべきか。はたまたどうもしないことによってそれが『なに』と同じになるのかを、よく知っていた。
だから、思うままに口に出来る。

臆する必要もなければ、ただ純粋に己の主人を想う心だけを抱いて、そのまま言葉にしただけだった。




「ミュウは、ご主人様が大好きですの。ミュウのご主人様を追い詰めた皆さんと…本当はミュウは、話したいと思えないですの。でも、ミュウは答えるですの。知りたがってる皆さんを無視したら、ミュウはご主人様を傷付けた皆さんと同じになってしまいますの。ご主人様を傷付けた皆さんと同じになるのは嫌ですの」


「だから、ミュウは答えるですの」



山のように浮かんだ疑問を口にするより先に、まずそう言葉にしたチーグルの仔に、アッシュはどうにも分からなさそうに眉間に皺を寄せたが、ジェイドから言葉を奪うには、十分過ぎる程のものだった。
苦々しく顔をしかめることも出来ず、呆然と目を見張ったジェイドは、それでもどうにか頭を働かせ、大前提とされた言葉をひとまず置いておきつつ、言葉を選ぶ。
あの鉱山の街へと向かう道中や…バチカルへ帰還するまでの仲間達とのやり取りを知らないからこそ、アッシュは理解出来ないとばかりに怪訝そうに顔をしかめていたが、ジェイドにはそれに構っていられる程、余裕はなかった。
とにかく状況を、整理したい。
思い違いをしているにせよ何にせよ、まずは知らなければ、話にならないのだから。



「ミュウ。まず始めに、あなた方がいつ、どうして、何があったからこの世界に来たのか、教えてもらえませんか?」


問うたジェイドの言葉に、チーグルの仔は思うところは多々あるだろうに、それでも主人を見捨てた人間と同等に見られたくないからこそ、懸命に答えてくれた。


「皆さんが出て行って、ティアさんの部屋で眠っていたご主人様の指が動いたと思ったら、いきなり目の前が白い光に包まれたんですの」
「ユリアシティで、ですか…」
「はいですの。真っ白な光に包まれて、目を覚ましたらそこはもう知らない森の中だったんですの」



そうして目覚めた主人の慟哭を、チーグルの仔は初めてそこで耳にした。
目も見えぬ、記憶もないと気付いたのは、優しい彼らに出会ってからだった。
















「…ここ、は……」


ぼんやりと月明かりの差す窓辺で、緑色の髪を少年は眠った覚えは全くないと言うのに、目を覚ますと言う妙な感覚を覚えていた。
きょろきょろと辺りを見回してみて、けれど月明かりの差す窓辺より先は暗闇ばかりで、どうしたらいいのかそんな判断すらも、付きやしない。
床に転がっていた見覚えのある、おそらく自分のものだろう音叉を手にし、一度立ち上がってみた少年の目にやはり暗がりしか映らなかったのだが、不意に部屋の中央。ぼんやりと灯った蝋燭に身構えてしまったのだが、近寄るよりも早く、耳に届く声があった。


「そう怖がらなくとも良い、幼き者よ」
「だ、誰ですか…?!」
「怖がらなくとも良い、と申しておる。なに、そなたに危害を与えるつもりはわらわにはない。もうすぐ目も慣れる。恐れず、今一歩踏み出すといい。人ではない、人と近き幼き命よ」
「!!」


暗がりから聞こえた声に、その内容に、少年は驚き目を見開いて思わず足を引いてしまった。
小さく笑う声が聞こえるが、それはどう捉えても恐怖にしかならず、少年の足は凍り付いたように動かなくなってしまっていて、どうしたらいいのか分かりやしない。
身を縮めんばかりに震え上がった少年に、影はもう一度笑ったようだった。
姿は相変わらず見えないが、だからこそ、少年は身動ぎ一つ出来ず、体を強張らせるぐらいしか、出来なくて。


「怯えておるのぉ…だが、そのままでは何にもならぬよ。踏み出す勇気がないのも、そなたが正しき形を貫けぬのも、そうあるべきだと植え付けられたからだが…それも時と場合に寄る。そなたは、本当は知っている筈じゃ。出来ぬのは、人ではない命故に、人を恐れるからか?」


問うた声に、少年は何も返せぬまま、俯いてしまうしかなかった。
図星だから、と言うよりもむしろどうしてだとかなぜとかそんな言葉ばかりが過ぎって、何も考えられないと言う方がきっと正しい。
それでもどうにか頭を働かせなければと考えて、少年は暫く間を空けてしまったものの、やがて顔を上げて、ほんの僅かではあるものの足を一歩、前へと出した。

そうして口にする。
いろいろ聞きたいことは沢山あるけれど、まず最初に。


「あなたは、誰ですか?」と。




「わらわはベリウス。『戦士の殿堂』の統領である、人ではなき存在じゃ」


小さく笑いながらではあったものの、暗がりから姿を現したその存在は、確かに人ではなく、少年の緑色の瞳には魔物であるとしか映らなかった。






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…これは厳しめ要素が思わぬところへ飛び火したようです(汗)




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