『こちら』の世界で過ごすことに、何を思うのかと言われれば「ああ、やっぱり全然違うんだな」と言うのが、一番正直な気持ちだった。

この世界のイオンを見て。
ジェイドやガイ、アニス達みんなと話をして。

重ねることが出来るとは思わなかった。

勿論それは当たり前の話なのだけど、彼らを見ても『こちら』とは違う『あちら』の世界を通して見ることは不可能なことだと判断してしまえるだけの心が、良かったことなのか悪かったことなのか、自分でもよく分かりやしない。

混同出来る筈なんてなかった。

けれど錯覚してしまいたいと思ってしまうのも、否定出来ない想いだった。
全てが終わってしまったあとの話だ。

『あちら』の世界で生きた、リアン・フォン・ファブレと言う人間は、もう居ない。

自分は死んでしまった。
それなのにこうして意識が在ること自体がおかしな話なのだけれど、ある意味言い換えれば自分はもう『あちら』の世界で存在することを許されなくなってしまった、と言うことと同じなのかもしれない。

叶うなら、もっといきていたかった。

両の手では足りないほどの願いもあれば、共に歩んでいきたい人だってたくさんいた。
錯覚してしまいたいと微かにでも思うのは、抑え付けるその内側からそんな想いばかりが溢れてしまうからだ。


―――名乗るべきではなかったと、本当は自分でも分かっている。

そもそもが荒唐無稽な話だ。
本当の名ではなく偽名を使った方がより自分がいま居る世界が違う世界なのだと認識出来るし、間違っても錯覚したいなどと言う発想だって浮かびやしなかっただろう。
けれど呼んで欲しいと、そう思って欲しかった。

リアン、と。

それはやっと赦された名前なのだ。
この世界の誰にも呼ばれる筈のない名前を、せめて一緒に行動する彼らに呼んで欲しいと思って、希って、ひとりで在ることを耐えようとしていたと言うのに。
それなの、に。


「―――リアン!!」


名を呼んでくれたその人が、一体誰なのか間違えるわけもなかった。
姿が同じだろうと、誰に何を言われようと目の前の人物のことを自分はよく知っている。

大好きで、大切な、その先を、願った一人。



「―――シンクッ!!」


だからこそ、いろんな思いが溢れた結果、最初の一手は平手打ちになってしまったのだけど。




「ーーーッ!!一体何すんのさリアン!ちょっと本気で痛いんだけど?!会って即ビンタとかアンタそんな一撃必殺技誰に教わったんだよ!!何考えてんの!?」
「何考えてんのとかこっちの台詞だっつーのシンク!!お前こそ何してんだよ!なんで、なんであの時!あんな危険な場所に来たんだ!!オレがあそこで何をしようとしてたか理解出来なかったのかよ!!参謀の癖に何やってんだよこのバカ!!」
「誰がバカだ誰が!!きちんと理解した上で行ったに決まってるだろ?!アンタこそシオンだけ連れてとかほんとボクよりずっとバカだバカだバーカ!!」
「バカって言う方がバカなんだろシンクのバカ!!」
「先に言ったのはそっちじゃないかバカ!!」

パーンッ!と。
これまたかなりの力を込められているな、と聞いただけで分かるぐらいには小気味良い平手打ちの音が響き渡ったとその場に居合わせた全員が思った。その直後の会話が、こう言ってはなんだが、かなり程度の低い言い争いではあった。
街中でやらなかっただけマシと取るか悩むところだが、とりあえずその場に居る敵味方両方共が呆気に取られて何も出来ないぐらいには衝撃的過ぎる展開でもあって、六神将の一人、黒獅子のラルゴですら大鎌を向けることも出来ていなければ対するアッシュ達も武器こそ構えているものの完全に呆けており、腰を抜かしたマルクト兵なんかは上司へ報告しに行く、と言う発想すらスコンと抜けてしまっている。
これはピオニー陛下に会いに行く為にと一行がテオルの森に辿り着き、一足先にジェイドが抜けて許可を待っていた時には、想像も出来なかった展開だ。

リアンが敵である筈のシンクに駆け寄って行った。
それもまあ驚きの光景だが、それよりも前に最も驚くべきところは別にある。

リアン、と。
確かに彼は『レプリカルーク』としての認識しか出来ていない相手を、そう呼んだのだ。


唯一つ与えられた、彼の、名を。


……それなのにいきなり顔面を引っ叩かれるのは、そりゃあ納得出来ないことだろうなぁとアニスやガイ達も思ってしまうぐらいには、なんだかとてもシンクが不憫だった。


「一緒に来てってオレが頼んだのはシオンだけだった!なのになんでシンクまで来るの?死ぬって分かってて、なんでフローリアンを止めるでもなく二人して呑気にあそこに来るんだよ!!第七音素の素養が無くなったシオンは無事で要られるけどそうじゃなかったら結末なんて分かり切ってた話だろ!!少しはまともに頭働かせろよバカ!!」
「言っとくけどその言葉そのまんまアンタ自分自身に跳ね返るんだからねこの考え無し!何が死ぬの分かってて、だよ!ボクらは当然死ぬけどアンタなんか自分の死が必須条件だったじゃないか!!頭働かせてこんな結論出せるアンタの方がよっぽどバカだよフローリアンの方がずっと賢いわ!!」
「賢くなんかあるもんか!!二人の方がずっとバカだし考え無しだろーが!!シンクもフローリアンもまだ先があった!!あの世界で生きることが出来た!!オレには出来ないことだったんだよ?!どのみち近い将来、オレが死ぬことは確定だったのになんで二人まで命捨てんだよ!!」
「その発想が出ることがバカだって言ってんだよ!!」
「―――ならバカでいいよ!!」

泣き叫ぶように、言い切って。
そのまま勢いに任せて振り上げたリアンの手に、これはもう一発ぐらい良い音を立てて平手打ちをするかな、と外野と化していたアニスとガイはそう思っていたのだが、振り下ろされた左手がパンッと弾くような音を立てることはなかった。
シンクの頬を叩くには叩いたのだがそこに力は全く籠められておらず、力無く振り下ろされ、そのまま胸倉を掴もうと動いていく。
身長差の問題もあって、どうしてもシンクの方がリアンを見上げる形になってしまうのだから本来ならば胸倉を掴まれてしまったらそれなりに苦しい筈なのだけど、けれど実際はそうはならなかった。

ずるずるとしゃがみ込んでしまって、今はシンクが、リアンを見下ろす形になっている。

土や泥で汚れることも気にせず、地面に膝を付き、縋るようにリアンはシンクの胸元にしがみ付いていた。そうすることしか、出来なかった。


「生きて、欲しかった。シンクにも、フローリアンにも、みんなで、あの場所で、生きて欲しかったんだ。死んでなんか欲しくなかった!生きて、幸せになって欲しかった!それなのに……なんで!なんで、なんで、なんでッ!!」


感情に任せて言葉を浴びせるから、自分でも何を言っているのかなんてもうよく分からなくなっていた。
しがみ付いて、縋り付いて、どうして、なんでと繰り返すたったそれだけの言葉すら、もう声にもなってはくれなくて。
嗚咽を漏らしてただただ泣き縋るリアンの耳が、シンクの呆れたような溜め息を拾い上げたのはその時だった。
そうして、くしゃくしゃと優しく頭を撫でてくれる、そのあたたかさも。

シンクは、わらっていた。
わらっているのだと分かったら、もう、ダメだった。


「バッカじゃないの、リアン。こーんな泣き虫で寂しがり屋のアンタを、ひとり放って置くなんて出来るわけがないのに。ひとりぼっちになんかさせたくなかったって、いい加減分かってよ、バカ」


その言葉が、限界だったのだと。
見守ることしか出来ないでいたアニスやガイ達にもそうはっきりと分かるぐらい、優しさを含んだ、声色だった。
幼い子どものようにわんわんと泣きじゃくるリアンの頭を、あやすように撫でるシンクが一体『誰』かなんてことは、察することが出来ないほど鈍い者はアニス達の中には居ない。
ぼろぼろと涙を溢しながら必死になって口を開こうとするリアンと寄り添うシンクの姿を前に、確かめるのは今ではないと追及しようとも思えなかった。

たくさんの想いが、言葉になって、溢れて、落ちる。

ごめん、ごめんね、シンク。
来てくれて嬉しかった。ふたりが支えてくれなかったら、きっと出来なかった。
だって、こわかった。
ほんとはずっと、こわかったんだ。
ひとりはイヤだった。
さびしかった。
うそじゃないんだ、しあわせになって欲しかったのも、ほんとなんだ。
でも、こわかった。
しあわせになって欲しかったのに、さいごまでいっしょに居てくれて、うれしいと思ってしまった。
ごめんね、シンク。
ひとりは、もうイヤだった。
すごく、こわかったんだ。
なさけないよね、ダメだったよね、ころしてしまって、ごめん、ごめんなさい、でも、ありがと、ありがとう、シンク。

うれしく思ってしまって、ごめんね。


そう繰り返すリアンの言葉に、堪らずシンクが頭突きを喰らわしている姿が見えたけれど、それもまた仕方のないことだとガイやアニスは苦く笑うしかなかった。



「―――と言うわけで悪いけどラルゴ、僕もう一抜けするから。アンタからすれば僕がいきなり気でも狂ったように見えるだろうけど説明する気もなければそっちの味方するつもりもないし、とりあえずさっさと帰ってくれない?ヴァンには好きに報告すればいいよ。死に損ないが本格的に役立たずになったとでもレプリカ同士で馴れ合い始めたとでもお好きにどうぞ。ああ、でも、一つだけ」


そしてその苦笑いを浮かべたまま、空気が凍り付き結果的にその表情を貼り付けることぐらいしか出来なくなるような展開になることも察しておくべきことだった、と後にアニスとガイが頭を抱えることとなったのは、余談ではある。


「僕らに手出しするってならぶっ潰すから。故郷が恋しいだけの癖して預言がどうの星の記憶がどうのって御大層な目的掲げんのいい加減やめなよ気持ち悪いんだよホームシック野郎!」


中指立ててそう吐き捨てたシンクの言葉に、くすくすと小さく笑うことが出来たのはリアンだけの話だった。




--------------


大体の被害者はラルゴ。
だんだんと吹っ切れた結果、アグレッシブなシンクとリアンが世界を救う!…かもしれないです。はい。








×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -