「それじゃあ、まずはみんな初めましてからだよな」と。
いい笑顔で挨拶から始めたリアンは、とりあえずそこからが凄かった。
ジェイドに持って来させた地図をテーブルの上に広げ、迷いもなく各地のセフィロトの場所を丸く囲い、分かりやすいようにパッセージリングの説明からフロート計画の概要や『聖なる焔の光』に詠まれている預言が何を導く筈だったかまで話す。
それらが全て必要なことだと分かっていても、膨大な量と今までの常識を覆す事実の連続に、なかなか理解できることではなかった。
むしろ全員が理解していないと知っているだろうに話を中断しない辺り、かなり質が悪いだろう。
まるで何かの八つ当たりのように話しているのは、何故なのか。



「……本当に、あなたは異世界の人なのですね、リアン。あ、いや、信じていなかったと言うわけではないのです。ただ、こうもダアトの機密事項が出て来ると、少し驚いてしまって…」


すみません、とどうにか困ったような笑みを浮かべて言ったイオンの言葉に、「とりあえずひとまずはここまでかな」と話を区切ったリアンもまた、同じような笑みを浮かべた。
目は決して、逸らさない。
自分の居た世界とは違う世界だと認識していて、当然同じ姿をした存在がここには居るのだけど、そこに重なる人は、別にいない。
初めましてから始めたのだからリアンの中でイオン達は別の存在であり、重なる筈がないからこそ、頭の中は別のことでいっぱいだったのだ。


このジェイド達には、今のうちに伝えられるだけ、伝えないと。
でないとすぐに、動けなくなる。


そんなに強い、人間じゃないんだ。




「全部が全部同じように進むなんて思ってないけど、パッセージリングと言うものが在る以上、この世界のみんなにとっても同じように必要なことだと思うから、出し惜しみなんてしてられないから、さ。ダアトの機密を話してしまっているのは悪いと思うけど、外郭大地の降下は、必ずしなければならないことだと、そう思う」
「い、いいえ…リアンが悪いと思うことではないのです。本当だったら、このことはダアトが率先してやらなくてはいけないことだったのでしょう。預言も何も…そういう話では、なかったと言うのに」


申し訳ありません、と頭を下げるイオンに、慌てて止めるだろう存在は、異世界からの人間がきっと『全て』を知っているだろうと思い込んでいて、真っ青な顔をして俯くばかりだったから、何も言えそうになかった。
おそらく話をきちんと理解している人間の方が少なくて、この一旦の区切りは、彼らにとって助かったとも言える休憩時間だろう。
リアンの話をまとめて今後の方針を皇帝にどう伝えるべきか考えているジェイドが規格外であるだけで、あとの人間の心境は似たり寄ったりだった。



「……リアンの世界では、一通りもう終わったことだと、そう言ったわよね。……あなたの世界では、兄さんを…止められたと言うこと?」


恐る恐る、どこか縋るような目をしてそう聞いたのは、ティアだった。
同時にアッシュも更に眉間に皺を寄せたのがリアンには見えたが、笑みを顔に貼り付けたまま、言葉を返してしまう。


「……分からないんだ、それは」
「分からない…?」
「ヴァン師匠とは外郭大地降下作戦の時にガイ達がアブソーブゲートで一度は倒したらしいけど、生きていたって、そう聞いてる。あとは知らない」
「はっ…さすが異世界とは言え屑だな!その言い方だと貴様自身は何もやって、」
「荒唐無稽な話をしようか。……既に死んでいるんだ、あの世界に生きていた『リアン・フォン・ファブレ』と言う、存在は」


淡々と話すにしても、あんまりな内容に、これには嘲るように口を開いていたアッシュすらも含め、全員が何も、言えなかった。
本当に血の気が引くと、人間誰しも言葉が何も、出て来ないらしい。
リアンはもう笑みを浮かべているぐらいしか、できなかった。

荒唐無稽な話だ。
ああ、そうだろう。
けれど自分にはその記憶が、ある。

この命の終わりを、知っていたのに。



「…どうしてって、聞いてもいいか?リアン」


周りが絶句していると言うのに、異世界の『ルーク』が死んでいると言う事実に誰を重ねたのか、いち早く我に返ったガイがまず、そう口にした。
それはこちらの世界の『ルーク』を心配しての、ことだったのだろう。
そう分かるからこそ、リアンは微笑んだ。
何もかもちぐはぐだったが、それでも、と。


「今はまだ、詳しくは言えないけれど…でも俺が死ぬこと自体は、そう遠くない未来に、必ず起こることだったから…後悔だけは、してないよ」
「ま、待ってくれ…必ず起こることだったって、どうして…!」
「…元々体が弱かったんだ。ヴァン師匠とも剣の稽古より、話をすることの方が多かったかな。こればっかりは誰かを恨むとか、そういう話じゃないよ。医者も言ってた。…これ以上歳を重ねるのは、もう無理だろうって」



その死を宣告されていたのだと、そう話すリアンの言葉に、これにはアッシュも青褪めるしかなかった。
そんな身でヴァンのことがどうの、などと言う話ではないだろう。
「死んだ筈なのに気が付いたらこうだったんだ。信じられない話だろう?」と笑みを貼り付けたまま話すリアンを前に、先程までとは違った意味合いで空気がかなり、重くなった。

その真偽がどうのとか言った、そういう話では、ない。



「で、でも良かったのではありませんこと?こうしてあなたは今ここに居ます。死んでしまうよりは、まだ…」
「そ、そうね。死んでしまうなんて…そんな…」


どうにか取り繕おうとナタリアとティアが口にした、その瞬間だった。
ダンッ!と大きな音を立てて、リアンの拳が、机を叩いたのは。
俯きがちになっているからこそ、誰にもその表情は分からなかったが、響いた音に肩を跳ねさせたのはナタリアとティアだけの話ではなく、先程までとは一転したその雰囲気に、迂闊に口を開いた2人は、すぐに後悔する羽目になった。


「……全然良くなんかない。こんな状況」
「リアン…?」
「ちっとも、嬉しくなんかない。俺だって死にたいわけじゃなかった、もっと生きていたかった。でも、だからってこんな状況望んでなんかない!!生きていたかった、それは本当だ!でも俺は納得して死んだ!こんな俺の為に一緒に死んでくれた人が居た!それなのにどうして…っ」
「お、落ち着いて下さい、リアン…!」
「落ち着ける筈なんてない!!なんでこんな形で俺が生きてんだよ!!一緒に死んでくれたのに!俺だけがどうしてこんな風に、おめおめと…っ」



怒鳴るように言うだけ言って、そこでリアンはハッと我に返ったのだが、既に遅かった。
辛そうな顔をしているティア達を前にして、思わず顔を、背けてしまう。

けれど今叫んだことが、偽りないリアンの本心だった。
ここに自分が『在る』と言うことなど、欠片も嬉しくなんかない。


現実だと認めてしまえば、それだけでもう、リアンは動けなくなってしまう。
自分と一緒に死んでくれた、死なせてしまった…自分が殺してしまった、大好きな2人。
それなのに自分だけがこうして生き延びているなんて、ちっとも嬉しくなんかなくて。


ごめんなさいと詫びたかった。
自己満足でしかないとしても、こんな俺なんかの為に命を捨てさせたことを、2人に謝りたかった。

多分、今俺は泣いているのだろう。
困らせるだけだと知っていても、分かっていても、どうしてもこの涙は、止まらない。



(「シンク、フローリアン」)



この手で殺めてしまった人。
2人にもあの世界で生きていて欲しかったのに。

どうして、こんな。




「……ごめん、ちょっと頭冷やして来る」



そう言って立ち上がり、甲板へと足を進めたリアンを引き止める為の言葉は、この世界の誰も持ってはいなかった。



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そういうわけで情緒が凄まじく不安定なリアンでした。
この世界の彼らを混同はしませんが、頭の中はシンクとフローリアンのことしかないです。
だからこその八つ当たりだったり。




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