それが貴方の、望みと言うのなら。






最初にそれが、ライガの足跡だと言うことに気付いたのは、やはりジェイドだった。
崩落したセントビナー。
魔界の海に沈むのではなく、パッセージリングを操作することで保つことにしようと訪れたシュレーの丘のセフィロトへ続く扉の前で、地面を睨み付けて、動かない。
どうかしたのかと問う面々に、答えることは渋ったが、どうにもならないことだと仕方無く、ジェイドは答えた。
導き出されるのは、妖獣のアリエッタが居るかもしれないと、それだけ。


「たっくも〜!根暗ッタの奴何考えてるわけ?!ほんっと意味わかんない!」
「六神将が何を考えてるのかわからないのは今更でしょう。とにかく、今は先を急ぎますよ」


喚くアニスを適当にやり過ごしつつ、パッセージリングへと向かう中、ジェイドは苦々しく顔をしかめたままだった。
誰か別の人間がアリエッタのライガを借りているだけかもしれない、とイオンは言ったが、残っていた足跡から言って、あれだけの大きさを誇るのは、ライガクイーンの次に大きいと言う、アリエッタが自分の側に常に控えさせているライガだけだろう。
そのライガを貸すとは思えず、またアリエッタ自身にパッセージリングに用があるかと言えば否なので、居るならばアリエッタと誰か、なのだ。
居るのが洟垂れならばどうにでもなるが、それ以外だと言うなら、ば。


「下に誰か居ます!」


叫ぶように言ったイオンの言葉に、全員が慌ててパッセージリング前まで駆け下りて、そうして見えた2つの小柄な後ろ姿に、ようやく足を止めた。
桃色の長い髪。
ライガを側に控えさせたその少女の姿がアリエッタだとは容易にわかるが、そのすぐ隣に居る−−−おそらくパッセージリングを操作した存在に、アッシュが眉間の皺も忘れて立ち尽くしたのが、わかった。
後ろ姿だけで、顔は見えやしない。
白とピンクを基調とした、おそらくアリエッタが導師守護役だった時に着ていたらしい服装を身に纏い、背を向けるその存在はあの朱色の長い髪をしており、身長はアリエッタと変わらぬぐらいのその姿は、もしかしなくとも。


「あなたは、一体誰ですか」


頑なに背を向けたままのその小さな存在に、ジェイドは槍も構えずに、まずそう聞いた。
気配に気付いてはいたのだろう。動揺することもなく、アリエッタと共に、その背が振り返る。

腕にぬいぐるみを抱えているアリエッタと同じように、その存在は腕にチーグルの仔を、ミュウを、抱いていた。
もうこれは、覆しようも、なく。


「あなたなら聞かなくてもわかっている筈ですが。ジェイド・バルフォア博士?」


鈴を転がすような少女の声とその姿に、被験者が卒倒していた。



--------------





「ええ、そうですね。あなたが私達の知るルークではないレプリカルークだとはわかりますが、しかしあなたが誰かまでは、私も知らないのですよ」
「それは自己紹介でもしろ、と言うことですか。被験者は現実見たくないようで意識が無いみたいですけど」
「彼もまたお年頃なんですよ。察してあげて下さい。それよりもあなたのお名前からよろしいですか?ローレライのご令嬢さん」
「…………キモい」


ボソッと呟いたレプリカルークの言葉は、その場に居合わせた全員の心境を代弁したようなものだったが、当人であるジェイドは特に気にした様子でもなくにっこりと胡散臭い笑みさえも浮かべていた。
アリエッタでさえも嫌そうに顔を歪めていると言うのに、その態度を貫ける精神は感心するが、一番関わらなくてはならないアッシュはそれどころではなく、ナタリアにライフボトルを使ってもらって気付きはしたものの、現実を直視したくない。
己のレプリカが以前女性になったことも信じたくなかったと言うのに、これがアリエッタと同レベルの少女になってしまったから……流石に完璧に同じ顔とは言わない。言わないが、どことなく面影を残す顔が少女になった現実を、易々受け入れるだくの余裕も、アッシュにはなかった(若かりし頃の母上の肖像画が頭に過ぎったが、あえて頭の中から追い出そう)(いろんな意味で認められるものか!)。


「…別にお答えするのは構いません。構いませんけど、一つ言わせてもらうなら、被験者がそちらに居る時点でレプリカはもう用済みだと思うのですが」
「あれだけのことをさんざん暴露しておいて今更それが通用するとでも?」
「暴露したのは私じゃありませんが…そうですね。自己紹介ぐらいならしましょう。私の名はルクレツィア。五番目のレプリカルーク。確立されていない刷り込み技術を無理に施そうとして失敗し、かろうじて女体だったと確認は出来たものの、人の姿を持てなかった失敗作ですよ」


さらりと言ったその内容に、流石にこれは性別が反転した程度にしか考えていなかったジェイドも、返す言葉を詰まらせてしまった。
敵意を剥き出しに睨み付けるアリエッタの視線には気付いているものの、誰も答えれずに居る。
不安げに揺れた瞳で、腕に抱かれたミュウが「レティさん…」と小さく呟いたのを、ジェイドはかろうじて聞き逃しはしなかった。
ルクレツィアと言う名に聞き覚えはなくとも、レティと言う呼び名は、以前シンクとニコルと、そしてルティが言っていた記憶が、ある。



「あなたが、レティなのですか?」


その記憶はジェイドだけでなくイオンにもあったらしく、アニスのトクナガに乗せられていた導師が、恐る恐るそう聞いた。
顔色がどことなく悪いのは、レプリカと言うものに対して、イオンもまた他人事では済まされない部分があるからで。


「そうですよ、導師イオン。私の名から言えば愛称は『ルーク』になりますが、それだとルークとかぶりますし。かと言ってルツィではニコルが言えない。ルティにしたら今度はルティスと一緒になりますし、レツィはまたニコルが言えないので、レティになったんです。あの子はまだ、言葉がちょっと拙いですから」
「…随分とかけ離れたような呼び名ですね、それでは」
「別に名などそれが誰かを示せるなら何だって良いでしょう、バルフォア博士。そこに感情を込められるのなら、それで良いのです。私達の中でヴァンデスデルカは髭でモースは樽です。無能な穀潰し共はさっさとくたばれば良いのに。ああ、アニス・タトリン。あなたのご両親はとても良い行いをして下さいましたね。全て樽に押し付けました。肩代わりでなく本当の意味で押し付けて大詠師から降格処分してやったので、もう馬鹿な真似はお止めなさいね。雀の涙程の給金でどう足掻くか見物です。首でも括った方が早いと思いますが。それから事後承諾になり申し訳ありません、導師イオン。髭と樽がやらかした横領は適当に振り分けておきました。ダアトはもうちょっと金銭面に関し徹底的になった方が良いです。詠師トリトハイムが泣きそうでしたよ」


つらつらつら、と言ったレティの言葉に、一行はぽかん、と口を開いたまま何を言えば良いのか頭の中が真っ白になっていた。ある事実から比較的早くに理解したアニスだけは、今にも泣き出しそうな顔をしているが、誰かが気付いた様子はない。それどころでは、ない。


「…レティ、あなたはいつから教団員になったんですか」


なかなか現実を認めたくはないものの、そう聞いたジェイドに、レティは特に何か態度を変えることなく、すんなりと答えた。


「私の番になってから即ぐらいですかね。職も無いまま過ごすには難しいので、1日1万ガルド髭の資金から頂くと言うことで雇ってもらっています。アリィとバチカルから取り寄せしたケーキセットでお茶会が常ですね。参謀総長も一緒にゆっくりとした時間を過ごさせて頂いてます。穀潰しの居ないダアトは平和なので。朽ちろ害虫共め」


可愛らしい少女の声で紡がれる言葉に、容量オーバーになったのかアッシュの限界が迫りつつあった。
余程少女の姿をした己のレプリカを認めたくないらしく、顔色がどんどん優れなくなっていく(何だか嫌な予感しかしないのは、曲がりなりにも自分が特務師団長だったりするから、か)。


「シンクやアリエッタに荷担していると言うのなら、あなたの立場は今どこにあるのですか、レティ」


聞いたジェイドの言葉に、ようやく全員がハッと我に返れたようで、睨み付けるようにレティとアリエッタを見た。
テオルの森で、六神将のラルゴとシンクによる襲撃を受けたのは、記憶に新しいことである。
髭だの何だのさんざん罵ってはいたが、シンクとアリエッタと共に居るのなら、ヴァン側に着いたのかとそう思われる要因にしかならない。


「髭の味方かと言うのなら、全力で否定しますよ。あんな加齢臭でもしそうな年齢詐欺の下につくなんて、死んでもお断りします。ですが、だからと言って私達はあなた方の味方でもありません。シンクを止めもしないのは、私達にとってあなた方がどうなろうと、興味無いからです。まあシンクも趣味は悪いと思いますが。止める理由にはなりませんね」
「そんな…っ、それは結局、あなただって兄さんに協力してるのと一緒だわ!」


声を荒上げて言ったティアの言葉に、けれどレティは、少しも動じることなく、綺麗な笑みさえも浮かべて、言った。



「ルークを傷付けたあなた達に協力する方が、私達には理由がありませんが」



泣きながら必死に伸ばしたあの子の手を、振り払った癖に。



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自意識過剰な僕らの窓・5


レティとアリエッタは仲がいいです。アリィはアリエッタの呼び名ですね。ルティはエッタと呼びそうですが。





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