その言葉を一番信じたくなかったのは、被験者である鮮血よりも死霊使いであることは、シンクから見ても簡単にわかることだった。あからさまに苦々しく顔をしかめて、8番目だと言ったレプリカルークを、睨み付けている。
驚いたように目を見張る人間が多い中で、憎しみすらも込めて睨み付けているんじゃなかろうか、と思えるぐらい、あからさまに態度に出すその姿が、何だかおかしかった。それで賢帝の懐刀など、よく言ったものだ。



「えぇー!?それってアッシュとおんなじ顔が、8人も居るってこと?!」
「そんな…!なんて酷いことを!」


口々に言ったアニスとナタリアの言葉に、しかし聞いたニコルは不思議そうに首を傾げて、それからにこにこと笑っていた。アッシュの顔が頗る不快そうに歪む。
ヴァンから聞いていない、とでも言うのなら至極滑稽な話ではあるが、口を挟めないことを考えると、未だに思考回路が上手く追い付いていないらしい。


「ニコル、と言いましたね。一つ聞いてもよろしいですか?あなたは、いえ、あなた達は全部で何人居るか、ご存知ではありませんか?」


粗方我に返れたのかそう言ったジェイドに、ニコルがきょとんと目を丸くしたあと、「ちょっと待ってね」と言って指を折って数え始めた姿をシンクはのんびりと待っていた。
と言うか嫌な予感しかしないのだが、余裕がないのか死霊使いも気付けない辺り、アッシュの罵声でも飛んで来そうな気がする。


「えっと…10と…いっぱい?」


小首を傾げて言ったニコルの言葉に、ジェイドが顔を引き攣らせて固まった。
見ていられないとシンクは溜め息を吐いたあと、ニコルの隣に立つ。
呆れたようにはしながらも、それでもきちんと、手を差し出した。


「ほら、僕の手も貸してあげるから。もう一回数えなよ」
「うん!シンクありがと!」
「お礼はいいから早く数える」


はーい、と返事をしてシンクの手も借りて言ったニコルに、ジェイドはようやくこのレプリカルークが指を使わなければ、指針となる何かがなければ数を数えれないのだと知った。
苦々しく顔をしかめるアッシュも、呆然とするばかりのナタリアも、誰もが理解出来ないまま、困惑したままでいるしかない。必死に指を折って数えるその姿は、幼子そのものだった。

ユリアシティに置いて行った子どもも、たったの7歳だったのに。



「えっと、みんなで10と6つかな?うん、多分そうだったよ」


告げられた事実に、誰かがヒュッと息を呑んだ音が聞こえた。眉間に皺を寄せてジェイドは頭痛を堪える。
これでは、アッシュが気の毒ではなかろうか。


「…他の方々は、一体どこにいるのです」


ヴァンの手元に居るのならば、処分せねばとそんな考えが過ぎらなかったかと言えば否定は出来なかった。
ジェイドの問いにニコルはきょとんと目を丸くする。
それからすぐに、首を振って言った。


「居ないよ。だからみんなルークと一緒にいるんだ」
「…どういうことです?」
「えっと、『しっぱいさくはいらない』ってみんな体が無くなったんだ。でもルークが呼んだから、ルークと一緒にみんな同じへやに居たの。みんなもルークもあの人きらい。ルークはずっと泣いてたもん。ルークのあとのみんなダメだったって。消えちゃっただけだって」


その言葉に、今度こそ居合わせた人間は何か返す術を失っていた。幼い子どものように、拙い言葉だけれどそう話したニコルがまさか嘘や偽りを口にしたとは思えなくて、正直話の全貌は未だよくわからないが、呆然と立ち尽くすことしか、出来ない。

その場に沈黙が流れたことに対しニコルは不思議そうに首を傾げ、シンクは呆れたように溜め息を吐いていた。
気持ちはわからないこともないが、黙り込むのはどうかと思うけど。


「ニコル、あんた説明下手なんだからレティにでも代わったら?」
「えぇー。いまおれの時間なのに…」
「何もニコルの時間を減らしてレティの時間増やすんじゃなくて、同じ時間だけあんたもレティの時に代わってもらえば良いだろ。それなら一緒でしょ」
「あ、そっか!ならレティと代わるね!」


言うなり、目を瞑ったニコルに怪訝そうに顔をしかめたのが見えたり「は?」だの間の抜けた声が聞こえたりしたが、説明下手だと自覚だけはあるのかニコルはお構いなしだった。
意識をそこに沈める。
門をくぐって、剣の飾ってあるホールを抜けて、花の咲き誇る中庭を駆け抜けて、扉を開けて、それから。



「……レティと代われって言ったのに…全く、やるだろうとは思ってたけど、案の定あんたと代わったんだね。ルティ」


そっと目蓋を押し上げた『ルーク』に対し、呆れたようにシンクがそんな風に言ったから、わけがわからないとばかりにアッシュ達は酷く困惑していた。

数回、瞬きをする。

ルティと呼ばれたレプリカルークは小さく笑った。
先程までの幼い子どもでしかなかったニコルとは、あまりにもかけ離れ、た。


「せっかく人がからかってやろうと思ってたのに。あんたにはすぐバレちゃうから面白くないや、シンク」


ニヤリと笑ってそう言えば、シンク以外が馬鹿みたいに間抜け面を晒していた。



--------------



「それで、レティはどうしたのさ、あんた」
「あ?ああ、レティならあいつの面倒全部押し付けてほかって来た。多分大丈夫でしょ」
「…言っとくけど後で怒られたって僕は知らないから」
「そこをどうにかしてくれるのが、シンクさんですよねー。ああ、何ならケーキセット付けてもいい。ケーキなら自信あるしケーキなら」
「食べ物で釣ろうとするの止めてくれない?大体あんた料理出来ないって言ってたでしょ」
「だって全部甘くしちゃうし」
「……レシピ通りに作ってくれるなら乗った」
「流石参謀総長。話がわかってくれて助かる」


からからっと笑いながら言うレプリカルークの姿は、先程までとは全く違う話し方や雰囲気で、アッシュ達はどうしたらいいのかわからず、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
思考回路が、追い付かない。
と言うか呼び名といい話し方といい、もしかしなくとも、これは。


「で、なんだっけ。こいつらに説明する…とかって話?」
「ニコルじゃ無理だからね。レティにでも頼もうって話になったんだけど…あんた出来るの?手を出すのはやめてよ、面倒だから」
「はいはい。ならとりあえず変えときますか」


言うなり、一瞬だけ第七音素がざわめいたのをティアとナタリア、そしてアッシュは感じたが、身構えるより先に、目の前で俄には信じられないことが起きたからこれでもかと言うほど、目を見開いていた。
ルティと呼ばれたレプリカルークが、自身の長い髪を一つに束ねて、高い位置で結い上げる。
そこまでは、まだいい。
まだいい、が。


なんで女性になってんだ、その姿が。



「また服変わってない?どうしたのさ、それ」
「リグレットの部屋で見た。勝手に参考。意外といろいろ服持ってんのな、あの人。メイド服とか出て来たら笑ってやったのに」
「ねぇ、なにあんた不法侵入してんのさ!勝手な真似するなってあれほど言ったよね?!」
「やりたいって言ったのはニコルだから。探検隊ごっこしたいー!ってあんな瞳輝かせて言われたらむしろ断り方を教えて欲しいわ。時間無くて髭と樽の私室行けなかったのは勿体なかったけど。まあ執務室でも結構びびったけどねー」
「……なに見つけたのさ」
「ん?メシュティアリカって子が可哀想だなって思うぐらい、やたら分厚いファイルに成長メモリアルだとか書いてあった。盗撮なんじゃねーの?執務室に置くか?普通」
「普通は置かないけど…ま、あの髭だし。で、それ元に戻したの?」
「まさか。髭の証明写真があったから顔くり抜いて半分貼り替えてもう半分はタービュランスでシュレッダー掛けた。思った以上に気持ち悪くなってニコルが泣いたから一冊以外は全部ユリアシティに送り返してやったけど」
「着拒されたらどうすんのさ」
「なんか白い花摘んでる微笑ましい女の子の顔だけ髭写真を神託の盾の掲示板に貼り回って精神的に追い詰める」
「医務室に収まりきらなくなったら責任取ってよ」
「精神科の手配ぐらいはしてあげてもいい」


何だかとんでもないことを言い始めた2人の会話に、メシュティアリカことティアは杖を握りしめたまま卒倒し、自分のレプリカが突如女性になった事実にアッシュの顔面は蒼白になり、貧血でその場に突っ伏してしまいそうになっていた。
その反応でいいのか軍人2人、とシンクとルティは鼻で笑うが、嫌みを言うより早く、今まで沈黙を保っていたジェイドが呟くように、言った。


「…解離性同一性障害…」


多重人格とでも言えばわかりやすいものの、あえてそういう言い方しか出て来ないジェイドの脳みそ具合に、ルティは愉快そうに笑った。
ガイはわかったようだが、ナタリアとアニスとイオンはわからなかったようだし、アッシュとティアには聞こえてもいない。


「いいや、外れだよ死霊使い。それは人間だからこそ有り得る事象であり、俺たちの現状には当てはまらない。ま、ルークが起きないのは、人間だからこそでもあるけどね」
「…あなたは、何者です」
「へぇー…珍しく直球で聞くんだ。ルークと居た時はさんざん嫌みったらしくしてた癖に。レプリカのことで隠してた時もそう。言えば、あの時点でルークは教えたって言うのに。あの子から言葉を奪ったのは他ならぬあんただよ、ジェイド・バルフォア博士」
「なぜそれを…!」
「レプリカだからって無知だと思うなよバーカ。ま、いいや。ここらで自己紹介でもしとこうか?俺の名はルティス。3番目のレプリカルーク。性別が反転して処分された、失敗作さ」


あっさりと口にしたルティの言葉に、ようやく我に返ったのかアッシュは弾かれるように顔を上げた。
眉間の皺が思わずなくなる程驚きを隠せないその姿に、シンクが肩を震わせて笑いを堪えているが、吹き出すのに時間はそう掛からなさそうだ(そのうち呼吸困難になっても知らない、と)。


「なに?そんなに驚くようなことだったわけ?被験者」
「……っ、どういうことだ!説明しやがれ!」
「うわー…すぐそうやってキレるのが俺らの被験者なんて信じたくねぇー…ま、いいよ。説明はするから。と言うか説明する為にわざわざ出て来たんだし?全く何にも知らない、馬鹿な被験者さん達の為に?」
「なんだとてめぇ!」
「止めなさい!アッシュ!」


怒鳴りつけてそのまま掴み掛かろうとしたアッシュを、どういうことかジェイドがすぐに止めて背後へと追いやっていた。
珍しいな、眼鏡。
とからかってやっても良かったのだが、この男にしては珍しく、余裕がないらしい。


「ルティス、でしたね。説明をお願いしても、よろしいでしょうか?」


頼むように言ったジェイドに、ルティは一度だけきょとんと目を丸くしたあと、声を上げて笑った。
あの死霊使いが有り得ねぇー!さんざんルークは馬鹿にした癖に!
そう放つ言葉は的確にジェイドの心に突き刺さるが、今はそういう場合ではない。


「いいよ、教えてあげる。なあ、死霊使い。そもそも完全同位体のレプリカを作るのに、一度で成功したと思う?」


聞けば、その内容に僅かにアッシュが体を強張らせたのがわかった。
その姿を見てしみじみ思うが、一体どちらが甘やかされて育ったもんだか。


「性別反転、色彩の致命的な欠如、人の形を取れなかった子も居たかな?ま、何にせよ事故みたいな形でもルークが生まれるまでに9人失敗作のレッテル付けられて殺された。11番目は事故に巻き込まれた形だったけど、その辺はローレライの馬鹿のせいか」
「どういうことです」
「第七音素同士は引き合うんだよ、バルフォア博士」


ライガの背に腰を掛け、笑みはそのままに言ったルティの言葉を、理解出来るのなんてせいぜいジェイド以外ではガイがギリギリなんだろうな、と言うのはルティとシンクの感想だったりもした。ちなみにアリエッタは全部理解するのは無理だった。半分ぐらいわかっててくれると、助かるんだけど。


「乖離した俺たちの第七音素が充満する中でルークは生み出された。消えて行く俺たちをルークが望んだ。ルークの中で、個を持って存在することを許された。ま、残ったのは5人だけだったけどね。だからルークは初めから自分がレプリカだって知ってたんだよ。そして髭の…ヴァンデスデルカの目的も知っていた」
「…っなによそれ!ならあいつ、全部わかっててアクゼリュスの人達を殺したってことじゃん!!」
「パッセージリングの耐用年数を知ってるか?お手紙大好きお嬢さん?」
「!」


からかうように言えばその瞬間アニスの顔は真っ青になり、悲しそうにイオンが目を伏せた。…バレてんじゃん。アホかこいつ。


「外郭大地を支えるパッセージリングは耐用年数から考えるともう保たない。アクゼリュスはあのままだとどのみち自然崩落を起こしてた。他のパッセージリングとの繋がりを、断ち切れないままにね」
「まさか…っ」
「外交センス皆無でも賢い奴が居ると助かるよ。ルークがアクゼリュスのパッセージリングを消滅させたのは、他のパッセージリング同士の繋がりを断ち切って、全ての外郭大地があの時点で崩落するのを防ぐ為さ。一万の民を結果的に死なせてしまっても、それでもオールドラントに住まう世界中の人間を取った。どっかの馬鹿な国が預言を盲信せず救助してたら、こんなことにもならなかったんだけどね、と」


ひらりとライガの背から飛び降りて、手に持ったままの剣をルークがするように腰に差して、ルティは位置を確かめてから、瞬時に抜き取り剣先をアッシュへと、アッシュ達へと向けた。

その瞳に宿るのは、侮蔑と怒り。
剥き出しの殺気に、怯んだのはアッシュだけではなかった。
怯む資格すらもないと、ジェイドだけは目を逸らしはしなかったが。


「ルークの精神に俺たちが同居してるのはレプリカだからこその話だ。だけどルークが目を覚まさないのは、レプリカだからじゃない。嫌だと思っても他に方法もなくて、泣くことも出来ずにそれでも必死になって辛くても苦しくてもそうすることしか出来なかった、追い詰められたあの魔界の地で、お前たちに手酷く切り捨てられたからだよ」



それは人だからこその、想いだったろうに。




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自意識過剰な僕らの窓・3


ルティはPMを嫌ってると言うより非常識な連中を嫌ってます。ネタで考えてたよりも話が複雑になってて自分でびっくりです…なぜこうなった…。


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