何と言えばいいのやら。
捨てられた犬猫でも拾った感覚と言うのが、一番近い気がした。



「うわぁ!すごーい!広い広い!」


一体どこをどう捉えたらこんな黴臭いような本部見てそんな楽しそうに出来るんだろう、とシンクは半ばうんざりとした風に溜め息を吐きたかったが、無駄だというのはわかりきっていたので特に何も言わなかった。
はしゃがないでよ、誰かに見つかったらどうすんのさ。無闇に銅鑼を叩くな!あー、もう!あれは兵士を集合させる合図なんだよ!ちょっとマントは取るな馬鹿!あんたの髪は目立つんだってば!…などなど。
自室に連れ帰る過程で既にこんな状態で、しかも一向に聞きもしなかったと言うのだから、シンクはもう無となるしかない。
チーグルの仔とタッグを組んだレプリカルークは、止まることを知らなかったのだ(だからと言ってチーグルで銅鑼を叩くのはどうかと思う)(…頭割れないのか?あれ)。
薄暗い廊下を歩いて、シンクは時々迷子防止の為にレプリカルークの手を引いて、自室へ向かう。
レプリカルークはにこにこと笑っていた。
もう好きにしなよ、とシンクは思っていたのだが、目の前に桃色頭の少女の姿なんかが見えてしまえば、そうも言ってられなくなる。


「シンク!そいつ、どういうことですか!」


珍しく怒鳴るように言ったアリエッタに対し、シンクは「ああ、そういえば母親の仇になるんだっけ?レプリカルークは」とうっかり呑気に思ったが、直後「すごいすごい!あの子ピンク!きれいだよ!」とはしゃぎながらレプリカルークがそう言って来たから、うっかり頭をひっ叩いてしまった。
案の定何もわかってないらしいその姿に、今度ばかりはうんざりと溜め息を吐いてしまったのだけど、通用しないのはもう呆れるしかない。
小さな子どもでしかないその反応に、その姿に、アリエッタの方が先に、困惑していた。
腕に抱えた人形を強く抱き締めて、困ったように首を傾げているその姿にシンクは面倒なことになったとぼやくが、とりあえずレプリカルークの首根っこを掴む手だけは、離さない。


「…あなたは、誰、ですか?」


酷く困惑しながらも先ほどとは違って静かに言ったアリエッタに、シンクは一瞬、仮面の下できょとんと目を丸くした。
流石は魔物に育てられた娘と言うところだろうか。
気でも違ったか、ではなく別人と捉えたところに、気付けたんだ、とシンクとしては感心するしかない。


「アリエッタ、それが知りたいってなら、ヴァンやリグレットには内緒にするって前提で、とりあえず僕の部屋に入ってよ」


言えば、少し考えたあとにアリエッタは小さく頷いた。
まあ、僕もあんまりわかってはいないのだけど、と思いつつ、シンクは部屋の扉を開ける。

捨てられたんだ、とそいつは言った。
笑って、空に向かって手を伸ばしながら言ったその姿が、何でか放っておけなかった。


(『なら、僕と一緒に行く?』)


気紛れで掛けた言葉だ。
けれどそれに満面の笑みでそいつは答えた。
だから、拾った。



それだけの、話。



--------------


モースの手によって捕らわれたイオンとナタリアを救い出す為に、アッシュとジェイドは途中のアラミス湧水洞でティアとガイと合流し、アニスが得た情報から神託の盾騎士団の本部へと足を運んでいた。
入り組んだ場所ではあるものの、六神将として出入りしていたアッシュが居るから迷うこともなく、すんなりと二人が閉じ込められた部屋へと進む。
ユリアシティから突如居なくなったルークとミュウのことに関しては、極力話題から避けているせいか、一行の雰囲気はどこかぎこちないものだった(口に出さずとも感じる)(あの我が儘坊ちゃまは、逃げたんじゃないのかと)。
アッシュが妙に苦々しく顔を歪めてはいたものの、特に誰かが触れることもなく、そうこうしている内に、一行は無事イオンとナタリアの二人と合流することは出来たのだ、が。


「ずっと欲しがってた居場所をようやく取り戻した感想はどんな感じ?聖なる焔の光の、燃え滓さん」


茶化すように聞こえたその声に、アッシュは弾かれるように振り返って、そうして己の失態に苦々しく舌を打った。
同じように振り返った面々も、驚いたように目を見張ったものの、すぐさま武器を構える。
あまりに今更な警戒具合に、その人物は馬鹿にしきったように笑った。
ライガの背に乗った、まま。


「シンク!それにアリエッタの魔物まで…あんた達、そんなにイオン様の邪魔したいわけ?!」


喚いたアニスに、しかしシンクはやれやれ、と呆れたように溜め息を吐いただけでライガから降りようともしなかった。
ジェイドとガイ、そしてアッシュが前へ出て今にも攻撃せんとばかりに睨み付けるが、あっさり流して気にもしない。


「別に導師の邪魔をするわけでも連れ戻しに来たわけでもないさ。それにあんたの目は節穴なわけ?アリエッタ居ないだろ」


言われて、怪訝そうに顔をしかめながらもアニスは改めてライガを見たのだが、確かにライガは2体居るものの、肝心のアリエッタの姿はどこにもなかったからうっかり首を傾げてしまった。
てっきりライガ=アリエッタとセット、と言うイメージが強かったのだが、騙し討ちでもなくどうやら本当に居ないらしい。


「では、シンク。アリエッタはどうしたんです?」


食えない笑みを浮かべて言ったジェイドに対し、シンクはやけにあっさりと答えた。


「パンケーキ作ってるんだよ。まあ手料理イコール生肉のあいつが作れないのは、目に見えてるんだけどね。今頃ラルゴにでも泣きついてんじゃない?あの強面にパンケーキはかなりの拷問だろうけど、他に料理出来るのラルゴかせいぜいかろうじてヴァンぐらいだけだし。あの髭は今いないけどさ」


さらっと言うには何だか聞き捨てならないことがちらほら混ざっていた気がしたが、アリエッタの手料理には身に覚えがありすぎるのかほんの一瞬だけアッシュは顔を背けていた。
狩りたての生肉は、一種のトラウマ事項だったりもする。余談だが。


「では、あなたは何の為に私たちの前に姿を現したんです?用がないのにわざわざこうして対峙するには、六神将も暇ではないのでしょう?」


にっこりと胡散臭い笑みを浮かべて言うジェイドに、シンクは嫌そうに口を尖らせたが、すぐに止めた。
そろそろ限界だろう。
もう少し辛抱強くなって欲しいとは思うが、全面的に被害を被るのはあちらさんなので、気にはしない。


「子守の手伝いでもしてもらおうかと思って。なに、お子様の相手をするだけさ。僕もライガも手は出さないし。頑張ってよ、燃え滓さん?」


何だか全くわけのわからないシンクの言葉に、アッシュだけでなくジェイドを除いた全員が「はぁ?」と怪訝そうに顔をしかめて言いかけたのだが、次の瞬間、勢い良く振り下ろされた剣にアッシュは咄嗟に弾き返すことも出来ず、後ろへ退くことしか出来なかった。
体勢を整え、いきなり斬り掛かって来た人間を睨み付ければ、そこに見えたのは、あの朱色。
シンクとよく似た服を着て、揃いの仮面をつけてはいるものの、長い朱色の、劣化の証でもあるその髪は、間違いなく。


「レプリカ!てめぇ何しやがる!!」


怒鳴りつけたアッシュの言葉に、しかし返って来る言葉は何もなかった。
「ルーク!」と叫んだガイとイオンの言葉に対しても、視線を向けることもしない。
それどころか、次いで再び手にしていた剣を奮った。
アッシュは何とか受け止めて、今度は弾き返してやる。
そうして空いた距離を前に、罵声を飛ばしてやろうとしたのだが、アッシュは目を見張ることしか、出来なかった。


(アルバート流じゃ、ない?)


繰り出される剣の動きを見て、そう確信した。




こいつは、一体誰なんだ。



--------------




一騎打ちとなった二人の戦いは、しかしそう長くは続かなかった。
最初に言っていた通りシンクとライガは傍観を決め込むばかりで手出しはしようともしないから、何だかアッシュに加勢するタイミングと、相手が「ルークかもしれない」と言う思いに戸惑って、ガイ達もまた、手出しが出来ない(死霊使いは容赦なく譜術を放とうとはしたが、そこはシンクだけでなくイオンが止めに入った)。
アルバート流を使わずに戦う朱色にアッシュは動揺を隠せず、そしてまた今までとは…ユリアシティで対峙した時とは桁違いに跳ね上がった動きに、防戦するしか術がなかった。
確実に、追い詰められている。

己が貶した、レプリカ相手に。



「飛燕猛襲牙!」


苦々しく舌を打った次の瞬間、繰り出された技にアッシュは咄嗟に引き下がったが、少し遅かった。
手にしていた剣は弾き飛ばされ、弧を描いて、落ちる。
床に突き刺さった音を耳にする前に、首筋に剣を突き付けられていた。
動けば、首を跳ねられると、容易にわかる、位置に。


「勝負あり、だね。お粗末様でした、燃え滓さん」


誰もが呆然と立ち尽くす中、茶化すように言ったシンクの言葉に、アッシュは睨み付けようとしたのだが、ふと言葉を聞いた目の前の朱色が小首を傾げたから、怪訝そうに眉を顰めた。
首に剣を突き付けたまま、朱色は顔だけを動かして、シンクを見る。


「勝負あり?」
「勝ち負けがついたってこと。燃え滓が負けて、あんたが勝ったってことだよ」
「やった!シンクシンク!パンケーキ!」
「喜ぶのはいいけど、その前に終わったらどうするんだって?」


言い聞かせるように言ったシンクの言葉に、朱色が「あっ!」と声を上げたのを、ジェイドも含めて、誰もが呆然と見送っていた。
いそいそと剣を鞘に納めて片手に持ち、そして。


「稽古、ありがとうございました!」


ぺこりと頭を下げてそう言った瞬間、アッシュはぽかんと口を開いたまま固まってしまった。
「は?」だの「え?」だの声が上がるが、どれも言葉にならなければ、朱色が気にすることもない。


「はい、よく出来ました。満足したなら、もう行くよ」
「はーい!」


元気良くお返事よく出来ましたー…とばかりにシンクに頭を撫でられている朱色の姿に、と言うのか二人の姿に、思わず思考回路がプツンと切れたのは仕方のないことだった。
ここで真っ先に我に返ったジェイドは流石と言うべきだろうが、動揺が拭い切れたわけではないらしい。


「すみませんがお帰りになられる前に、その仮面を外してもらっても構いませんか?」


ジェイドの聞いた言葉に、ハッと我に返ったのはガイとアッシュ、そしてイオンだった。
正体を隠すつもりだったかは知らないが、髪の色も変えずに、シンクと揃いの仮面を着けただけの朱色に対し、確信を持って聞いたのだ、が。


「仮面?」


小首を傾げて言ったその内容に、今度こそジェイドの思考回路がプツリと切れた。
その反応は、流石に予想してませんでしたよ。


「あんたがいま顔に着けてるやつだよ」
「あ、これのこと?別に取ってもいいよ。シンクとお揃いで、ちょっと見にくかったけど、かっこいいから着けてたんだ!いま取るね!」
「ちょっと無理矢理取らないでよ!ああ、もう!僕が取るからあんたはいじるな!」


見ているだけなのは我慢ならなくなったのか、慌ててライガの背から降りてシンクは朱色の顔に着けられていた揃いの仮面を取り外した。
伏せられていた目蓋が開き、翡翠色の瞳が、見える。
見間違える筈もなく、やはり、彼は。


「ルーク!!」


悲痛な声で叫んだガイの言葉に、けれど『ルーク』はきょとんと目を丸くしただけだった。
そして首を傾げる。
どこか幼いその仕草に、疑問を抱けたのが何人居たか、なんて。


「ルークに会いたいの?でもルークはいまねてるよ。空から大きな土がおちて来たんだもん。そういう約束なんだ」


にっこりと笑って言った『ルーク』の言葉に、誰もが状況に着いて行けずに固まっていた。
呆れたようにシンクは溜め息を吐く。
アッシュ達の気持ちも、わからないこともないのだ。
まあ、なにより一体僕はなにしてるんだろう、とそんな気持ちも、結構強いのだが。


「それじゃあ一体何の話かわからないだろ。ほら、自己紹介からしなよ」
「じこしょうかい?」
「自分の名前とか挨拶」
「わかった!」


言って、指を折りながら何かを数えるようにし始めた『ルーク』に、ジェイドだけは怪訝そうに眉を顰めたが、何かを言うことは出来なかった。
にこにこ笑っている目の前の朱色があの『ルーク』とは違うとは思いつつも、認めたくない、と言う気持ちは拭い切れず、それでも事実は、容赦なく突き付けられて。



「はじめまして、おれは8番目のレプリカルーク。ニコルって言います!」



幼さを残した子どもが、確かにそう言ったのを、みんなが聞いた。



110915
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自意識過剰な僕らの窓・2


ニコルの剣術はTOVのユーリと大体同じです。趣味です(苦笑)。




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