その場の雰囲気が嫌になって部屋を出たと言うのに、まさかその先で鉢合わせるとは思っていなかったのだ。





「あれ?シンクじゃん。ラルゴ特製オムライス食べてたんじゃないの?つーかニコルの分だけあって俺の分残ってないとかそんなだったら今度紅茶にタバスコぶち込んで飲ますけど。ちゃんと残ってるんだよな?」



にこりと笑顔でわりととんでもないことを言ったルティの言葉に、思わずげんなりと吐きそうになった溜め息をどうにか堪えて、シンクは呑気に歩いてきた人物を呆れたような目で見たのだが、まあなんの効果もないと言うのが頭の痛い話ではあった。
何をのんびり呑気に歩いてきているんだそもそもここは神託の盾騎士団の本部だしヴァンやリグレットに対して警戒心まるでないなおい…!!と、とりあえず思ったことはそんなところだが、言ったところでどうせ聞きやしないとも分かっているので、一旦なにも聞かなかったことにする。
相変わらずリグレットの部屋を物色して気に入ったものを参考に服を決めているルティは派手な服装を好まず、シンプルなものが好きだと言っていたが、それも半分は嘘だったのだろうな、とそんなことをぼんやりと考えてしまった。
装飾が細かいものや複雑なものを選べば、そう模る為にその分第七音素を使うことになる。
最初に比べて簡易なものを着るようになったのは、ルティがルティとして使えるだけの第七音素の量が減ったからじゃないのか、と言うのがシンクの考えではあった。
目に見えて時間が削られていることが、嫌でも分かってしまう。
だからと言って「どうして」とは、聞けることでは、なかったけれど。



「…ラルゴのことだからその点は心配いらないと思うけど、ニコルが食べた上であんたまで食べれるの?ルティ」
「んー…ま、結局体は一つだけだからね。ちょっと厳しいだろうけど、俺だって食べたいしどうにかして食べるかなー。残したらあんだが食べれば問題ないでしょ?シンク」
「あのさ、人を残飯処理係りみたいにするのやめてくれない?僕は残り物を食べる趣味なんてないから」
「じゃあ膝の上に乗って「はい、あーん」ってしてあげる。べろちゅーまでならスキンシップの一環としてやれるから、サービスしてやろうか?」
「バカなこと言ってんじゃないよルティ!!あんたとキスするぐらいならアリエッタのライガとした方がマシだ!」
「うわー、シンクセクハラー。ライガに謝ってこいって」
「…………いや、拒否しておいてなんだけど、そこはあんたが怒ろうよルティ」
「まっさかー。だってこの体はルークが基本だし?したら可哀想でしょ、シンクがさ」



あっけらかんと言うにはそれでいいのかと思うような言葉を放ったルティに、浮かんだ感情は気のせいだと誤魔化してシンクは「バカなこと言ってないでよ」とそれだけをどうにか返した。
空っぽな筈の自分には不要なものであると言うのに、確かに感じる何かがあって、確かに想う気持ちもあって、シンクは苦々しく顔を歪めたまま、まともにルティを見ることさえできないように感じてしまう。
正直に言ってこんなにも苦しいと思うのは予想外のことであって、そうして苦しいと思う気持ちだって、シンクは必要としてなかったのだ。

ルティ達は、変えてしまうから、嫌だ。
ずっと頑なに閉ざしてしまって、変えるつもりのなかった部分に平気で踏み込んでくるから、嫌になる。
それなのに、もう変えられた部分は元に戻らないから、嫌で嫌で仕方なかった。

単なる模造品だと、嘲笑うことも貶すことも、できなくなる。
消えて当然だと、もう言えないことが本当に嫌だった。


そしてどの口で死ぬな消えるなと、言えるものなのか。




「レティが本当に死んだのって、あんたは聞かないんだね、シンク」



隣を歩くルティの言った言葉に、一瞬頭の中が真っ白になったように感じながらも、シンクはどうにか平静を取り繕って「ラルゴから聞いたからね。嘘を吐けない男からの言葉を、どうして確認する必要があるのさ」とこう返したのはいいが、結局自分らしくなさ過ぎて頭が余計に痛くなった。
今だけはこちらを見ようとしないルティに感謝しとくべきなのか…どうにも振り回されている感が否めないのだが、気にしたところでどうしようもないかと、とりあえずは諦めておくことにする。
つくづくこういう時はこの仮面も便利なものだな、とそう思わざるを得なかった。
気紛れにと言葉を選んでも、その表情が見られることはないのだから、バカには出来ないものらしい。




「……あんたは、それでいいの」
「ん?」
「今はニコルの時間だってのにあんたが出てるってことはニコルは泣きじゃくったままなんだろ?僕には理解できないけど、あんた達はその繋がりが強い筈だ。なのにあんたは、そんな平気な顔してて、それでいいわけ?」



歩きながらそう言えば、少しの間を置いて何故かルティが声を上げて笑ったのだから、これには流石にシンクもイラッとしたが、頗る不快そうな顔を自分がしている自信の方があったから、顔を合わせることはしなかった。
ルティは笑っている。
そんな彼女の態度に対して、心配するんじゃなかったと思えてしまう自分の心境が、嫌だ。



「平気なわけじゃないさ、シンク。レティが死んだって言うことは、次にお鉢が回ってくるのはこっちだし?世話焼きの家族が死んだんだ。死体を前にニコルは大泣きさ。慰めるなんて真似は出来ないから放っておくけど、ま、どうせルークに泣きついてんじゃないかなー。あの子が起きる前にザオ遺跡のパッセージリング操作しなくちゃならないってのがま、ちょっと面倒なんだけど」
「……レティの体、残ってるの?」
「残ってはいるよ。死体っていうか…ま、ただの第七音素だけど。もともと失敗作だからさ、俺たち。ルークの心の中にはファブレ邸とよく似た邸があって、今は一部屋ずつ分けてたんだ。どうせみんなしてルークの部屋にいるから…実質は棺桶だな。そこが。レティの第七音素で満ちてるんだと思う。扉を開けたら、そこでおしまい。開けなくても、別に体が残ってるわけじゃないから、何にもならない。開けてみるか?シンク」



笑いながら言うにしては、かなり洒落にもならないことではあったけれど、「別にいい」とぐらいしかシンクは返すことが出来なかった。
本当はもっとザオ遺跡のパッセージリングを操作することだとか、いろいろ聞かなくてはならなかったのだろうとは分かるのだけれど、そうすることができない。言葉が選べない。
何時の間に仮面を奪ったのか、滲む視界の中でルティは綺麗に笑っていた。
不要なものを拭った指先が、きらきらと光って見えるのが気のせいだったらいいと思わせる、ルティが嫌いだ。
ああ、くだらないと吐き捨てさせてくれないこいつらが、本当に嫌になる。


死ぬなと懇願する気持ちは、不要だっただろう、僕らにとっては。




「俺が消える時はお前に言うよ、シンク。ありがとうもさようならも俺らしくない言葉だけど、一緒に居て楽しかったくらいは言ってやるからさ」



笑って言ったルティの言葉に、どうにか「その言葉が別れの言葉みたいなんだけど、ルティ」とそう返すことが出来た自分を褒めてやりたいとシンクは思った。
それと同時によくアリエッタは耐えれたものだ、とそんなことさえも、考えてしまって。



「…あんたって本当いい性格してるよね。すっごい腹立つ」
「それは褒め言葉だよ、シンク」



そう言って笑った彼女は、それから4日後の晴れた日に。



空に、融けてしまったのだから。





120911
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自意識過剰な僕らの窓・12




すごく…重いです…orz
死ネタに近い表現があって今更ですが申し訳ないです…。





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