※11歳と4歳。世界観は本編通りです。が、直接関係なくファブレ家(+ガイ)は捏造、キムラスカ王家は残念です。年齢設定はあんまり気に留めたらダメかもしれません。ふわっとした認識で、どうぞ。









「ばぁ」だか「ぶぅ」だか「だぁ」だったか。
何を言ったのか残念ながらそれは全く分からなかったのだが、初めて目にしたその赤子を前に、きらきらと輝くような翡翠の瞳だけが、やたらと鮮明に、覚えている。
ばぶばぶだぁ、から始まって、あやされて抱かれて転がって眠って、辺りはまだいい。
これが掴まり立ちを覚えて歩き始めた辺りから雲行きは怪しくなり、一人で立って歩いて走れるようになった時にはその片手を結ぶのはすっかり自分の役目となってしまったことに、アッシュは心底頭が痛くなる現実だったが、しかし悪い気はしないと言うのがまた、どうしようもない事実でもあった。
前触れもなくいきなり人の腰に突っ込んで来るのは当たり前で、ちょこちょこ動くその朱色をどれだけ気を付けていても、何度蹴飛ばしそうになったか分からない。
だっこ、だっこ、とねだる幼子に腕は鍛えられる一方で、そろそろ腰が逝ってしまうのではなかろうかと言う時に、降りろと言ったら盛大に泣かれたので早々に諦めた。
ローレライ教団が聖獣だと崇めるチーグルをモデルとした人形を四六時中抱えていて、片手はやっぱり何時まで経っても一人に固定。
頬をつつけばくすぐったそうに笑い、試しに引っ張ってみれば伸びに伸びたが全身全霊を掛けて大泣きされたのは記憶に新しかった。
甘えん坊で、泣き虫で、寂しがり屋な赤毛の子ども。

それが弟、なんて。
初めてのことだらけな生活に、アッシュは未だに、戸惑ってばかりだった。





「なあ、ガイ。こいつはいつになったら一人で行動するようになるんだ?」
「それは…ルーク様はまだまだ幼いですから、何とも言えませんね」
「……いつになったら、俺の腰に平穏は訪れる?」
「いや、それは…こう言っては何ですが、抱き癖がついてしまったので…」
「抱き癖?」
「ルーク様がねだる度に、アッシュ様は抱いて差し上げていたでしょう?それがすっかり癖になってしまったんですよ」



治すのは今ではもう難しいでしょうね、と。
金色の髪をした幼い頃から共に過ごした使用人が苦く笑いながら言った言葉に、アッシュは幼子にはそんなこともあるのだと呑気に感心していたが、つまりこの現状は完全に自業自得であり、結局悩める腰痛は解決しないのだと分かった瞬間、苦虫でも噛み潰したように思わず顔をしかめてしまった。
離れにある自室のベッドに横たわる朱色の子どもに手を繋がれたまま、使用人がお茶の用意をするのを眺めていたのだが、手を離してもらわなければ何も出来ず、またこの状態から離してもらったことなど一度もないので、自由になるのはもうずっと前から諦めてはいる。
繋がる手と手から伝わるあたたかさは別にいやではなく、あっしゅ、あっしゅ、と未だに舌っ足らずに己の名を呼ぶ幼子が結局は何だかんだでいとおしく感じているのもまた、一つの理由だろう。
幼馴染みでもある使用人はそんな2人を見る度に穏やかに笑うのだから、拒む理由の方がアッシュには存在していなかった。
物に名前を書いておけば無くした時に誰かが拾って届けてくれるかも知れないぞ、と教えられ、馬鹿正直に邸中至る所に読めるか読めないか分からない下手くそな字で名前を書きまくったことに、怒鳴り散らしたのはつい先刻のことだったりするのだが。…まあ、忘れたことにしておこう。




「…そんなに痛みますか?」



腰が、と。
最後まで言わなかったのはこの年齢で腰痛持ちなのは哀れだと思った幼馴染みからの優しさだったかもしれないが、眉間に皺を寄せた理由はそこではなかったので、アッシュは実はかなり限界を訴えつつある腰を無かったことにし、首を横に振った。溜め息が漏れたのはこの幼馴染みの頬に下手くそな字で『ルーク』と書かれているからなのだが、自分の額も同じようなことになっているので、口に出すことはしない。
綴りがあっているだけ、まだマシなのだ。
可愛らしい思考だとは思わないこともないが、やったことは洒落にならないぐらい可愛らしくない結果…と言うのか流石4歳児。こっちが考え付かないことを平気でやるなぁ、おい!とアッシュは未だに混乱から抜け出せ切れていない頭で、ぼんやりと考える。
メイドのエプロンから始まってペールの頭で終わった一連の騒ぎは、アッシュがうっかり昼寝してしまった間にほとんど終わっていた。
ルークを寝かしつけてそのまま一緒に寝てしまって、何という醜態だと思ったところで今更遅く、そこはこの際無かったことにする。
万年筆だかそんなもので手当たり次第書き殴っていたのなら、もっと早い段階で誰かしらが止めただろうが、この馬鹿は有り得ないことにホールに飾ってあった鎧の飾り毛を引き千切り、筆のように使って書いたのだ。
しかもインクはどこから取って来たのか外壁を塗り替えるのに使用する予定だったペンキを選び、結果、邸中大惨事になったあの時ばかりは親バカ公爵も真っ白に燃え尽きていた。笑った母の方が凄い。もっとも、父がベルケンドに行っている間に、邸中シャボン玉だらけにされた前科を目の当たりにして耐性が出来ていたからか、母だけでなくメイドや騎士のほとんども似たような反応だったが。




「別に腰はいいんだが、そろそろ一人できちんとした行動が出来ないと、こいつはもっと甘えん坊になってしまうだろう?それに動かないと肥える。見てるこっちがうんざりするぐらいの甘党なのに、これ以上肥える要素増やしてどうするんだ」
「あー…それに好き嫌いも激しいですしね、ルーク様は」



苦く笑いながら紅茶の用意を済ませた幼馴染みに、額に書かれた文字を隠す為に普段とは違って下ろした前髪を鬱陶しそうにしながら、アッシュは人の手をしっかりと握ったまま横になっている幼子を見下ろした。
別にそこまで寝入っている訳ではないらしいが、うつらうつらと眠たそうにしているその姿に、こちらのことは何一つ聞いていないんだな、と思えば呆れるしかない。
すぐにガイがお茶の用意をするから寝るなと言ったと言うにも関わらず、4歳児には少しばかり無理な話らしかった。
「こいつはこんなに眠ってばかりでいて大丈夫なのか?」と聞いたのはいつだったか忘れたが、「幼子は眠るのが仕事のようなものなのですよ」と乳母に教えてもらって、妙に感心したことは、アッシュの記憶にもきちんと残っている。
毎日がいろいろと発見ばかりだと、面白がっていたのは本当に最初の頃だけの話で、そのうち乳母や使用人が抱きかかえるより、自分自身が子どもを抱きかかえている時間が長いと気付いた時には、もう毎日が疲労の積み重ねでもあった。
ふにふにと柔らかい頬をつついて遊んでやる。
…実際は遊ぶと言うより、さっさとその手を離せとそんな訴えでもあったりするのだが、この程度で聞いてくれるものならば、アッシュの腰痛もここまで酷くはならないのだが。


「にんじんと、キノコと、あと魚とかも全般的にダメでしたよね。ルーク様は」
「ミルクもだな。赤ん坊の時には飲んでいただろうに、どうしていまになって、ダメになるんだ?」
「そうですね…赤ん坊の時はミルクしか飲みませんから、いろいろなものを食べるようになって、改めて飲んでみたらダメになった、かもしれませんね」
「そういうものなのか?ガイ」
「そういうものかも、しれませんと言う話ですよ」



笑って言った幼馴染みの言葉に、アッシュはいろいろと考えることもあったのだが、ちょっとしたお茶会だと用意された紅茶とケーキだとかクッキーの甘い香りが鼻を掠めたのか、半分寝ぼけたような幼子が、よりによって手を食べようとしたから慌ててその小さな手を力強くで振り解いた。
くわえるならまだしも、完全に噛み砕かんばかりに歯を立てられそうになったのは、流石に冗談ではない。
そうして怒鳴りつけようとして、しかしアッシュはふと、この幼子の顔が、今にも酷く泣き出しそうにしていることに気が付き、口を噤んだ。

寝起きが悪いだとかそう言ったこともあるが、時々この子どもは怯えたように、目を覚ます。

となると歯は立てようとしたのではなく、カタカタと震わせてしまうぐらいに、怖がっていることだろうか。
どうしてだかアッシュには全く分からないのだが、そのうち乳母にでも聞こうと思って、いつも忘れてしまう。
自分が抱きかかえると安心するのか、綻ぶように笑うのだ。
幼子と言うのは、本当に不思議なものである。

『弟』と言うのは、みんなこういうものなのだろうか。



「もう少しで準備が終わりますので、寝かし付けないで下さいね」



幼馴染みの言葉に頷きつつ、膝の上に乗せた子どもの頬をつつけば、くすぐったそうに弟は笑った。
寝かさないようこちらとしては割と必死だったりするから、気楽なもんだと思ったりするが、こうも楽しそうにされると、何も言えなくなってしまう。
こうして一緒に居るだけで、誰もが微笑ましく思うのか、きれいに笑うのだから、アッシュも嫌にはなれないのだ。


ひだまりの中。
幼い子どもの笑い声が、こだましている。



End
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以前使用していたブログよろ加筆修正してアップ。
ちみっこいルークとどっか抜けてるアッシュ兄ちゃん。
何話か書きたいです。むしろ原作にトリップして引っ掻き回す予定。

ガイはホド戦争の時に公爵に助けてもらいました。
インゴベルトには黙ってるのでガイラルディアとは名乗っていないけど、ホド戦争が預言のせいだと分かっているのでキムラスカよりも預言が嫌い。

ちゃっかりマリィベル生きてます。ペールギュントも連れてファブレ家で働いてます。
フェンデ家のアホさ加減に頭が痛かったり(苦笑)




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