ルークが何故自分自身をそんな風に思うのか、ずっと一緒に居たわけでもない、むしろ敵対していたシンクにはわかる筈のないことだったが、何をそんなに卑屈になってるんだ、とは言える筈がなかった。
ルークにはルークだけの事情があるように、シンクにはシンクだけの事情があるものの、「誰からも認められない」などシンクはそう口に出せるだけの心境にはなれない。
生まれた瞬間は不要だと棄てられはしたものの、ヴァンの元で六神将となり、そこから参謀総長にまで上り詰めたのはシンクの実力で、そう言った面から見たらシンクは確かに認められてはいるのだ。
己を慕う部下も確かにいた。
横の繋がりも縦の繋がりもあったが、誰からも認められていないのであれば、シンクは今の地位で居続けることなど出来なかっただろう。
そこまで考えて、何が空っぽだと自分で笑いたくもなってきた。

空っぽなのは、むしろ−−−




「ねえ、あんたさっきから誰からもって言ってるけど、その誰かって、具体的に誰?」


こうなって来るとレプリカだから認められないと言う認識から正してくれたあのマルクトの軍人に感謝しなくもなかったが、そんなことよりもとシンクは言葉がまだ届く内に、ルークに対してそう言った。
今までの気持ちは訂正しておこう。
どちらにしろこいつを説得しなければ自分はルティシアにボロクソに言われるだろうが、それを抜きにして、放っておけないと確かに思ってしまったのだから、もうどうしようもないんだ。


「具体的、に…?」
「そう、具体的に。まさか何も浮かんでないのに、その言葉が出てきたわけじゃないだろ?言ってみなよ。自分が、一体誰から認められないのか」
「………っ」
「まあ、いいさ。なら、それは浮かんでないから言えないのか、浮かんでるけど言いたくないのか、どっち?」


意地の悪い質問を投げかけている自覚はあったが、か細い声で「言いたくない」と零したその言葉にはうっかり笑い声を堪えることが出来なかった。
くすくす、笑って椅子から立ち上がる。
白い花畑が見渡せれるこの庭が、一体誰が誰の為に用意したのか想像するに難くなく、困惑したように見上げてくる朱色を振り返ることもせず、シンクは言った。


「オールドラントの人口、あんた知ってる?」
「は?」
「キムラスカで150万前後、マルクトは150万弱。これだけで結構な数だけど、あんたの言う誰かって、そんなに多いわけ?」
「それは…」
「違うよね。あんたを認めない人間も、全体から見ればほんの少数さ。そして、あんたが出会った人間も、数で見たらきっとエンゲーブの人口だって満たない」
「………っ」
「誰からもって言うには、ちょっとおかしいよね」


顔を合わせていないからその表情を見ることは叶わなかったが、それでも睨み付けているだろうと言うのは、簡単に想像出来ることだった。
そういう話じゃないだろう、と訴えて来ているのは事実で、その通りで、だからこそシンクは続く言葉を、まだ言える。
今ならまだ、届いてくれるから。


「こっちの世界とは違ってあっちの世界じゃレプリカが沢山居るから、認められないって理由にレプリカだからって言うのが当てはまるのも、案外真実だったりするんだよ」
「…え?」
「僕もあんたもレプリカだから、そう言った面からなら、あっちの世界じゃずっと認められないのかもしれない。でも世界って言ったって、僕もあんたも、全部を知ってるわけじゃないだろ?」


そしてそれも事実。
ヴァンの企てを阻止する為に世界を回っていたとは言え、訪れた場所の生活も何もかもを知ったわけではない。

上っ面だけ知って、誰からも認められないって嘆くにはまだ早いだろう?とシンクは言った。
そしてそれは逃避だと言う、自覚もあった。
その認めてくれない誰かに、ルークは認められたいと思っているからこそ、その葛藤だとは分かっていて、けれどあの連中にも、ルーク自身にも今はまだ、時間が必要だと思ったのだから。


「探してみようよ。僕と、あんたで一緒に。あんたがあんたのまま受け入れられる、認められる、そんな場所をさ」


そしてそれがあの不器用ながらもこいつを愛している、あの連中の場所だったら、それで良いんじゃないのかと思った。
少なくともマルクトの軍人や皇帝たちの場所は、きっと優しいものであってくれるだろう。
遠回りをしても、やがてあの連中の元で普通に認められ(まあそれも変な話だが)、あたたかな場所に戻れるだけの時間を、シンクは差し出しただけに過ぎなかった。

今は、ルークに生きると言う選択肢を選んでもらいたいから。
自分の心境の矛盾点など無視をしよう。
大爆発など胸糞悪い結末など、さっさと蹴っ飛ばしてしまえば、それでいい。



「……シンク、は…」
「? なに?」
「シンクは、おれがおれのままでも、認めてくれるのか?」


真っ直ぐ見据えて言うルークの言葉に、ああ、そう言えばそのことは一切触れていなかったな、とシンクは思って、少し考えた。
ルークを『ルーク』だと認めること。
アッシュの代わりなどではない、ルークはルーク自身であって良いと言うこと。
ああ、なんだか頭の中でこんがらがって来たんだけど、本当を言ったら、多分そんな難しい話じゃなかったろうに。



「認めるも何も、あんたはあんただろ?甘ちゃんで、変なところで意地っ張りで、余計なとこでアッシュとそっくりで。でも、だからってそれならアッシュと一緒に行くかって言うなら、僕は御免だね。あんただから、一緒に探したいと思う。それともなに?あんたの隣に、僕は不要?」


背を向けたまま告げた言葉に、いきなりぼすっとそのまま抱き付かれたからちょっとどころかかなり驚いたのだけど、震える体にも、微かに聞こえる嗚咽にも気付かなかったことにして、シンクはぼんやりと青い空を仰ぐことにした。
腰に回した細くて白い、子どもの腕に文句も何も言わず、好きなようにさせておく。

少女は泣いていた。
気が済むまで泣けばいいと、シンクはその涙を拭おうとはしなかった。



「…ありがと、シンク」


鈴を転がすような少女の愛らしい声に、シンクは何かしらの言葉を返す代わりに、腰に回しているその腕に手を重ねることで、答えておいた。



* * *



「さて、すっかりさっぱり忘れてたところであれだけど、ぶっちゃけローレライの宝珠とかルークが受け取ってるわけで肝心の解放出来ないんだけど何これ?やっぱり俺こっちでこの子産む感じ?異世界の実家で産めとかそういう無茶を通すのはどうかと思うんですけど、ダーリン的にはどんな感じ?」
「ハニーの立ち会い出産OKならお構い無しな感じ」
「棒読みで言うぐらいなら言うなよバーカ」


ぶーぶー、と口を尖らせて駄々をこねるように言うルティシアと、それを適当にあしらっている大人シンクを前に、着々とお茶会の準備をしているガイは苦く笑い、アッシュとジェイドは触らぬ神に祟り無しとばかりにスルースキルを発動していた。
すっかりお腹の大きくなったルティシアは、安定期に入ったからこそ暇だ暇だとしょっちゅう喚き、嬉しそうにその腹を撫でるイオンにもお構い無しに旦那に甘える。
それはつまり安定期になろうとあちらの世界へ行ったシンクとルークが帰って来ないと言うことで、アッシュなんかは目に見えてヘコんでいたりしていたのだが、お互いに時間が必要だと言われてからはただ待つと決めたようだった。


「にしても陛下もマニアックと言うか何と言うか…とりあえずBで成人までにDになって妊娠したらEになるように、だとか仕様もない計画立て過ぎだろ、あのおっさん」
「仕方ないんじゃない?デカメロンには良い思い出ないのはあっちじゃ共通認識だし」
「だからってかろうじて主張してるぐらいのが良いとかただの変態だろ?ゼーゼマンさんがひたすら嘆いてるけどお構い無しとか、一回ブウサギのソテーでも罰ゲームで食べさせたらいいのに」


呆れたように話すその内容は、性別を変えたルークの胸事情の話である。
見た目には相当こだわったのか、あちらの解放されたローレライ通信を介してピオニーが力説した時はこちらの世界のピオニーがジェイドに足蹴にされていたが、誰も庇おうとはしないと言うのが何とも言えない話だった。
その同時刻にキムラスカでは帰って来て下さいコールに夫人が夫の頭を踏みつけていたが、特に問題でもなかったので放置した。
一部を除いて、今日もオールドラントは平和です。


「ルークを説得するまでは流石だけど、まさかフリングス将軍に取られそうになってるとか格好付かないよなぁ、子どもシンク」


ぽつりと呟くように言ったルティシアの言葉が、グサッと突き刺さったのか若干大人シンクの顔色が悪いように見えなくもなかったが、ローレライ通信によると事ある毎にフリングスに邪魔をされているそうで、ルティシアとシンクのような関係になるには何十年掛かるやら、と言った状況らしかった。
こっちのフリングスはセシル少将と結婚して良かったね、としか言えそうにない。
あちらの世界のフリングスが、こちらの世界へ移ると言い出さない限りは、の話ではあるが。


「恋愛感情いまいち理解してないってのは良かったかもねー。とりあえず俺がこの子産むまではどっちも進展なさそうだし?それまでは髭放置でも大丈夫だろ。出産して、ルークが帰って来て、宝珠受け取って、ローレライ解放?あれ?髭倒さないとローレライ解放無理だっけ?あの馬鹿髭ん中に居たとかそんな感じ?」
「僕らの時も髭がローレライ取り込んで復活したから、障気が溢れたんじゃないか、ルティ。と言うか、いっそもう僕らの世界のローレライの鍵で髭ぶっ倒して解放する?」
「マジで?なら俺だって髭ボッコボコにしたい!お願い、シンク」
「それ以上世迷い言を言ったら襲うよ?ルティ」
「はっ!やってみろっつーの」
「恥掻くならあんただけになるけど。ひん剥くから」
「……俺が悪かった」


結構目がマジだったから即座にルティシアも謝ったのだが、残念だとばかりに溜め息を吐いた大人シンクに、この手の話題は暫くNGだなと学んでおいた。
ちょくちょく送られて来るローレライ通信を聞く限りは、どうやらこのままこっちで生まなければならないらしく、上手く行けば向こうも上手く行く感じだろう。

まだまだ子どもなのだ、あの2人は。
自分に素直になって、叶えたい願いを見つけて、その手に抱いて、帰って来ればそれでいい。
恐れるものは何もないだろう。
伝えたい言葉を沢山持っている優しい場所が、ここで待っているのだから。


「ハッピーエンドまでは遠い感じか?シンク」


お腹の子を慈しむように撫でて言ったルティシアに、シンクはその頬に口付けを一つ贈って、答えた。



「あんたが笑ってればそれで十分だよ、ルティ」




どこか遠くから少女の明るく響く、笑い声が確かに聞こえた。
白い花弁の舞う、セレニアの咲く丘に朱色の髪を靡かせて、少女もまた、花の綻ぶように笑っている。
その隣には、みどりいろが寄り添っていた。



優しい形が、そこには確かに、在ったのだ。



End
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アルカディアの逃避行、これにて完、です。
ルティシアの出産はちょっと書けそうにありませんでした(苦笑)
お付き合い下さり、ありがとうございました!


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