「詳しくは何にも知らなかったけどさ。やっぱり分かっちまうっつーか読めるっつーか…」
「有害電波がちょくちょく飛ばして来るからね。僕らの場合はこっち来る時に多少?映像付きで見れた感じだけど」
「あー…まあやっぱ元凶は全部あの電波のせいじゃん?一応手違いでやらかしたって言う自覚はあるらしくていろいろ教えて貰ったけど…なあ、イオン」


「俺に一体何を、重ねて見てたんだ?」


真っ直ぐに見据えて聞いたルティシアの言葉に、イオンは目を見張ったまま、結局何も言えずに俯くことしか、出来そうになかった。
それは指摘されたイオンだけの話ではなく、ジェイドやガイにも言える話で、何かまともな言葉も出なければ、言い訳すらも出来そうにない。

毛先に向かって金色に変わるそのグラデーションの掛かった朱色の髪だとか、ふてぶてしくも感じるような態度だとか、彼女はあんまりにも似過ぎていたのだ。
かつて、自分たちが手酷く突き放した、7つの子どもに。

二度と戻らない、彼の心に。



「……甘えたかったんです。多分。ルティと居ると、僕は、出会ったばかりの頃のルークと居るかと、そう思えて…」


不器用ながらも、確かに優しかった彼だった。
表す術を知らなかっただけで、誰よりも純粋で、優しくて、それなのに自分達は過程を見ずに結果だけを見て、馬鹿にして。
気付いた時には、彼はかつての『彼』を殺してしまったから、もうその心は元に戻らないのだと嘆くしか、なかった。
自分の行動が今更だとは、イオンだって自覚していたことだったけれど。

本当に、遅過ぎた。
何の疑問も抱けぬほど、彼は自分の命を一番下へと、位置付けてしまったのだから。


「自称だろうと何だろうとさ、仲間と呼べる存在と居た筈なのに、自分が生まれて来た理由が分からないなんてさ、結構寂しい話だよな」
「………」
「誰も自分を必要としない、認めない、存在を軽んじられている、そんなもんか?あんたらの行動は全部そうとしか映らなかったんだろうよ、7歳の子ども相手にえげつなー」
「………っ」
「こりゃシンクに賭けるしかないか?BETいくつ賭けるー?旦那様」
「わざとらしい言い方が腹立つけど、何だかんだで上手くやるにBET100賭けてもいいよ。あとケテルブルクに行きたいならはっきり言え」
「えー、だってポーカーかネフリーボールか迷ってるからまだなんとも…。つーかこっちの愚弟には期待出来そうにないし?奪われたって言い張って?屑がって暴言吐いて?存在否定と偽物呼ばわりか?あー…こいつにBET賭けんなら逆に払ってもらわんと割に合わぬぇー」
「ルティ、途中からあんたがやられたことまんま言ってるだけになってんだけど」


その会話の流れにはイオン達だけでなく、大人アッシュの心にもグサッと突き刺さるものがあったらしく、頗る顔色は悪かった。
容赦ない言葉に大人アッシュの目は既に死んでいたのだが、交わされる会話を聞いておいて且つ、事ここまで及んでいると言うのに、未だに納得いかないのか苦々しくアッシュが顔をしかめているのを気付いてしまえば、瞬時にパッと変わるのだから、何とも言えない話である。



「貴様、そのままでいるつもりなら、近い将来必ず後悔するぞ」


淡々と言った大人アッシュの言葉に、弾かれるようにアッシュは顔を上げたのだが、凄まじい笑顔で「自分のこと棚上げにして何言ってやがんだボケ」と小声で言ったルティシアの言葉も聞こえてしまって、黙り込むしかなかった。
その言葉にはスルースキルを発動させるしか無いが、これはあんまりにも、格好つかないだろう。
そんなことをアッシュは思ったのだ、が。



「俺は後悔した。姉上の息が止まって、握っていた手から力が抜けて、目も開けてくれないと分かってから今更、後悔した。何故、もっと『ルーク』自身を見ようとしなかったのか、と」


淡々と言えばきっと何も思わなかっただろうけど、けれど心底悔やんでいるように言うから、アッシュは目を逸らすことぐらいしか出来そうになかった。

それはお前らの関係がレプリカと被験者でなく、血の繋がった姉弟だったからだろう、と。

吐き捨てるように言いたかったと言うのに、アッシュのその言葉は震え、情けない声だった。
どこかで本当はもう、分かっているのかも、しれない。
多分既に、後悔と言うべきところへと差し掛かってしまっているのだ。

憎しみだけは、もう抱けない。



「こうなるともうシンク次第だね。お帰りって、あんた達が言えるかどうかってのはさ」


新しい命を宿した腹を撫でて、ルティシアがそう言った。
彼女と同じ性を持たなくては、片割れはこの世界で、息も出来やしないのだ。



* * *



目を覚ましたら白い花畑の上だった、と言うのも何だか微妙な話だったが、それよりも目を覚ましたらすぐ側の一式の椅子とテーブルにあの朱色を見付けて、思わず溜め息を吐きそうになった自分は悪くないと思った。
真ん丸い目玉を呆然と見開いて、紅茶が入ってるらしいカップを手に持ったままの姿勢で硬直するその姿は間抜けとしか思えないし、その隣にアスラン・フリングスだとか言うマルクトの軍人が居る事実に、何だか頭痛でもしてくるような気もしないことはない。
最後にこいつを見たのはいつだったか案外あやふやだったが、記憶の中にあるよくわからん腹出しの衣装のままだったので、本当に何もしないでいることはシンクにだって容易に知ることが出来た。
とりあえずいつまでも花畑に寝転んでいるわけにもいかないので、ゆっくりと立ち上がって真正面から見据えることにしてやる。
散った花弁が無惨と言うよりは幻想的に舞うのを、他人ごとのように視界の端に捉えていた。
別にこんなことで干渉に浸る趣味は無いのだが、あんまりな出来事の連続に、脳みそも飽和状態でしかないらしい。


「……シン、ク…?」


驚いたように目を瞬いて言ったルークの言葉に、シンクはもう何度目かの溜め息をぐっと堪えて、さてどうしたものかと内心、途方に暮れていたりもした。
こうして相対してみたは良いものの、ぶっちゃけずともシンクは別にルークに対して何かしら特別な感情を抱いていたわけでもないので、改めて考えてみずとも、特に話題があるわけでもない。
名前を呼んだ。
その声色に何でか安堵やら喜びやらも感じないこともなかったのだが、一体どういうこと何だかと疑問に思うばかりで、とりあえず何か話してくれないかな、と言葉を待って、知った。


「良かった…生きて、たんだ…」


呟くように言ったルークの言葉に、シンクもようやくああ、と気付いた。
すっかり忘れていたが、このルークと会うのは地核振動停止作戦だとか言うのを妨害した時が最後で、地核に落ちた敵が生きてることにそりゃあ驚きを隠せないのだろう。
それにしたってそのお人好しっぷりはどーよ、とうっかりツッコミ掛けたのだが、展開を見守っていたこちらの世界のアスラン・フリングスがどう判断したのかにこやかに笑んで席を外したから、苦々しく顔をしかめたくなるのをどうにか堪えて、立ち去ってくれたことには一応感謝することにした。
呆然としたままのルークの反対側の椅子に、シンクは腰を掛ける。
今までの関係からは考えられないことだったけれど、どうやらお互いに別世界の相手に絆されてしまったらしかった。

(あまり認めたくない話だが、こいつを殺したい気持ちなど僕にはもう残ってない。)
(まあ、元からあってないようなものだったけど。)

お茶会の名残か机の上にはお茶請けやら何やらがあったけど、どこぞの皇帝が書いたらしい性別を変えた後のルークのスタイルに関して事細かく記された書類は、全力でスルーして見なかったことにはしておいた。ツッコミ切れないってば。


「あんた、大爆発回避する為に性別変えなきゃいけないのに、する気ないんだって?」


何でここに来たのだとか、その他諸々の疑問を全部打った斬って聞いた質問に、ルークは一度きょとんと目を丸くしたが、すぐにふにゃんと困ったような笑みを見せた。
その姿になんだやっぱり本気なのか、とシンクは少しだけ訝しげに顔を顰めたのだが、しかし一体何があったのか、ルークは確かに、首を横に振ったのだから、これにはシンクもきょとんと目を丸くするしかなかった。


「……あんた、燃え滓に変な遠慮して、大爆発起こすつもりじゃなかったの?」
「それは…確かにそう思ってた時もあったけど、今はそうじゃないっつーか…シンクはそれ、誰かに聞いたのか?」
「そりゃあ聞かなきゃ分かんないし、今あっちの世界凄いことになってるからね。僕がこっち来たのもそのせいだし?こっちの燃え滓に聞いたんだよ。でもあんたの考えが変わったってなら、あの馬鹿の早とちりだったみたいだね」
「………」
「それで、今はどんな風に考えてるわけ?」


行儀が悪いことを承知の上で頬杖ついて聞いたシンクに、あんまりにもルークが下手くそな笑みを浮かべてまで何かに堪えているようだったから、つい不思議に思ったものの、とにかくまずはルークの続く言葉を待つことにした。
下手くそな笑みのまま、ルークは続ける。
歪んでるなー、とシンクは他人ごとのように思ったのだが、大体が似通った位置居る自分たちだ。
下手に指摘すればそれがいつ自分に突き刺さるものか分かったものではなかったので、それ以上はやめておいたのだ、が。


「……アスランさんと、話しててさ。俺、ずっと誰かから…アッシュやみんなから、認めてもらいたいって思ってたんだけど、知ったんだ」
「何を?」
「俺が、誰からも認めてもらえないわけ、かな」


下手くそに笑って言ったルークに、危うくシンクは愕然と目を見張ることぐらいしか出来なくなるところだったのだが、更に続く言葉に全部投げ捨ててとりあえずあの燃え滓をぶん殴ってやりたいと思った。


「レプリカだから、誰からも認められないんだって思ってた。レプリカだから、人間じゃないから、紛い物だから、偽物だからって。でも、アスランさんに聞かれたんだ。レプリカと人との違いは、何ですかって」


これは不味いと。
胃にヤバいような嫌な感じがしたのだけど、途中で口を挟むことはしなかった。

馬鹿じゃないの?
なんて軽口は叩けない。
成功作だとされたレプリカは僕なんかよりずっとマシだと思ってた。
けれど、違う。
一体何なんだ。
何がどうしてどうなったら、こんな悲しい生き物になるんだか。


「第七音素だけで出来てるとかそういう話じゃなくて、人と同じように歩いて、話して、食べて、息をして、生きてることのどこに違いがあるのかって言われたら、違いなんてないって俺だって分かった。なら、どうして俺は認められないんだろうって思ったら、答えは一つだろ?」


下手くそな笑みを浮かべてルークは言った。
燃え滓だけでなくあの場に居た連中を端から順にひっ叩いてやったら多少は気が済むだろうかと現実逃避しかけて、やめた。
ただ、ルティシアに文句は言ってやりたいと思う。

ハードル高いよ。
なんだこの難易度アンノウン。



「俺が俺である限り、誰からも認められる筈がないんだ」



そんな世界に、どうしたら帰れるものか。




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