真白の光と共に姿を消したシンクを見届けて、「さてと」と手を叩いてにこやかに告げた導師の言葉に、今度は一体誰の番かとジェイドは思ったが、すぐに「ああ、順番なんてありませんか」と死んだ魚のような目をしたまま、黙って立っていることぐらいしか、出来そうになかった。
満面の笑みを浮かべた導師がパタパタとルティシアの隣へと駆けて行く。
ルティシアを挟んで大人シンクも居るのだが、導師はお構い無しにルティシアの隣へ座り、その腹へ寄り添った。

ここに命がある、と。
導師は、イオンは嬉しそうに顔を綻ばせる。
まだまだ目立たぬ膨らみではあったが、宿す命を本当に嬉しく思ってくれるイオンに、ルティシアも微笑んでそっとイオンの頭を撫でた。
スプラッシュ喰らってずぶ濡れのままのアッシュや血の気が失せているジェイドとガイが居なきゃ、微笑ましい限りの話である。



「僕としてはやらなければならないことは済ませましたが、ルティはどうしますか?」


寄り添いながらとんでもないことを言い出したイオンの言葉に、いつの間にか並んで正座しているWアッシュはこれはこのまま土下座したところで殺されるんじゃなかろうか、とそう思った。
そしてきっとその予感は間違いではない。
詠唱破棄で譜術を発動させれるのは素晴らしい才能だと思うが、土下座した場合ちょうど頭があるだろう位置に氷の刃が突き刺さっているのは笑えないです、お姉様。


「私としてはあちらから来た我が弟に、詳しく話を聞きたいところだな」


容赦なく室内でアイシクルレインをぶっ放したルティシアに、「ああ、これは死んだ方がマシだな」と大人アッシュはそう思ったが、器用に氷の刃で壁に貼り付けられていたガイがあんまりにも哀れだったので現実逃避だけはしないでおいた。
きっと服は穴だらけになんだろうな、などとは…現象自体が摩訶不思議なので、突っ込んだらダメだとそこは全員、スルーすることにする。


「詳しく、とは一体何から言えば良いんだ?姉上」


凍り付いて微動だに出来ないアッシュとは違い、流石に多少は免疫があるのか大人アッシュがそう聞いた。
するとどこから取り出したのかルティシアは長い指揮棒で大人アッシュの顎を撫でるように沿わせ、その絶妙な匙加減に隣に居たアッシュの顔色が紙のように白くなっている。
どこの女王様だ、だとかは残念ながら欠片も思い浮かばなかった。
第五音素がその指揮棒の先に集まりつつあるのは、気のせいだったら心境的にとても楽になるのだが。


「それは勿論、私たちの世界に居るこちらの『ルーク』の話に決まっているだろう?全てを話しなさいな、私のルーク」


注意、私のルークとは言ってるものの心の中では全くそんなことは思ってません。
と言うか、自分のことを「私」と言ってる時点で、かなり腑が煮えくり返っているかと思われます。



「全て、と言われても…どこまで話したか…ああ、では最初から。とりあえずピオニー陛下からマルクトで挙げる結婚式用の花嫁衣装が出来上がったとの連絡が入ってな」
「バッカ止めろよアホ。こっちの母上が選んでるっつーのにどうすんだ」
「いや、姉上の花嫁衣装だ」


なーにやってんだーい陛下のバカヤローッ!!と、ジェイドが口にし掛けたかどうかはさておき。
正座+真顔で言った大人アッシュの言葉に、ルティシアがきょとんと目を丸くした後、まるでどうしたら良いのか分からなくなったみたいに視線をさ迷わせ、そうして両の手で顔を覆ったから、これにはイオン達の方がおや?と首を傾げた。
しかも集めていた第五音素をぶっ放すかと思えば散らせてしまったから、それは余計に。


「結婚式挙げてないんですか?ルティ」


思ったことを素直に聞いたイオンに、答えを返したのは大人シンクの方だった。


「式どころか籍すら入れてないからね、僕らは」
「ええ?!そんなまさかこれからできちゃった婚だったりするんですか?!」


何だか微妙に言葉が変な気もしないことはないが、そこはスルーして答えた大人シンクに、苦々しく顔をしかめたのは大人アッシュもで。


「できちゃった婚だったらまだ良かったんだけどね…言っただろ?こいつ、一人で勝手に障気中和行ったって」
「え、ええ…はい」
「条件はこっちと変わらない。障気中和を行えば施行者は死ぬ。誰にも言わずにどっかの馬鹿な王様に一つ返事で頷いちゃってさ…何も自覚ないまんま」
「……まさか」
「自分が身ごもってるって知らないまま、勝手に障気中和行ったから、できちゃった婚どころか本当に誰も何も知らなかったんだよ」


呆れたように溜め息を吐いて言った大人シンクの言葉に、これにはイオンも含め先程とは違う意味合いで居合わせた面々の顔から血の気が一気に引いた。
呆然としているイオンに、俯いたままのルティシアは流石に何も言えやしない。
むしろ視線を泳がせて誰とも目を合わせようとしなかった。
げんなりと溜め息を吐いたのは、大人アッシュの方だ。


「あの時は空が晴れたことなど全く嬉しくも何ともなかったからな…自分がレプリカでなく被験者だと言うことも何も言わないまま障気中和行いやがって…レムの塔の最上階で横たわってる姿を見つけた時はこう、キムラスカなど跡形もなく消し去りたくなった」
「あれは酷かったもんね…悪いけど僕でもこの話はアッシュに味方するよ。ダアトに戻ったら勝手に決めたキムラスカ側にピオニー陛下が抗議してて、今すぐレムの塔に行けって言われて行ったら着く前に障気中和終わっちゃうし。方法が見つからなかったら僕も一緒に逝くって言ってあったのに一人で行ったことにも馬鹿なキムラスカのやり方にも軽く殺意湧いたね。ローレライが現れなきゃ、世界はマルクトしか残んなかったんじゃない?」
「少なくともダアトとユリアシティは焼け野原でキムラスカは大陸ごと消しただろうな。あの電波もついでに消してやったかもしれんが…姉上の腹に子どもが宿っていると教えたのはローレライだからな。感謝しないこともない。可能ならば一発はぶん殴ってやりたいが」
「ああ、あれはかなり腹が立ったからね…ルティを生き返らせたいか?って声が聞こえた時は何様のつもりだボケと思った」
「7日以内に髭を倒して我を解放してくれ、だったからな。他の音素意識集合体の力を借りて一旦音譜帯に姉上を引き取って、解放後に蘇らせ地上に戻すって言ったはいいがまさかの戻す先間違えるとか死ねと怒鳴り散らしたくなった」
「髭倒すのはそこまで苦じゃなかったけどまさかの今世界に在る全ての第七音素をルティに注ぐから回復術一切ないとかね…グミオンリーはあの電波を地核に送り返したくなったよ。喜んで花嫁衣装用意し始めたピオニー陛下には八つ当たりで一発ぶん殴ったけど、全部終わってキムラスカ滅ぼしに行ったら玉座に公爵夫人が座ってるとは思てなかった」
「結局俺も未だに聞けていないからな…伯父上はどうされましたか、なんて」


ははははは、と乾いた笑い声を室内に響かせた2人に、これには分が悪いとルティシアも大人しく黙っておくことにした。
話が盛大にズレている、とツッコミたいけれど出来ない。
誰のせいかと言われれば、全く何も言わなかったルティシアの自業自得なのだから。
真っ青な顔をしたこちらのアッシュでもからかって気を紛らわせたいが、正座をしていた筈の弟が旦那と並んで額に青筋浮かべている辺り、全面的にルティシアが悪い。



「戻って来た姉上とシンクが式を挙げる予定が全部狂ったからな…俺が姉上達の家…と言ってもまだ姉上は行ったことのない場所だが、とにかく髭を倒した後にピオニー陛下から貰った新居になんでか別世界の姉上が来ている、と陛下から手紙を貰ってな。どこまで人を振り回すつもりだ有害電波めとローレライの鍵叩き付けたくなった」
「あんたはまだ良いじゃないかアッシュ。僕なんて前々から電波受け取ってた挙げ句の嫌がらせだからね。ちょっと本気でイオンに殺されるかと思ったよ。と言うか大体にして僕の立つ瀬がないから。本人の自覚なかったこともあるけど、なんで電波から知らされなくちゃいけないのさって思ったし、新居も何もかも全部決めたのマルクト皇帝と公爵夫人とか何なの僕?」
「俺の旦那様」
「黙れアホ嫁」
「…流石に酷くないか?」
「「あんた(お前)の方が酷い」」


Wで言われたその言葉には、流石にルティシアもちょっと思うところがあったが、結局イオンの髪を撫でたりして惚けることにした。
以前に増してスキンシップ過剰な大人シンクに思うところは多々あれど、まさかお腹の子だけはどうにか助けてくれと障気中和前にローレライと掛け合ってましたなど口が裂けても言える筈もなく、いろいろと飲み込んだ上で、とりあえずイオンへバトンタッチ。


「それで、ルティ達の新居に現れたと言うルークはどうしてるんですか?」


首を傾げて聞いたイオンの言葉に、ジェイド達が一瞬顔を強張らせたのだけれど、返って来た答えにどうしようもなく固まるしかなかった。


「フリングス将軍が面倒を見ているとピオニー陛下の手紙には書いてあったし、事実俺が行った時は2人で茶会をしていたな。表面上をどうにか取り繕って、だが」


苦々しく言った大人アッシュの言葉に、どういうことだ?とはイオン達には言えなかった。
目を見張って、動けない。
一番直視しなければならないことから、目を背け続けて来た報いかとも、思った。
自覚があるのは、この場に居合わせた、4人だけ。
彼の心を、粉々に砕いた自覚を今更持った、4人だけ。



「実際に俺はそんなに話していないから直接聞いてはいないが、世話をしていたフリングス将軍が聞き出した。ずっと、探している答えがあるんだと。ある意味最悪な疑問を、お前らはどうやって7歳の子どもに抱かせたんだ?」



泣くことを知らない子どもが、下手くそな笑みを浮かべて言った。


『俺はどうして、何の為に、生まれて来たのかなぁって』


認められないんです。
許されないんです。

愛されたいと願うわけではないけれど、この力ももう必要なくて。
役目はもう終わったんです。
用済みなんです。


なのに、何故?



『なんで俺は、まだ生きてるのかなぁって』



それは7つの子が抱いていい疑問では、なかったろうに。





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