導師の言葉通りに一向は宿屋の一室を借り、はっと我に返ったシンクが逃げようとしたのを無理矢理引き摺ってルティシアの目の前に立たせたのだが、まあ大人シンクと比べてしまえばがっつり厭な雰囲気が流れて、とりあえずジェイドが現実逃避から帰って来なくなったが、流石に誰も何も言いやしなかった。
ニコニコ笑んだ導師、超怖い。
ルティシアをソファに座らせ、その向かい側にシンクを立たせ、隣にアッシュを正座させた辺りからも容赦ない感じがありありと伝わったのだが、大人アッシュを足蹴にしたルティシアを前にすると、不思議とそこまで厳しくないのでは…と思えてしまう辺りが毒されている気がしてならなかった。ずぶ濡れのまま着替えさせないなんて嫌がらせ以外の何ものでもないのだが、そこまで考えるとジェイドは本当に立ち直れない気がするので、グランコクマに思いを馳せたままにする。
その方が後が怖いと分かっていても、だが。


「落ち着きましたか?シンク。僕らの話、信じてくれると嬉しいんですが」


立ち尽くしたままのシンクの両頬に手を添えて、穏やかに笑んでそう言った導師の背後に、鬼が見えた気が大人シンクとWアッシュはしたが、まさか口を挟める筈がなかった。
「鬼じゃなくて般若だろう、あれは」と。
小さく呟いたルティシアの声を大人シンクだけが聞いたが、居合わせた全員に聞こえるように言わなかったこと自体が珍しいことであり、「ああ、流石にルティも無理だったのか」と納得するしかない。同意をしたら後が怖いです。


「……別に、信じたからって、一体何になんのさ」


ぽつりと呟いたシンクの言葉に、ジェイドとアッシュは益々血の気が引いたが、この後に自分達の番があるかもしれないと失神だけはしたくとも出来なかった。
グランコクマじゃなくてケテルブルグでも良いから私は帰りたいですね。
俺はこの場じゃなかったらどこでもいい。


「シンク…?」
「ここまでのことされちゃ別に僕だって信じるよ。と言うか信じるしかないじゃないか。でも、だから何だって言うわけ?異世界の僕がそっちのルークと結婚して子どもが出来てようが、僕には関係ない話だね!!」
「シンク!」
「うるさい導師!いや、7番目!あんたに一体何が分かるって言うのさ!必要とされたあんたに!肉の塊として生み出され、生きたままザレッホに放り込まれた僕の何が分かるって言うんだ!」
「それは…確かに、僕は導師イオンの成功作として必要とされたから…あなたの気持ちを分かりきることは出来ません。ですが…ですが、僕は!僕はあなたを殺したくないんです!!」
「−−−は?」


まさかそういう切り返しが来るとは思っていなかっただけに、思わずぽかんと口を開けてシンクは固まってしまったのだが、凄まじい勢いでジェイドとアッシュの顔から血の気は失せ、ルティシアも苦々しく顔をしかめるしかなかった。
シンクの頬に手を添えていた導師は、辛そうに顔を歪めて、その細い手をシンクの両肩に乗せる。
お互いに小柄とは言え、シンクがイオンを殺すのは可能そうだが、イオンがシンクを殺すのはパッと見不可能そうに見えるのだが、そこで思考が止まった人間はこの先立ち入り禁止にした方がいいのかもしれなかった。


「今回ヴァンの起こした騒動に荷担していた者は全てローレライ教団より破門し、その身はそれぞれ相応しい場にて裁いてもダアトは一切関与しないことを、僕と大詠師トリトハイムと主席総長カンタビレの3人で決定し、グランコクマとバチカルには既に通達済みなんです」


おい、いつの間にそんなに人事が変わってんだ、とかは思ったところでシンクは聞けそうにはない。
むしろ余計な口を挟める気もしなかった。
嫌だこの導師超怖い。


「幼獣のアリエッタは彼女の生まれ育ちを考慮し、その身一生ローレライ教団の為に捧ぐと言うことで処刑は無くなり、大詠師モースは処刑。死神ディストはマルクトに引き渡し一生牢からは出られなくなり黒獅子ラルゴはマルクトで処刑予定です。キムラスカの王族に不敬を働いたティア・グランツは障気中和の際にその身を捧げ、連座でテオドーロはユリアシティにて幽閉です。ダアトの膿を全て出し切っている今、僕は…っ、僕はこのままでは、僕の兄弟をマルクトに差し出さなければならないのです!!」


なんたる悲劇…!と鷲掴んだ肩に力を込めて言う導師の言葉に、シンクは一瞬の内に自分の顔から血の気が引いたことに気付いた。
居合わせたアリエッタが導師守護役の衣服を纏っているのはそーかそういうことか、とシンクは現実逃避しかかった脳みそでそう思うけれど、それ以上はどうにも思考回路は働きそうにない。ここでならやれるもんならやってみなよ、と言ったら何だか死んだ方がマシな目に会うような気が漠然とだが確かにしていた。
新発見。
導師、あんた以外と握力ア・ル・ン・デ・ス・ネ。


「でもイオン、マルクトに引き渡さなくちゃいけないぐらいやらかしたシンクを、どうやって引き止めるつもりなんだ?」


胎教によろしくない話題だと思いつつも、疑問をそのままぶつけたルティシアに、導師は満面の笑みであっさりと答えた。


「マルクトは僕らに借りがあるんですよ。王族への不敬や戦闘の参加への強要、誘拐紛いのことやいろいろとマルクトもやらかしていますので、それらの指摘を全てこちらが飲む代わりに、シンクの罪を帳消しにすることぐらいなどきっとお釣りが出るくらいですね。何せ2人分ですし。それに身内贔屓満載のマルクトですよ?僕がシンクを贔屓したって、問題はないと思いますが」


グサーッ!と、いろいろと突き刺さった某軍人と使用人は今程いっそ殺してくれよと願いたくなった時はなかったが、流石に口に出したら本当に見逃してはもらえなくなると思ったので、大人しく黙っておくことにした。自分の犯した罪を自覚していたから、まだマシだったのかも、しれない。
おそらく認めもしなかった、貶すばかりの人間が障気中和に駆り出されたのは、明らかだったのだから。


「シンクはこれから心を改めて、ルークと共にヴァンを討伐することで英雄と言う肩書きを背負ってもらいます。これで公的にも罪を帳消しにし、且つ僕もアクゼリュスの罪を背負う為、シンクの退団を認めた後に導師を辞めます。そして全員でグランコクマに移住しましょう!大丈夫です!2人の新婚生活は邪魔しませんから!」


満面の笑みを浮かべてそう言い切った導師に、シンクはもう愕然とするしかなかった。
そんなことを言われても不可能だ、としか言えない。
ヴァンを討伐するまではまだしも、シンクは別にルークのことを何かしら思っている、などとは一切無いのだから。


「ちょっと待ちなよ!僕は別にレプリカルークのことなんか何も…っ!」
「今は思ってなくてもこれからどうなるかは分からないんじゃないの?僕はルティと一緒に居たいと思うし、世界は違っても僕は僕なら、『ルーク』と居ることで何か分かることもあるかもしれないしさ」


あっさりとそう言った大人シンクに、何を余計なことを…!とシンクは思ったが、世界さえ違えば『ルーク』相手に結婚したのも、『シンク』なのだ。
有り得ない話ではないと…混乱する頭だからこそ思ったかもしれないが、その一瞬の迷いを見逃す程、導師が甘いわけがなかったのだ、が。


「ならば早い内に一回会って話した方が良いのかもしれないな。このままだと向こうのフリングス将軍とくっ付くぞ」


いつの間にやら着替えた大人アッシュの言葉に、導師が凄まじく顔を引き攣らせたように見えたのだが、胃に穴が空きそうになっている面々はどうにかスルースキルを発動させ、全力で見なかったことにした。
ああ、何てことをしてくれたんだフリングス将軍。
セシル少将との結婚式が妨害されても、マルクト的には庇えそうにないです。



「よし、ローレライ!こちらは準備万端です!」
「は?!」
「行ってらっしゃい、シンク」
「え?あ?は?ちょっと待−−−っ!!」



問答無用とばかりに光に包まれたシンクをいい笑顔で見送る導師の姿とは別に、部屋の隅で啜り泣く某音素意識集合体の姿があったらしいが、誰も何も言いはしなかった。
ご愁傷様です。





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