ルティシアの生きてきた『今までの話』を1から話すにはこれまで以上に影響を与えかねないので聞くことは叶わなかったが(とりあえずキムラスカへ行ったら公爵が玉座に居り夫人宛ての手紙を何百通と渡された)(しかも土下座します予告)、『これからの話』を一応聞き、ありとあらゆる可能性から「それならひとまずシンクを捕まえすか!」と笑顔で言った導師の言葉を聞いてしまったのが、何だかもう仕様もない話だった。
預言と言う名のアリエッタがかっさらって来た髭からシンクへの仕事内容の書かれた書類を元に、導師が頗る楽しそうに嬉しそうにオアシスへ向かうその後ろを、死んだ魚のような目をしたアッシュとジェイドが続き、ルティシアをお姫様抱っこした大人シンクが続く。
あんまり無茶をさせたくないんですが…と言った導師に、有害電波の保証があるから大丈夫だと笑顔で言ったルティシアは何だかんだ言っても旦那が側に居ることが嬉しいらしく、こちらへ来たばかりの凶悪さを潜めた彼女は、端から見ても可愛らしいものがあった。
訂正。
事情を知らない、赤の他人から見たら、の話でした。



「シーーーーンクッ!!!!」


ドカァン!と。
そこまでの音は立たなかったものの、全身全霊を掛けて突っ込んだ導師の突進に、凄まじい勢いで砂埃は舞うわ妙な悲鳴は上がるわで全く笑えない状況に一転したのだが、例の如くツッコミを入れれるような猛者は居合わせてはいなかった。
水を渡し汗を拭くよう大人シンクにタオルや日傘等間に誰かを挟むものの、甲斐甲斐しくルティシアの世話をしているガイですらもこれには手を止めたが、気にしたら死ぬとどうにかスルースキルを発動させる。
地面に突っ伏したシンクの胸ぐらを掴み上げて起こした導師の姿に、ああ、これはあっちのイオンより力加減分かってないだけ質が悪いな、と大人シンクは思ったが、何も言わずにアリエッタのライガにルティシアを乗せ、とりあえず近寄ることにした。
胸元で十字を切ったジェイドの行動は間違っちゃいないが、バレたら殺されるので気を付けるように。


「−−−っなにすんのさ離せ7番目!!!!」
「ああ、ようやく会えましたね、シンク。随分と探したんですよ、僕の兄弟」
「人の話を聞けよ!!て言うかあんた体弱かったんじゃないの?!胸ぐら掴むな離せバカ!」
「バカと言うあなたの方がおバカさんですよ、シンク。せっかく僕があなたに会わせたい人が居るからと探してあげたと言うのに…一体何がそんなに気に喰わないんですか?!」
「無茶苦茶なこと言ってる自覚を持てよ頼むから!あんたに巻き込まれるのは御免だね!」
「はい、では異世界の大人シンクくんとご対面でーす」
「だから人の話を聞けって−−−は?」


嘘まさかそんな乗りで紹介すんの?!と言うのはジェイドとアッシュだけの心境ではなかったのだが、あっさりと胸ぐらを掴んでいた手を離したイオンが大人シンクの前にシンクを押し出したから、これにはルティシアも苦く笑うしかなかった。
改めて2人を比べることが出来たからこそ、分かる。
シンクはあんまりにもまだ、幼かった。
呆然としている異世界の自分に、大人シンクも苦々しく顔をしかめるしか、ない。


「初めまして、と言った方がいいのかな?僕はシンク。別世界のあんたさ」
「−−−は?」
「あんた、ルティシア達の言うこと全く信じなかったんだって?疑い深いのも分からないこともないけど、もうちょっと現実見なよ」
「え、は、あ?」
「僕はルティシアの旦那だ。ルティのお腹に居るのは僕との子ども。僕とルティは、愛し合っているからね」
「−−−っ!!?」


言いながらライガの背に乗るルティシアにキスをした大人シンクに、全く付いて行けていないシンクが目を剥いて凍り付いたのだけど、大人シンクが面白がってやったことには気付くことが出来なかった。
何を恥ずかしい真似してんだバカ、と小声でルティシアは言うも拒絶はせず、しかしさり気なく腕を摘んでいるのは流石に人目が気になったのだろう。
思わず現実逃避したくなるような展開に、いっそのこと誰か息の根を止めてくれ…とアッシュは死んだ魚のような目で青空を仰いでいたことが、背後に迫り来るものに気付くのが遅れた、原因かもしれなかった。


「−−−こっの屑がぁああああッ!!!!」


聞き覚えのあり過ぎる、と言うのか今さっきまでそこに立っていた人と同じ声が聞こえませんでしたか?と言うジェイドの疑問はしかし口にはせず、軽くフィールドにまでぶっ飛んで行ったアッシュを見送ったところで、これまた嫌な汗が全身の至るところから噴き出したような気がジェイドはしたが、とりあえず黙祷を捧げておくことにした。すかさず連れ戻したアリエッタのお友達の意図は分からないが、怒鳴り声と共に現れた人物にアッシュを差し出した辺り、ただの嫌がらせなのかもしれない。


「あれ?あんたもこっちに来たわけ?仕事とか良いの?アッシュ」


あっさりと言い放った大人シンクの言葉に、放心しきったシンクは更に頭を抱え、ジェイドは遠きグランコクマの地を思い浮かべて現実逃避に集中することにした。
ああ、なんと書いていいのやら今回の一件の報告書は…誰か私をチェンジして下さい。フリングス将軍と喜んで入れ替わります。


「あ?仕事は勿論全部終わらせてあるに決まってんだろ、シンク。むしろ終わったからこそお前ん家行ったんだ。その辺は抜かりない」
「まあ仕事放り出して来たらシュザンヌ様に笑顔で切り捨てられるだろうしね。でもわざわざ何しに来たわけ?てかなんで僕らの家に行ったのさ?」
「異世界の姉上が来たと喜色満面のピオニー陛下がわざわざ教えに来たからだ」


何してくれとんじゃ陛下ー!!と、ジェイドがのたうち回ったかどうかはさておき、告げたその言葉には硬直しているシンクもアッシュもどう反応していいのかますます分からなくなった。アッシュに至ってはど突かれてマウントポジション取られ、後は拳を振り下ろすだけですよ、な体勢だったりもするのだから、ちょっと本気でトドメでも刺してくれと泣きたくもなってくる。


「屋敷へ向かったら何でかフリングス将軍が異世界の姉上と紅茶飲んでパイを食べてるわシンクは居ないわで呆然としたんだがな、たまたま話を聞いてしまったらちょっと異世界の俺の頭のおかしさが許せず、わざわざ殴りに来た次第だ」


あんたも十分頭おかしいだろうよ、と大人シンクは思ったが、口にしたら面倒な気がして言わないことにする。


「大爆発の話は俺も理解している。回避する為にこちらのルークは性別を変えなくてはいけないことも全部な。だがな、あいつはまだそれを受け入れていないんだ」
「受け入れてない?」
「躊躇ってる、と言ってもいい。あいつはな、言ったんだよ。被験者に全部返さなくちゃいけないのに、助かっていいのか、と。大爆発を回避するんじゃなく、大爆発が起こっても自分の記憶が流れないようにしてもらえないのかなぁってな、7歳の子どもがそう言ったんだぞ?自分の命を迷うことなく最低ラインに置くことが普通だと、思い込むような真似をてめぇは何をしやがったんだ!!」


怒鳴りつけるなりアッシュの顔をぶん殴った大人アッシュに、ルティシアはげんなりと溜め息を吐いたあと、一切の躊躇なく「スプラッシュ」とたったそれだけの言葉を放って2人まとめてずぶ濡れにさせた。
大人アッシュの言葉にジェイドがズレてもいない眼鏡をいじりガイが辛そうに顔をしかめたのが見えたが、それよりも一瞬だけ笑顔が消え、血が滲まんばかりに拳を握り締めた導師の方が、こりゃ不味いなと大人シンクは思った。
かなり、怒っている。
そしてその怒りを隠して、瞬時に笑顔に切り替えた姿が、結構どころかがっつり怖いです。
世界は違えど、やはりあの導師と言うべきか。




「とりあえず宿屋に向かいましょうか?このまま立ち話をしても疲れるだけでしょう?」



笑顔で言った導師の言葉に反対意見がある筈もなく、どこか呆然としている者も居たが、それでも全員が全員宿屋へ迎えたのは、その後に続く言葉を聞いてしまったせいかもしれなかった。



「……場合によっては、全員居なくなったパターンになりそうですね」



ぽつりと呟いた導師の言葉に、一番血の気が引いたのは外郭大地降下に携わった面子だと言うことは、言うまでもなかった。





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