ローレライの力で世界を渡って来たと言う大人(?)シンクも交えて障気中和の話を再開したのだが、初っ端にルティシアとの馴れ初めから聞かされることになり、大部分はカットして要約した。
曰わく、2人が居た世界ではレプリカのほとんどが第七音素意識集合体の元に還っており、ホドレプリカも規模は小さく、生体レプリカはイオンとシンクしか存在してないのだと。
ヴァンは何がしたかったんですかねぇ、と思わず漏れたジェイドの呟きに、「「ホドの復讐がしたかっただけ」」とWで返された時には何とも言えない空気となったが、突っ込む勇気は流石になく、記憶の中から抹消することにして。
そこからまあ話はルティシアが自身を被験者と言わなかったこととどこぞの愚王がお構い無しにルティシアをレプリカと扱った上で障気中和を行わせた、だとか一部の人間の心をかなりの勢いでグッサリと抉りながら最終的にこの世界の障気中和はどうするか、となった時にルティシアを膝の上に乗せて抱きかかえ、ライガに座っていた大人シンクがさらっと言った。


「フェレス島のレプリカで障気中和やれば良い話だろ?超振動は擬似超振動起こせばそれで済むし、足りなかったらエルドランドとか言うホドのレプリカでやる。それだけの話じゃない」


あっさりと言われたその言葉に、こればかりはあのジェイドすらもぽかんと大口開けてああ、なるほど!とこれ以上無い程納得してしまった。
「ああ、そう言えばこっちのホドのレプリカは、それだけの大きさあるもんなぁ」と呟いたルティシアそっちのけで、大人シンクの言葉に目から鱗状態の人間が大半である。
そう言えばそうじゃないか!と今更気付いたジェイドは何だか穴があったら入って埋めてもらいたい心境でもあったのだが、そこはかろうじてグランコクマに思いを馳せることで止まった。痛いぐらいのアッシュの視線は無視。
お前レプリカ達を消したかっただけじゃねぇだろうな?と言う含みがあろうと、本当に気付いていなかったのだからどんな視線も向けれる筈がなかった。


「ではフェレス島のレプリカを使って、罪人ティア・グランツに擬似超振動を起こさせ障気中和を行いましょう!」


ならその擬似超振動をレプリカルークに起こさs、なんて頭の中で言おうとしていた言葉を浮かべていたキムラスカ王の心情など一切無視して、いつの間に戻って来たのか素晴らしい笑顔で言った導師の言葉に、流石にこれには場の雰囲気が一瞬で凍った。
あ、あの…一緒に旅してた筈ですよね?その、ティア・グランツさんと、などと誰も言えない。そんな猛者と言うのか、命知らずな勇者は居合わせちゃ居ない。
凍り付いたジェイドとアッシュの心境など気にも止めず、キムラスカ王とユリアシティ代表が頗る悪い顔色をしていたその隣で、お構い無しで言った導師の言葉に、マルクト皇帝が真剣な表情に切り換えて頷いていた。
ご愁傷様です、お二方。



「罪人って、こっちのティアも何かやらかしてたわけか?」


も、と付いた時点でユリアシティ代表は胃に穴でも空くんじゃなかろうかと言う程追い詰められたのだが、容赦なく導師イオンは笑顔で答えた。


「公爵家襲撃に王位継承者である『ルーク・フォン・ファブレ』に対する不敬罪、それに実兄であるヴァン・グランツの犯罪に関して連座でユリアの血を遺させて処刑するつもりだったんですが、この際障気中和の為に遺伝情報抜いて処刑でも構わないと思いまして」
「ああ、なんだあの聖女サマこっちでも犯罪のオンパレードなんだ。苦労するね、イオン」
「いえいえ、これぐらい平気ですよ、シンク。ダアトの膿を今出し切っている最中なので、まだこれからです」


にっこり笑顔で言った導師の言葉に、マルクト皇帝は「これは気を引き締めんと不味いな」と思い、キムラスカ王とユリアシティ代表は自分の行く末が見えて死んだ魚のような目になるしかなかった。
ユリアシティ代表が反論しなかったのは既にがっつり食らうべきものを食らっており、孫の現状を突き付けられているからである。
導師イオン、老人相手だろうと何だろうと容赦ない。
気付いていないだけで同時進行でキムラスカはクリムゾンが王となることが決定していたり(そして夫人に土下座しに行こうと誓ってもいた)、ナタリアが心を入れ替えて王女となる勉強を改めてしていたり(今のままでは2人の隣に立つ資格がないと気付き、民の為にも自分を変えると決意した)(と同時に、ごめんなさい父上したことに気付いてないです)、恥曝しな罪人を2名も出したユリアシティの常識がかなり疑われて山程抗議文が送られていたりするのだが、とりあえずティアが連座制で裁かれるならテオドーロも他人事ではなかった。
インゴベルトの玉座はもうないです。
ああ、儂らってどうなるんだろうね。



「では、明日の正午にフェレス島で障気中和を実行と言うことで。譜業の操作はジェイド、貴方にお願いしますね。操作後すぐにアリエッタのお友達と一緒に脱出して下さい。以上で!」



翌日、きっかりと合図として正午の鐘が鳴り響いた直後、快晴とまで行かずともそこそこ晴れた空に民衆は大いに喜んだが、「中途半端な結果出しやがって本当に役立たずですね有害電波とセットで」と導師が呟いたのを一体誰が聞いたのか、次の瞬間一気に空が晴れ渡り、ダアトの教会に居合わせた面々は凍り付くしかなかった。
蚊の鳴くような声で「もうここの導師もやだ…」と呟いた電波をルティシアとアッシュが受信したが、「ではこちらのシンクを捕まえましょう!」と言う導師の言葉で掻き消されて、某意識集合体が泣き寝入りしたことは、一部の人間も知らない話である。




* * *



ちなみに、本来ルティシアが居る筈の世界に居るルークだが、普通に男の子のままフリングスとお茶会をしており、女の子になったとか別にそんなことはなかった。



「流石エンゲーブ産のりんごで作ったパイです。程良い甘味でとても美味しいですね。ああ、ルークさん。紅茶ももう一杯どうですか?」
「は、はい…頂きます…」


穏やかな笑みを浮かべたまま場を仕切るフリングスに、結局何一つ言い返すことも問い質すことも出来ないまま、ルークは流されるまま流されて、お茶会にずるずると参加する羽目となっていた。
世界を渡ってからかれこれ毎日の習慣のようになりつつあるが、今のところ拒否する気にもなれないのは根底に潜む思考も関わってくるのだけれど、それを口にするような真似は、出来ない。
事情は全て聞いていた。
だからこそグランコクマのフリングスの家ではなくシンクと『ルティシア』と言う人の家から出ないようにしているのだけど、どうしたらいいのか分からないと言うのが、本音だったりもする。
軟禁生活のようになってしまうから、申し訳ないとフリングスやピオニー達はそう言った。
けれどルークは、慣れてますから、とそう答えてしまった。
そこから、おかしくなった。
フリングス達が教える事実が、痛みを伴ってルークを余計に、不安定にさせる。

哀しいことだと言われた。
知識も与えられず、屋敷に閉じ込められる日々は、おかしいのだと。
レプリカだから、本物そっくりの偽物だったから仕方ないんですと答えたら、シンクは怒って出て行ってしまったけど、ピオニー陛下には抱きしめられていた。

そして言われた言葉は、記憶していない。
受け止めたら最後、浮かぶ思いはきっと、みんなに見限られる、それだ。



「やっぱり、なかなか決心出来ませんよね」
「…え?」
「陛下は好き勝手言ってますが、生まれもった性別を変えると言うことはそうしかないと突き付けられても、踏ん切りつかないと私は思いますから」


穏やかに笑んだまま言うフリングスの言葉に、ルークは何度か頭の中で反復してから、ようやくああ、と気付いて…けれど何と答えていいか分からなくて、俯きがちに紅茶を飲むぐらいしか、出来なかった。
昨日までのあのピオニーの張り切り様にはルークだけでなくフリングスもがっつり引いており、今はここに居ないシンクなんかは眼中にもいれなかったけれど、ああして雰囲気を暗いままにしないでくれるピオニーの存在は、ルークにとっては救いに近い。
正直に言ってこちらの世界での自分…『ルティシア』とシンクが結婚しているだとかは、ルークにとっては関係のないことだとあっさりと割り切ってしまえたのだが、そこからが、ダメだった。


「俺は…別に、女性になるとかは、そんなに抵抗とか、嫌悪感だとか、今はまだ分からなくて、そこまで思ったりしてないんです」
「そうなんですか?てっきり、今日まで男で明日からいきなり女になれと言うのが嫌だとばかり思っていましたが…」
「それは…多少は、違和感ありますけど、大爆発を回避する為には仕方ないんだって思ったら、避けられないことですし。それは、いいんです。…ただ」
「ただ?」
「大爆発を、回避して本当にいいのかなって…そう思ったら、踏ん切りがどうしても、つかなくて…」


ぽつりぽつりと呟くように溢すルークに、フリングスは出来るものならこの子どもをここまで追い詰めた自称仲間とやらを片っ端からぶん殴ってやりたいと思った。
視界の端にチラリと見えた紅はもうこの際放置しよう。
フリングスとしては、あの紅も結構ぶん殴りたい対象である。


「記憶しか残らないのは、きっとあいつに迷惑だろうから、迷惑掛けちゃいけないから、嫌なんです。でも、返さなくちゃいけないから…この名前も、仲間も、居場所も、俺が奪ったものは全部アッシュに、被験者ルークに還さなくちゃ、いけないから…俺なんかが、生きてちゃ、ダメなんです。アクゼリュスを消滅させた、出来損ないのレプリカが救われるのは、許されない。償わなくちゃ…還さなくちゃいけないなら、俺は還りたい。だから、ローレライが干渉してくれるなら、俺を助けるんじゃなくて、大爆発を起こしても記憶を残さないようにしてくれないかな、って−−−…」


ガシャンッ!!
と、けたたましい音とついでにいくつかガラス製品が割れる音もセットで聞こえた気もしないことはないが、とにかく急に響き渡ったその音に、慌ててルークが振り返ればその先にこの世界で初めて、あの紅を目にしたから思わず何と言っていいのか分からなくなった。
格好は見たことないけれど眉間の皺は相変わらずで、だからこそ何かに(きっと俺に)怒っているのだと思うのだけど、でも、何を言ったら、どんな言葉を選んだら彼をこれ以上怒らせないで済むか気になって、呆然とするしかなかったのだ、が。


「…おい、貴様。俺もあの野郎と同じようにこの世界を離れるから、後は頼む」
「ちなみに用件は?」


貴様と言うならばきっと俺のことなのだろうとルークは思ったのだが、しかし間髪入れず返したフリングスにお前じゃない等の言葉が向けられることもなく、どういうことかと首を傾げそうになって、固まった。



「ちょっと異世界の俺をぶん殴ってくる」


本気で言ってローレライの鍵と言うものを掲げたこちらの世界のアッシュに、呆然としたままルークは何も言えず、「ご自由にどうぞ行ってらっしゃいませ」と返したフリングスの声が聞こえた時には、紅色はどこにもいなかった。





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