視界いっぱいに広がった眩いばかりの白い光に、不思議と恐怖はなかったが、しかしだからと言って安堵するかと言えば、当然そんなわけはなかった。
全く何の理解も出来ていないが、このまま光に包まれて消えてしまうのは己の贖罪はまだ終わっていないのだからダメだと思うし、痛みも苦しみもなく消えることは、泥の海に沈めてしまった人達に合わせる顔がない(こんなの、許す筈なんか、ない)。
苦しんで苦しんで、幸せなんてものとはかけ離れた場所で佇んで。
そうして憎しみも何もかもをこの身に受けて消えることが、望まれたことだと。罪を重ね続けた己には相応しいと思うからこそ、このまま消えることだけは、と咄嗟に手を伸ばしていた。
こんなに真っ赤になった手なんて、誰も取りたくないだろうにね。


馬鹿だ、おれ。





「ルーク、さん…?」


そんなことばかり考えていたから、急に鮮やかに目に映った青空の下。
白いセレニアの花畑の中で、どうやら仰向けに横たわっていた自分を呼ぶ声に、伸べた手を掴んだ人の手に、咄嗟に何の反応もすることが出来なかった。
褐色の肌が、銀の髪が瞳に映る。
ああ、この人、は。




「フリングス将軍…?」


わけも分からず、とりあえず名前だけを呼んだのだが、この後もっとわけが分からないことになるとは、ルークもまだ、夢にも思ってはいなかった。





* * *





自分の時のことを棚上げするつもりはなかったが、目の前で展開される会議内容とやらに、ルティシアはほとほと呆れかえったとばかりに、うんざりと溜め息を吐くしかなかった。



「障気の中和は、一万の第七音譜術士もしくは一万のレプリカと超振動によってならば可能です。−−−施行者は勿論、皆音素乖離を起こして、死亡しますが」
「馬鹿かお前は」


世界に蔓延した障気の中和策について、聞いたルティシアがばっさりと切り捨てたことに話をしていたジェイドは「ですよねー!」と思わず叫びそうになったし、そもそも誰が好き好んで言いたかったものか、とちょっと本気でいじけたくもなった。
ダアトの教会で開かれた、今後の話し合い。
とりあえず集まった時点でキムラスカ王とユリアシティ代表を鼻で笑い、マルクト皇帝と意地の悪い笑みをお互いに浮かべ、いざ話し合いを、とそんな流れになった瞬間せせら笑ったルティシアのいろんな意味合いでの限界は、そんなに保ちやしなかったのだろう。
相変わらずルティシアの腹に寄り添うのが定位置となったらしいイオンはニコニコと笑んでいるが、コーラル城で異世界の姉に足蹴にされまくっていたアッシュは、一歩後ろの位置で控えて目は既に死んでいた。
各国に詳しい事情はそのまま流れているから各自現在の『ルーク・フォン・ファブレ』の身に起こったことは知っているだろうが、それに胃が保つか、と言えばそればかりは何とも言えない。
キムラスカ王とユリアシティ代表の顔は引き攣っていた。
笑顔なのはマルクト皇帝と導師ぐらいなものである。
威厳たっぷりなのはむしろルティシアの方か。
椅子に座る、と言うかあっさり立ち話なんぞ始めた面々を鼻で笑ったあと、アリエッタのお友達であるライガに容赦なく座った彼女は女帝と言っても変わらない気もする…なんて話も盛大に逸れたようなことを考えるぐらいには、ジェイドはだいぶ現実を見たくなかった。
コーラル城に拉致られてから、一度も帰っていないグランコクマが恋しいです。



「あー…ヤバい。何がヤバいって何この胎教に悪い展開?つーかお前らの頭の悪さ全開の展開って言えばいいのか?あー…やってらんぬぇー。出たようちの旦那がキレそうな仕様もない馬鹿丸出しのは・な・し」
「……反対意見を述べるのは構いませんが、暴言全開なのはやめてもらえませんか?」
「黙れ馬鹿筆頭メガネ・メガネ・メガネ」
「何かの学名みたいに言うのはやめて下さい」
「あー?だったら大晦日越え独り身馬鹿とでも呼べば満足か?自分の主義だって言えば聞こえは良いだろうが、世間の目には結婚出来る甲斐性も無しダメ男認定としか映らないから。聞こえの良い言葉しか言われねーのはお前の階級のせいだボケ」


グサーッ!!と。
勢い良く心に突き刺さるものがあったのは何もジェイドだけでなくマルクト皇帝含めの話だったが、がっつり結婚して子どもまで宿してるルティシア相手にはぐうの音も何も出なかった。
初恋の女性を引き摺って云々のピオニーはがっつり婚期を逃しているし、ジェイドなんて問題外だろう。
ちなみに大晦日などと言う全く聞き覚えのない単語は全員が全員軽くスルーした。
女はクリスマス、男は大晦日までだと続こうがスルー。
知らない単語は、今は無きホドの風習です。


「一万の第七音譜術士かレプリカかっつったら、馬鹿丸出しなあんたらのことだ。全部レプリカに押し付けて人間の犠牲を出す気はないって魂胆見え見えだし、んな仕様もねぇ展開になんの丸分かりだっつーの。あー…やってらんぬぇー。それでなんだ?超振動にはアッシュでも使う予定か?」
「そっそれは…っ」
「違うよな?ああ、もう展開読めてるから。マジで胎教に悪い馬鹿丸出しな言い分わかってんだよこっちもさ。言うつもりだったんだろう?インゴベルト陛下。俺の世界に居る『ルーク』を、早くこちらの世界へ戻すようにってなぁ!」


怒りも突き抜けてせせら笑ってまで言ったルティシアに、そりゃあもう、キムラスカ王の顔色と言ったらとてもじゃないが見ていられないものがあった。
ルティシアが口にしたことは何もキムラスカ王だけの考えではなかったろうに、それでも動揺するのは、器が足りていないのであろう。
マルクト皇帝のように堂々と構えていれば良いものの、とぼそりと呟いたルティシアの言葉に、ジェイドはこのまま失神してしまった方が楽になれるのではと思った。
お前だけ逃げようたってそうはいかねぇからな、と睨み付けるアッシュはスルーしたいが、向こうは話題に出されている結構哀れな立場だとは思うので、とりあえずグランコクマに想いを馳せるのは止めにしておくことにする。


「お前らさ、いつまで『ルーク・フォン・ファブレ』に全部押し付けるつもりでいんの?オールドラントに起きたこと、なんでこいつらばかりに背負わせてんの?愛情も何もかも奪い取って与えもせずに重荷だけ背負わせて、それで一国の王?皇帝?愚王、愚帝で名を連ねたいなら1から出直して来いよバーカ」
「……ルティシア、流石にそれは悪口です」
「現実見ようともしなかった連中にこれぐらい優しいもんだろう?ジェイド。2人は王族だとか言ったらキムラスカはバチカル城、マルクトはグランコクマの宮殿消すから」
「ルティシア!」
「何をそんなに慌てる必要がある。貴殿らの愚かしさを1から全て述べようか?2人を王族として…いや、『聖なる焔の光』を王族として扱う気の無かった連中に、耳障りの良い言葉だけしか述べなかった者の為に、何故『聖なる焔の光』が命を捧げなければならない」


どういうことだ、とは流石に誰も言えやしなかった。
態度を切り換えたルティシアを前に、キムラスカ王は完全に怯んでおり、堂々とした構えは崩さぬものの、マルクト皇帝はその言葉を止めようとはしない。
表情を一切隠したルティシアの姿に、それでもその瞳が侮蔑や嫌悪感を含んでいると気付かぬほど、鈍くはなかったからだ。


「インゴベルト陛下。私は貴方がアクゼリュスと共に消滅する筈だった『聖なる焔の光』への処遇がどうも気に喰わなくてだな…マルクトがアクゼリュスを消滅させた『聖なる焔の光』を罪人だと言うのはまだ分かる。彼の地は貴殿の領地であり貴殿の民が巻き込まれた。経緯を知ればそれも疑問だが…まあ、この際は置いておこう。問題はキムラスカが何故『聖なる焔の光』が罪人とされているのを無視するのか…それどころか何故キムラスカでさえもアクゼリュスを消滅させたことを罪人として見ているのか、それが全く理解出来ん」
「それは…っ」
「一万もの人間を殺したからとでも言うつもりか?馬鹿を言うな。キムラスカと言う国が『聖なる焔の光』にそう望みそれを正だとしたと言うのに、彼を罪人だとする権利がある筈もないだろう。最低でもキムラスカは彼を庇わなければならない立場にあり、アクゼリュスの消滅を『聖なる焔の光』だけに背負わせてはいけなかった。そうしなかった理由を、私が言おうか?」


うっすらと笑んでそう言ったルティシアの言葉に、顔を蒼くしてアッシュが後ろから見つめていたが、その視線に気付いているだろうに、ルティシアは怯えたように震えてさえもいるキムラスカ王に、言った。


「アクゼリュスと共に消滅する『聖なる焔の光』を、最初から王族として扱うこともせず、存在を亡き者としてしか、認めていなかったのだろう?」


その言葉に目を見張ったのは、居合わせたほとんどの人間がそうだったが、やはりアッシュが一番、動揺を隠せなかった。
最初からと、ルティシアは言った。
ならばその最初とは、いつからだ?


「当人にその預言を告げず、気が付いたら死んでいるよう仕向けたのは否定出来ない事実だろう?国の為に自らの命を捧げるのは王族ならば当然の義務であるのに、そうさせなかったのは『聖なる焔の光』が王族ではなくローレライの力を受け継ぐ『実験体』だったからだ。超振動の力は魅力的なものだったのだろう?そんな力を受け継ぐ子どもが生まれたんだ。しかも死の預言も連れて。期間は17年。未だに解明されていない力を研究するにはあまりにも短い期間だった。だから貴方は『聖なる焔の光』を王族と扱う振りをして『実験体』として研究員に渡した。最初から道具として扱うことに決めていたから、情も何も浮かばなかったのだろう?」
「ちっ、違う…!わ、儂は…」
「貴方の誤算は『聖なる焔の光』が生き延びてしまったことだった。王族としての籍のない彼らが今更生き延びるなど都合が悪かった。そんな時の障気の中和だ。貴方は思った。レプリカである子どもを『聖なる焔の光』として消し、被験者へ新たな籍を与え、キムラスカで飼い殺しにしようと。茶番だな。貴方は『聖なる焔の光』を如何に上手く処分したいか、そればかりを考えていただけなのだから」
「−−−っ!!」
「アクゼリュスを消滅させた『聖なる焔の光』を庇わなかったのは必要性がなかったのと、背負わせておいた方が後々都合が良かったからだろう?流石に障気が蔓延するとは考えてなかったろうが、アクゼリュスの罪を負わせておけば簡単に頷いたに違いあるまい。そしてついでにレプリカも消えて万々歳。ま、レプリカ達の命を犠牲にしようとも、要のレプリカルークは既に超振動は使えないから不可能だがな」


あっけらかんと言い放ったルティシアの言葉に、これには青褪めていたキムラスカ王だけでなく誰もが一瞬、今の今までの流れを頭の中からぶっ飛ばして、「は?」とそんな言葉を放っていた。
待て待て待て、と一応わりと早めに我に返ったジェイドとアッシュが問い質そうとしたのだが。



「大爆発回避の為に性別変わって女の子になったってさ。完全同位体じゃなくなったから、超振動も使えません。残念でした」



それはそれは綺麗な笑みを浮かべて言ったルティシアの言葉に、とりあえず何人かの絶叫が響き渡ったが、今更だった。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -