果たして一体何がどうしてこうなったのか知らないが、気が付いたらモースは処刑されアニスはダアト追放、ティアは行方不明とそんな偉業(誤り)元い暴挙(手遅れ)を成し遂げた導師イオンの勢いは止まることを知らず、半月など待っていられない!とその一言でアリエッタ自身を動かしたのが、決定的であった。
コーラル城の整備を急ピッチどころか無理難題押し付けた挙げ句一週間で完成させた夫人と共に、ルティシアもあっさりとバチカルを離れたのだが、その際にアッシュとガイ、そしてジェイドも巻き込まれつつ移り住むこととなり、自主的に着いて来たイオンは公務そっちのけで片時もルティシアの側を離れないのだから、何だかもうどうしようもないだろう。
あれだけ鬱陶しいと言うのか面倒臭かった皇帝陛下がいっそ恋しくなるほど、ジェイドは繰り広げられる胃に優しくない会話に撃沈寸前であった。
ちなみに開き直ったガイは甲斐甲斐しくルティシアでなくイオンの世話をしている。のではなく、と言うかイオンを通してルティシアの世話をしていた。女性恐怖症治ると良いですね。はい。



「ああ、どうやら来たようですね。流石は頼れる僕のアリエッタです」


ぼくと書いてしもべと読むパターンでの僕のアリエッタと言ったイオンの言葉に、突っ込める猛者はエンゲーブ産のりんごを食べており、誰も何も言わない(言えない)ままフレスベルグに乗ったアリエッタが見事にコーラル城の二階に突っ込んで来た。
本来ならガラスでも飛び散るところだが、流石に発注したガラスが全部揃ったわけでもなかったので、二階の客室は吹き曝しの風をガンガン入ってくる仕様となっており、そこまで問題はない。
見たことのある緑色の少年を、フレスベルグが床に放るまではの話だが。


「ちょっと!いきなり何すんのさ!アリエッ…」


何のことだか全く分かっていなかったシンクは、突如放り込まれた地で自分と同じ顔をした存在が恍惚とした表情でどっかで見たことのある髪と瞳の色をした女の腹にすり寄っている光景を目の当たりにして、暴挙をしでかした同僚の名を最後まで言えずに、固まるしかなかった。
…え?なにこれなにこの部屋なにこの状況?などと思うままに駆け巡った言葉は一通り頭の中に渦巻くばかりであって、にこやかに笑んでる公爵夫人らしき人が怖くて口に出せる筈がない。マジで何だこの状況。


「よく来ましたね、シンク。全くどれだけ素敵な愛らしい奥様を待ちぼうけさせるつもりなんですか!ほら、お立ちなさいな。感動の場面なんですよ」


にっこり笑んで言ったイオンの言葉に、意味わかんぬぇええ!!!!とそれこそシンクは頭を抱えて蹲りたい心境だったのだが、『素敵な愛らしい奥様』と言うフレーズで硬直し、電源落とした機械のように身動ぎ1つ出来なかった。
奥様?奥様ってなに?誰の?と言うか誰が?なんの?ねえどういうなんだよ!!とここへ来てからひたすらシンクは思考回路がぐちゃぐちゃのまま、疑問ばかりがぐるぐる廻っているのだが、残念ながら唯一のツッコミ役は死んだ魚のような目をしながら空を仰いでいた。マジで燃え滓になってんじゃん。居たのかアッシュ。


「おー、ははっ!マジでわっかいシンクだー!この頃こんなに身長小さかったんだ…俺より低いとかすっげぇ違和感。むしろシンクの方が愛らしいんじゃね?」
「ルティの方が愛らしいと僕は思いますけど…そんなにこの頃のシンクは身長低く感じるんですか?そちらの世界のシンクの身長が気になりますね…」
「ん?案外デカいぞ、あいつ。ガイぐらいはあると思ったけど…余裕で俺抱きしめれるもん。あ、でも今なら俺のが抱きしめられるんだな!」
「それはいいですね!と乗りたいところですがダメですよ、ルティ。甥っ子が心配で僕が落ち着きません。赤ちゃんが居るんですから安静第一です!」
「そうは言っても多少は動くぐらいがいいんだぞ?イオン」
「ですがこうやって言っても聞かないでしょう?ルティは」


にこにこにこにこ、笑みを浮かべて話すイオンと、新しい玩具でも見つけたような笑みを浮かべたルティシアの会話に、全く着いて行けずにシンクは呆然とするしかなかった。
傍観を決め込んだジェイドとガイもついつい、同情染みた視線を向けずにはいられない展開である。
斯く斯く然々で通じたら面倒事などにはならないのだが、有能な説明役は会話に交じらないをモットーとしてたので、シンクの疑問はいつまで経っても晴れないわけで。


「さて、こちらでは初めましてだな?シンク。とりあえずあれだ。会えて嬉しいですわ、旦那様」


完全に面白がって言ったその言葉に、紅茶を飲んでいたジェイドは危うく吹き出し掛けたのだが、言いながらシンクの頬に手を添えて、口付けなんてしたものだから何人か絶叫した。
コーラル城中に響き渡ったその叫びに、ほっぺにチューぐらいで何を、とルティシアは呟いたが、そういう問題ではない。


「な、な、な、なにすんのさあんたーっ!!バッカじゃないの?!!アホじゃないの?!!意味分かんないんだけどなんなのあんたいきなりなんだよこれ意味分かんないんだけど!!」
「同じ言葉二回言ってますよ、シンク」
「あんたはやかましい!!」


ガンッ!と壁を殴って叫ぶシンクに、とりあえず顔を真っ赤にしていることは誰も気付かなかったことにして、アリエッタとアッシュ、そして何故か公爵夫人も一緒に説明することとなった。
ひとまず一服。
その間に再びルティシアはソファに座り、イオンがその腹に寄り添うようにしているのだが、一連の出来事から流されるまま流されている面々は、今更突っ込む気力もない。




「……まあ、別に言いたいことは分かったけど、僕がそれを信用する理由は全くないね。別世界のレプリカルークが燃え滓の双子の姉で?それで今別世界の僕との子ども身ごもってるって言われても、信じられる筈がないだろ。僕はあんた達の敵なんだよ?導師イオンとの子どもの間違いなんじゃないの?」


若干どころか上手く立ち直れていない、それでもどうにか言ったシンクの言葉に、それもそうだな、とうっかりジェイド達なんかは納得したのだが、しかし顔をしかめてまで怒った人物は、案の定と言うべきか。


「シンク、それはルティだけでなく赤ちゃんや別世界のシンクに失礼です。確かに緑の目や髪を受け継ごうと同じ被験者イオンから生み出された僕らでは証明出来ないと言ってしまえれますが、僕が相手と言うのは絶対に違います」
「はっ、そんなこと口先だけならなんとでも…」
「ルティは本当に素敵で愛らしくて美人で、非の打ち所がない程の女性です。が!」
「が?」
「生涯を共に歩む伴侶としては僕の好みではありません!」
「あんたが一番失礼なこと言ってるよ!!バカじゃないの?!!」


……彼の一番不幸なことは、彼自身が優れたツッコミ役になれるだけの素質を持ち合わせていることだろうか、と。遠きグランコクマの地を夢見ながら、後にジェイドが呟くこととなったかどうかはさておき。
騒ぎに騒ぎまくった後、もう付き合いきれんとばかりにコーラル城を出て行こうとしたシンクを、どうして出来たか知らないが、ルティに寄り添っていた筈のイオンが間髪入れず引き止めていた。不快そうに振り返ったシンクに、けれどイオンも怯みはしない。
会えただけで満足だからいいよ、とルティは言ったが、それではイオンとしてはダメなのだ。


「僕かシンクの子か。あなたは信じませんが、それでもルティは確かにレプリカイオンの子を宿しているんですよ」
「……っそれが、なんだって言うのさ」
「レプリカでも、僕らでも何かを残せれるんです。シンク!」


それは縋るようにと言うのか、まるで懇願するようにも聞こえた、イオンの言葉だった。
要らないものだと、ザレッホの火口へ捨てられた、兄弟へ向けての、願い。
レプリカは消えるばかりではないのだと。
そう訴えるイオンに、シンクはどこか辛そうに顔をしかめてルティシアを睨んだけれど、結局は腕を掴む兄弟の手を振り払って背を向け、留まろうとは、しなかった。



「……そんなの僕には関係ないことだね。どうでもいいよ」
「シンク……」
「あんた達がどう思おうと、結局レプリカは道具だ。デキの悪い奴は廃棄処分されるだけの、肉の塊に過ぎないんだよ」


背を向けてそう放つシンクに、それ以上はイオンも何も言えなかった。
こればかりはシンクとイオンの問題だろう。
イオンが成功作だとシンクが頑なに思っている以上、イオンの言葉はシンクの心には、届かない。


「それでも俺は俺の世界のお前が好きだよ、シンク」


腹を撫でつつ、ルティシアはそう言った。
穏やかに微笑んで。
決して嘘なんかでは、ないのだと。



「……勝手に言ってれば」


聞き入れないとばかりに返したシンクの言葉に、笑っていられたのも、その時までの話だった。
レプリカは人だという認識しかしていない、ルティシアだったからこそ、と言う部分もどこかにあったのかもしれない。
そもそも第七音素の量が違い、人のレプリカがイオンとシンクしか居ない世界から来た彼女だったから、シンクの言葉がこの世界での真実に近いとは、思えなかったのだ。
それを知ったのは、それから2週間後。





この世界を、障気が覆ってからの、話となる。







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