夫婦喧嘩勃発させて2人の私室が大惨事中だと言うことは誰も突っ込めることではないのでさておき、笑顔満面で着飾って来たナタリアを交えて仲良くお茶会もし、そろそろ日が暮れるなぁ、と言う頃に蜻蛉返りして来たイオンの隣には、アニスとティアの姿はありませんでした。


「ご紹介します、ルティ。僕の新しい導師守護役、アリエッタ響手です」
「初めまして、ルティ様。導師守護役に任命された、アリエッタ響手、です」


いや、ちょっと待てー!!と言うアッシュやガイのツッコミも叫びにはならず、恭しく頭を下げた導師守護役の制服を着たアリエッタに、ルティシアがにっこり笑んで握手をするその姿を愕然と目を見張って見守るしか、選択肢はなかった。
もうここまで来たら傍観者として居ることしか出来ないと思っているジェイドは黙って紅茶を飲んでおり、腹を冷やさぬよういつの間にやら着替えたルティシアの顔色をチェックするぐらいで、口は絶対に挟まない。
お前は六神将だろうとか突っ込んだら容赦なく殺されると思った。
勿論、いろいろと吹っ切れてしまった、導師イオンに、だ。


「イ、イオン…アニス達はどうしたんだ?」


上擦った声を出しながら聞いたガイに、それはそれは満面の笑みを浮かべて、イオンは答えた。


「ああ、アニスは元大詠師樽豚さんのスパイだったので、破門処分にしました」


嘘だろーっ?!!と言うツッコミは、勿論このイオンには通用する筈もない。
むしろタルタロス襲撃に一枚噛んでいただとかその手のことをうやむやにして破門にしたのだ。スパイ行為は処刑が常だと言うのに、破格の恩情である。


「導師を護衛出来ない導師守護役なんて漬け物石よりも役に立ちませんから。優秀なアリエッタに事情を全て説明して、彼女に僕の新しい導師守護役の1人として側に居てもらうようにしました」
「そうか、それは何よりだ。頑張れよ、アリエッタ」
「はい、です…ルティ様。アリエッタのイオン様じゃないイオン様でも、アリエッタ、精一杯護らせて頂く、です」


しかも被験者イオン死んだってことも本当に全部話しちゃったよイオン様…!!と、すっかり人が変わってしまったと言うのか、吹っ切れたイオンの行動が凄まじ過ぎてジェイド達は何も言えなかった。
ライガクイーンのことはどうしたんだ?と言う問いよりもむしろあれだ。
ティアはどうしたんだ?と言う問いが怖くて聞けそうにない。


「さて、アリエッタの協力も得られましたし、ルティ。あなたの旦那様に会える日もそう遠くはありませんよ!」


にこにこ、笑んで言ったイオンの言葉に、今頃このオールドラントのどこかでシンクが悪寒を感じたかもしれなかったが、既にアリエッタのお友達+神託の盾騎士団総出で捜索が行われていることに、全力で逃げた方がいい状況になりつつあるので、いろんな意味で手遅れだった。
アッシュとガイの血の気は凄まじく引いている。
ルティシアが妊婦と言うことで甲斐甲斐しく世話をしているのは乙女の夢と言うのか、実に可愛らしい夢を頭の中に描いているナタリアだったりして、彼女の中には既にアニスとティアの存在は軽く排除されていた。
旦那様と言う響きの方が、魅力的だったりする。


「それは素晴らしいですわ!イオン!ルティシアの旦那様が捕獲されましたら、是非コーラル城でお茶会をしましょう!」


嬉しそうに言ったナタリアの言葉の中に、イオンとしてもいくつか分からない言葉があったが、そこは無敵イオン様。軽くスルーして「それは楽しみですね!」の一言で切り捨てた。
全体での話から既に四時間は経った今、夫人がコーラル城の整備をラムダスに手配するよう頼んだことは周知の事実であり、公爵の姿は誰も見ていない。


「シンクはもう半月程した後に、ケセドニアで預言士として人々のレプリカ情報を抜こうと現れるようです」
「おい、導師!レプリカ情報だと?!それは一体どういうことだ!!」
「元主席総長の髭の命令じゃないでしょうか?僕も詳しくは知りません。預言を読んだだけですので」
「レプリカは預言に詠まれていない存在だろうが!!」
「ですから、預言と言う名の報告書ですね。資料提供はアリエッタです」


総長への忠誠はどうしたんだアリエッターっ!!と言う叫びは口に出来ず、あっさりと「神託の盾クビになった総長、頂点になれなかった惨めなボスと変わりません。アリエッタ、イオン様に従います」なんてアリエッタが言ってしまったので、アッシュは何も言えず頭を抱えるしか出来なかった。
ちなみに場所は公爵家の中庭から動いていないので、地面に頭押し付けてもわりと大丈夫な仕様です。躊躇わずにイオンが足蹴にするだろうが。


「あ、ちなみにアッシュ。あなたは神託の盾騎士団を除隊処分とさせて頂きました」
「はっ?!」
「と言うより、最初から『鮮血のアッシュ』は存在しなかった、と言うことです」
「待て、導師。意味が分からんぞ!」
「髭が100%悪いのは確かなんですが、前導師の時代とは家キムラスカの王族、『ルーク・フォン・ファブレ』を主席総長ともあろう人間が攫ったことに気付かなかったのは、ダアトとしても不味いですし、気付かなかったキムラスカとしても頗る不味いんですよ。と言うわけで、今日からあなたはルークの兄アッシュです。預言に詠まれていなかった為に今までは表立つことは出来なかった、と言うことにしときましょう」
「なに勝手なこと言ってやがる!俺は…っ」
「俺は、なんです?わざわざタルタロス襲撃もカイツール軍港襲撃も、元大詠師モースのせいだと全て押し付けて、罪に問われないようにしたんですよ?僕が」
「それは…っ」
「何も、言えませんよね?あなたは今、公爵家の人間として相応しい衣服を纏っている。それが全てです。僕とあなたは、今初めて顔を合わせているのですよ。さあ、初めまして?アッシュ・フォン・ファブレ殿?」
「−−−っ!!」
「ああ、名前は暫定的ですので、後々好きにお決め下さい。燃え滓が厭でしたら樽豚さんの名前にします?ああ、失礼しました。持ち主を失った名前ですので、もう樽豚さんの名前じゃありませんでしたね!」


にこっ!と。
笑って言ったイオンの言葉に、これには流石にあのナタリアですらも青褪め、ルティシア以外の人間は血の気が引いていた。
アリエッタに寄り添うライガが口をもごもご、動かしている。
何故?とは聞けなかった。
たとえどこか見覚えのある端切れが、その牙に挟まっているのが、見えたとしても。


「豚さんは空へかえれたか?イオン」


宿す1つの命を撫でて、ルティシアがそう聞いた。
イオンは「いいえ」と首を振る。


空へかえれる存在は、同胞だけだ。




「彼は人ですから、沈むだけですよ、ルティ」






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