己のレプリカが女性体になったとそんな話を耳にし、邸に駆け付ければその女性が異世界での自分の姉であり、且つどこぞの誰かしらの子を身ごもっている、ともなれば完全に容量オーバーであり、耐えきれずに撃沈したアッシュは、この後失神すれば良かったと言う事態にまで発展することになるとは、夢にも思っていなかった。
腹を撫でて硬直するイオンを余所に、全員の中にこっちの世界での叔父さんですよー、とひたすら脳内でリピートされる。
まだ少し目立ってきたかなぁ?ぐらいの腹ではあったが、ルティシアが身ごもっているのは確かであって、けれどそこからが繋がらなかった。
イオンを叔父さんだと言った。
叔父さん。
叔父…叔父ってどういう意味でしたっけねぇ?なんて聞ける筈もなければ、実は導師イオンにはかなり年の離れたお兄様が居るんですね!などと言える筈もなく、思考回路はアッシュだけでなく公爵夫人以外全員、ぶっつり切れた。


「叔父、さん…?僕が、ですか?」
「ああ、イオンはこの子にとって叔父さんに当たるんだ。私にとっては義弟かな?」
「え、え、え?でも、僕はレプリカで…その、年の離れた兄弟も勿論居な…」
「年離れてないし」
「え?」
「この子の父親は、シンクなんだよ」


なんだってーっ?!!とは誰も口には出来なかったが夫人以外の全員の心が一つになった瞬間だった。
ルティシアはニヤリと笑っている。
意地の悪い笑みだったが…嘘だと思えない辺りが、かなり質が悪かった。


「馬鹿なこと言うんじゃねーよ!!おま、お前…っ!シンクはまだ2歳だぞ?!14歳のガキ相手に何してやがんだ!!」


耐えきれずに怒鳴りつけたアッシュに、ジェイドなんかはよく言った、と言うよりはご愁傷様でも唱えたい気分だった。
数字に出して言ってまったよ…直視したくない現実を物の見事に言ってしまった感じである。
後から到着したティアとアニスは何のことだかまるで分からない。


「いや、シンク18だし」
「あ?!」
「だから、シンクの年は18だっつってんの。耳まで遠くなったか?オカメインコ。私の世界とここでは時間軸がちょっと狂っているんだよ。私は今年で21だ。預言も微妙に違うみたいだな…この世界では」


いや、それにしたって早過ぎるだろう…と机に頭を打ち付けながらアッシュは思ったが、反対側に居たガイは既に撃沈済みで起き上がる気配もなかった。
詳しい話を、とジェイドが促す。冷静でいるように見えたが、すっかりさっぱりシンクは敵なんだぞ、と言うツッコミは一切入ることがないぐらい、混乱しっぱなしであった。



* * *




ルティシアの世界での預言は、ホド戦争やルークの誕生までは同じであったが、始まりとも言えるアクゼリュスの崩落はND2018ではなくND2021だと詠まれており、この世界よりもアクゼリュス以降は全てプラス3年後の話となっていた。
当然全てが狂ってくるので、アクゼリュス崩落は成人の儀が済んだルーク・フォン・ファブレが初の外交と言うことで訪問するようキムラスカ側としても合わせていたし、各人プラス3年されているので多少は勝手が違っている。
何より変わっているのはイオンの話で、生まれてまだ2年だと言うこちらのイオンとは違い、5年も経てばレプリカだろうと何だろうと第七音素が減少しつつある世界で代わりは居ないと言うことで、かなり黒い性格になっているらしく、ルティシアが話す度にアニスの顔は蒼白になっていた。
相も変わらずヴァンがレプリカ計画だのほざいていたらしいが、ルティシアの世界では全て終わった話であり、平和を謳歌しているとのことで。
ちなみに現キムラスカ王は誰だと言う問いにシュザンヌだと返された時には密かに公爵が泣いた。
そして愚弟呼ばわりのルークが公爵だとも続けられて心の中で号泣した。
己とインゴベルト王が排除されているのは明らか過ぎて、逆に何も言えなかった。



「ま、今のこの世界がどの段階の話か知らないが、私はきちんと無事にこの子産まなくちゃならないので、厄介事は勘弁で。馬車馬の如く働くならそこのアホを使ってくれ。頑丈さだけは取り柄だろう?まさか妊婦に戦えと言う程、愚かではないと思いたいが」


グサッ!と誰の心に何が刺さったかはジェイドももう一切気にしないことにしたのだが、ルティシアの腹に手を当てているイオンが呆然としていることにそろそろ何かしらのフォローが必要か?と思った。
が、何故そこまで呆然となるのか若干頭が追い付いていない時点で、誰もがちょっと思考回路は停止したままらしい。
最初からもしティアが居合わせていたのなら、喧しく喚いただろうけど。


「……シンクと、貴女の子が、ここに居るんですよね?」
「ああ、私たちの子だ。男の子か女の子かまだ全然分からないんだけどな。どちらにしてもシアンと、名付けようと思っている」
「あたたかいです…とても」
「叔父さんに撫でてもらって、この子も喜んでるんじゃないかな」
「……レプリカも、残せれるものがあるんですね…僕たちは、消えるばかりでは、ないんですか?」
「なに当たり前のこと言ってんだよ、イオン。レプリカも人と変わらないだろ?この子は確かに、シンクとの子どもだよ」


笑って言ったルティシアの言葉に、イオンは泣きそうに顔をしかめて一度俯いた。
その体をぎゅうっと抱きしめてやるルティシアはまるで子をあやしているようにも見えて、どこかあたたかな気持ちでジェイドはその姿を眺めていたのだ、が。


「……アニス、至急ノエルにアルビオールでダアトに行き、すぐ蜻蛉返り出来るようその準備をお願いして来て下さい」
「イオン、さま…?」
「ダアトに戻り導師勅命で恥曝し手当たり次第払いのけます」
「えええイオンさま?!」
「教団の資金横領したモースは破門!叩けば犯罪行為もゴロゴロ出て来るので然るべき場所で処刑です!カンタビレをダアトへ戻し主席総長、トリトハイムを大詠師に!そして必ず!シンクを探し出してみせます!その他見つけたいらない奴はぽいです!待っていて下さいね、ルティシア。旦那様は必ず立ち会わせますので」
「ん?ああ、ありがとう、イオン。あと俺のことはルティで良いから」
「はい!任せて下さいルティ!」


喜色満面で言ったイオンは、なんかもういろいろと止められる気が全くしなかった。
呆然と見送るだけとなったジェイド達を見もせずに、文書と指示を出しにダアトへ向かったイオンは、蜻蛉返りと言っただけすぐに戻って来るのだろう。
ついでに退職金一切無しでダアトから追い出されるだろうアッシュの未来も、容易に予想出来た。




「……こっちで産むまで帰れねーのか?俺」



多少畏まった言い方が取れると、一人称は「俺」になるんだなぁ、とジェイドは思ったが、やっぱり現実逃避でしかなかった。






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