気が付いたらあらまうっかり帝都ザーフィアスに連れられていたエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインは、捕らわれの身であると言うのに例の如く全く別のことで頭がいっぱいで、それが現実逃避でないと言うことがまいたけ聖剣もといアレクセイ・ディノイア騎士団団長の不幸と言えば不幸だったが、腐った思考回路の持ち主のせいでめちゃくちゃになっている帝都の方が可哀想だったある日のことだった。
ちゅんちゅん、と何の鳥だか囀っているのかはエステリーゼ様の知ったことではないのだが、あの洒落にならない程の費用がつぎ込まれているだろう移動要塞ヘラクレスを囮にまで使って何かしらを成し遂げようとしているアレクセイの目的を華麗に別事にシフトしており、その結果どこへ被害が出るのか一切予測不能な事態に、そろそろ頭は良かった筈の騎士団団長は気付いた方が良いかと思われる事態になったいたりするのだが…まあセイクリッド・ブレイムを見事に食らったそのボロボロな見てくれでは、ちょっと格好がつかないためいろいろと無理があるのだろう。どこで計画が狂ったんだろうなぁ、とはまいたけ聖剣は残念ながら思えなかったが、優秀な秘書は察したからこそ席を外していた。騎士団団長の邪魔はしないが、ふよふよと浮かんで何やら考え事をしているエステリーゼ様はどこをどう見ても捕らわれの身なんかではない。
あれ、それ喰らったら意識すら朦朧になるんじゃないの、とは突っ込んだらいけなかった。道具として使われる事実に涙するエステリーゼ様はもしかしたらバージョンが違うのかもしれない。完全に劣化版であることは胸を張って堂々と本人が言い切ってしまうので、やっぱり突っ込んだらいけません。余計に拍車がかかるので禁句です。


「無理やり系に走るのも私としては大好物なのですが、ここはやっぱり甘々で見てるこちらが恥ずかしくなるようなラブラブ系の方がちょっと飢えているんですよね…うう、惜しいです。アレルクも見たいですがやっぱりユリルク美味しいですし…ああ!どうしてもっと早くアレクセイが美少年もイケる質だと気付かなかったんでしょう…!!シュヴァーンと出来ているとばかり思っていた過去の自分が悔やまれますっ!!」


痛恨のミスにエステリーゼ超ショック!!とばかりにスポットライトを浴びて蹲ってみせたエステリーゼ様は現在進行形で自分がどこにいるとかだとかその他諸々は一切無視して本当に自由ではあった。城内でアレクセイが引き千切ってしまったルークの白い上着のボタンを付けているクロームはもう完全に計画は失敗するなとわかっているので呑気なものだったりするのだが、わかっていない騎士団団長はもうどうしようかなー、とルークをお姫様抱っこして満更でもない様子ではある。が、その指示を出したのが安定のエステリーゼ様なことにそろそろ現実を見た方がいいかと思われる。
相変わらずわけのわからないことばかりを言っているエステリーゼ様は、ラブラブなアレルクとか無理です?ととんでもないことを言っていたりもするのだが、いざ本番に至ろうとすると赤面して秘奥技をぶちかますのだから洒落にならなかった。
マンタイクのうしにんの子どもの判断は間違っていない。カマトト姉ちゃんで正解でした。


「…姫、そろそろこの者を下ろしても良いだろうか」
「はい?お姫様抱っこはもう飽きたです?アレクセイ。もうすぐきっとユーリ達も来ると思うので、三角関係を築き上げる絶好のチャンスなのですが」


一体何のチャンスなのか全く分からないのだが、それよりも何呑気に話をしているんだよ、と言うツッコミの出来る人間は残念ながらいないのがまた残念な話ではあったのだが、それはさておき。
ふよふよ球体の中に入ったままのんびりエステリーゼ様はアレルクを堪能しながらこれからのユリルクやらフレルクやら兎にも角にも三角四角関係に思いを馳せていたのだが、ルークをお姫様抱っこしていたアレクセイがいそいそと懐から何やら書類を出したのだから、思っていたよりもずっとマッチョなんですね!とズレにズレまくった感想を抱きながらも首を傾げた。なんですかそれ?と不思議に思いながらもふよふよと宙を浮遊しながら覗き込む過程でルークの寝顔も堪能しているのはアレクセイもツッコんだ方がいいところなのだが、残念ながら彼にそんな素質はなく、有能な秘書は席を外しているため諦めるしかないだろう。
余談だがバクティオン神殿やら移動要塞ヘラクレスを挟んだ上でずっと気絶しているわけもなかったので実はちゃっかりルークが目を覚ましていたりするのだが、「ダメだよルーくん!今目を開けたら我泣くからね!開けちゃダメ、絶対!!開けちゃらめぇえええええ!!!!」などと懐かしい某意識集合体の声がそう言っていたので目を瞑っておくことにしていた。つーかローレライそんな性格だったのかよお前…と言うのが結構ショックで不貞寝だったりもするのだが、自分が今誰の腕の中に居るのかきちんと把握はしておくべきだったかのように思われる。
むしろ擬似超振動でも発生させて逃がしてやれよ、有害電波。


「やっぱりここは私が人質になるよりルークが人質になってアレクセイに捕らわれていた方が様々な影響が出るような…今まで思いをひた隠しにしていたユーリと自覚のなかったルークが命の危機を前に自分の気持ちに気付き決死の覚悟でユーリが助け出すことでコミュMaxの流れは私的に大好物なのですがいまいち決め手に欠けています…いっそルークが私を庇ってアレクセイの魔の手に捕まると言うのもいいかもしれませんね。そうです!ユーリの前でルークが私を庇ってこちらに捕らわれて無理やり力を使われそうになるところを傷だらけになりながらもユーリが助けると言うのはなかなかいいのではないでしょうか!暗示によって攻撃したくないのにユーリに剣を向けてしまうルーク!殺してと懇願するルークに必死に声を掛けるユーリ!いくつもの障害を越えて決定打として愛の告白をユーリがすれば完璧です!ああ…っ!ユリルク結婚式はどうしたらいいのでしょうか…!!」


なかなかに聞くに堪えないとんでもないことをエステリーゼ様華麗に暴走中なのでお構いなしに口走っているのだが、実はとっくにお互いの想いを確認済みでとっくにルークはユーリに食われちゃったりしていた。既にカップルだった。付き合う過程を考えていても無意味なのだが、腐女子は妄想してなんぼです!と言えば絶対にエステリーゼ様はそう返すのでなんとも言えない話である。
よく理解していないルークはアレクセイの腕の中で目を瞑りながら疑問符ばかり浮かべているのだが、「我ぅがいとしごぉ聞いちゃらめぇええぇえええッ!!!!」と気持ち悪い電波が気色悪く泣きじゃくったのでスルーすることにした。さりげなく耳栓装備済みなのは考慮か何か知らないが、そんなことが出来るならばさっさと逃がしてやるべきである。この場には変態しかいなかったので。


「ふむ…姫の好みとしてはやはりそういう類の傾向が強いのだな」
「そういう類、です?」


身長171p、体重68sのルークをどんなマジックで抱きかかえているか知らないが、その上でがっつり書類を見ているアレクセイにエステリーゼ様は興味津々とばかりに覗き込もうとしたのだが、それよりも早くアレクセイが告げた言葉に、とりあえずまあ、空気が凍り付いた。



「なに、姫のメイドが渡してくれたのでな。私もびっくりしたぞ、あのヨーデル殿下も姫にかかるとフレンに必死に奉仕する健気な少年になるのだな。アレシュヴァよりもシュヴァアレの方が少ないのも気になるが…姫は受けがピンチに陥って攻めに助け出されるパターンが好きなようだ。このフレユリもそういうことなのだろう?姫自作の本にはその傾向が強いようだが」



自作のポエム集を朗読されるよりも恥ずかしいものがあった。
と後にエステルがそう語ったかどうかは定かではないが、とにもかくにもその日確かに満月の子の力が暴走したのだから、しょうもない話だった。



* * *





「いやあああああーーーーッ!!!!」


ようやく追いつけたとバウルに運んでもらったザーフィアス城の天辺で、見えたエステルが悲痛な声でそう叫んだことに、ユーリ達は辛そうに顔をしかめながらも荒れ狂う大気のうねりを気にすることも出来ず、届きそうで届かない距離を歯痒く思うばかりだった。フィエルティア号の船首にしがみ付き、身を乗り出してエステルの姿を確認するユーリの瞳には聖核を利用した球体に閉じ込められている彼女とその側で不敵に笑んでいるアレクセイの姿があり、地面に無造作に四肢を投げ出して横たわっているルークの姿さえも見えれば、可能ならば今すぐにでもアレクセイを殺してやりたいと、そんな思考にすら囚われそうになって仕方がない。
球体の中でエステルは苦しそうに顔を歪めて、自分の力を抑えることができないようだった。
道具として、アレクセイに扱われている。
ふざけるな、とユーリは怒鳴り散らしてやりたいと思った。
満月の子と呼ばれる存在だろうと、エステルは自分たちと変わらない、人間なのに。


「エステル!ルーク!!」
「ああ…ッ!!」
「エステル!!」
「てめぇ、アレクセイ!!」


名を呼べば、もう嫌だとばかりに辛そうに声を上げたエステルに、堪らずリタが名を呼んでしまったのだが、肝心のエステル自身には届いていないようで激情に駆られるままユーリはアレクセイに対し怒鳴り付けた。そんなユーリの背後でレイヴンの目は死んでいた。すっげぇシリアスモードの時に悪いんだけど、大将一体どうやって嬢ちゃんを操れたんだろう、とむしろそんな感心すらしてしまう。とんでもない発言の連続にトラウマを覚えたのは結構新しい記憶過ぎてなんかすでに泣きそうなんですけど。


「弱気になるな!!エステル!今、助けてやる!」


危険を承知だろうに、それでも助けようと飛び移って来たユーリに、エステルは瞳に涙を溜めながら手を伸ばしていた。スローモーションで2人の世界を繰り広げているのだが、本来の流れをきちんと沿っている辺りなんだか恐ろしい話でもあるのはレイヴンだけの気のせいではないです。
不敵に笑んだアレクセイが聖核を翳した瞬間また展開は変わるのだけれど、バクティオン神殿で切り捨てられるまでに何回かルークを押し倒してはエステルの秘奥技を食らっている姿が思い出されて直視することはレイヴンには出来なかった。知らないユーリが幸か不幸か知らないが、後日アレクセイが首筋に付けたキスマークにブチ切れたユーリがザウデ不落宮の攻略を放置して足腰立たなくなるまでルークを抱いたのはとんでもない後日談ではある。放置された某トロロヘアーな変人は放置プレイされ過ぎて自分の秘奥技の台詞で噛むことになった。まいたけ聖剣よりマシである。


「うわああああ!!」
「ユーリ!!」


絶妙なタイミングでエステルの力を操作したアレクセイにより、ユーリの手がエステルに届くこともなければ勢いよく吹き飛ばされて危うくフィエルティア号から落下しそうになって堪らずカロルが悲鳴染みた声でユーリの名を叫んでいた。
涙を溜めたエステルの瞳が、揺れる。
そんな顔をして欲しくはないとリタが辛そうに顔をしかめた隣でレイヴンはいまいちシリアスモードに切り替えられない自分自身になんだかいろいろと泣きたくなって仕方なくなった。
真剣にエステルを助け出そうとしていたユーリに、多分彼女は自分が助け出されるよりもユリルクを望んでいるのでルーくん助けたら自力で帰ってくるんじゃないの、と言えるものなら言ってみたいところでもある。当然言えるわけがないが。


「これ以上…(私の書いた妄想話を)誰か(に見られて心)を傷付ける前に…お願い……」


あれっ、なんかいま幻聴が聞こえた?と。
レイヴンは内心首を傾げたが、実際に首を傾げるには周りがあんまりにも真剣にシリアスモードONになっていたからできなかった。その隣でユーリやリタには聞かせられないわね、とジュディスが微笑んでいることに気付いたらそこで立ち直れなくなるほどへこむのは間違いなしなので気付かない方がいい状況ではある。とりあえず聞こえた副音声だか幻聴だかはなかったことにした。一度裏切っただけにちょっと肩身狭い部分があるものの、おっさんにだって心の平穏を保つだけの権利は欲しいなぁ…とそんなささやかな願望故にことだったのだが、今後一切叶うことのない願望であることを、今はまだ知らないのは果たして幸と言うべきか不幸と言うべきなのか。


「殺して」


涙を溢しながら小さな声で、それでも確かに言ったエステルの言葉に、これには全員が全員愕然と目を見開いたのだが、果たしてその中に正解があるかは誰にもわからない話ではあった。大半の人間は世界の毒として、満月の子としての生をもう手放したいと受け止めたのだろうが、実際はなんだかなぁ、とレイヴンは思わず顔を引き攣らせてしまっている。
そんなこと言わないでよ!!とリタが叫ぼうとし、ユーリがもう一度エステルの名を呼んだその時これまたある意味いいタイミングでアレクセイがエステルの力を操作して問答無用にフィエルティア号は吹き飛ばされたのだが、荒れ狂う大気のうねりのその中、ある一枚の紙がレイヴンの顔面に貼り付いた時にはもう何度目になるのか、流石にレイヴンも凍り付くしか他に反応の持ち合わせがなかった。


『僕らの箱庭・フレン×ユーリ(R18) 〜幼少期・下町での二人の生活〜』


多分なにかしらの表紙だったんだろうなぁ、と。
思わず死んだ魚のような目になってしまうほどの肌色ばかりが目に付く一枚の紙を眼前に、最後の力を振り絞ってレイヴンはエアスラストを唱えて失神した。ノンケな人間には拷問でしかない程の、仲間同士のBL本だった。無理もない話だった。







その後フィエルティア号ごと飛ばされカプワ・ノールへと移動した一行ではあったが、宿に着いてからベッドに横たわって体を休めるパティとカロルにレイヴンが泣きついたのだが、あんまりにも哀れな姿に誰も何も言わないのがまた惨めな話ではあった。そのうちエステルじゃなくてパティに今までのことから全てを含めて懺悔でもしそうだなぁ、と誰が思ったかはさておき。
ゾフェル氷刃海やら一人で行ってしまったユーリを追いかけて仲間の絆を深めるだと言ったイベントを熟してザーフィアス城・御剣の階梯に辿り着いた時、なんでかエステルの捕えられている球体の中にルークも一緒に捕らわれている事実にレイヴンは本気で泣きたかったが、ユーリ達の前だったのでなんとか我慢して乗り切った。アレクセイがひたすら哀れに思えるのは、多分ルークも捕えてくださいとよくわからないお姫さんの描くシナリオ上、無理やりにでも頼み込まれたせいだろう。
なんら疑問に思えないユーリ達がレイヴンは羨ましくて仕方なかったが、そんなことはお構いなしに話は進むのだからどうしようもなかった。それでも精一杯頑張るおっさんは素敵です。


余談だが、秘書のクロームが差し出したルークの上着を受け取った際に、レイヴンだけに聞こえるように「私はずっとアレシュヴァだと思ってました」とそんなエステルの影響を受けたカミングアウトをしたのだが、レイヴンがショックを受けるよりも後日聞かされたフェローの方が胃痛持ちになったのは、デュークのみぞ知る話である。
父×デュークだったのですか?と聞かれてレレウィーゼ古仙洞でデュークが石化するまで、あと何日か…。




End...?




素直に酷い話だと自分で書いておいてなんですがそう思いました(滝汗)


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