ザーフィアスのお城に政治の兼ね合いで先帝の遠縁だとかその他のごちゃごちゃで担ぎ出されたエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインは、周りには周りの都合があるように、自分がいま外出を禁じられていることもここに居なければならないこともよく知っていたのだが、暇なことは本当に暇であったので、ついつい、本がお友達となった日常を送っていた。が、うっかり外れた道に急カーブどころかストレートに突っ込んでしまったのは、彼女がまだ十六歳の時。メイドにちょっとした頼み事をしようとしてうっかり目に付いた本を手に取り、うっかりその中身を熟読してしまい、あまつさえうっかりその続きを頼んでしまったことが、そもそもの間違いだったのかも、知れなかった。窮屈なお城での暮らし。友達と呼べる存在は当たり前に居らず、それどころか気軽にちょっとした話をする相手にも恵まれていなかった彼女は、あるメイドの持っていたその分厚い本、たった一つで今までの価値観が全てひっくり返されてしまった、と言っても間違いではなかっただろう。
一気に読んでしまったエステリーゼは、濃厚なと言うべきか濃密なと言うべきか。
たった一冊の本を腕に抱えて、心の底から思ってしまった。

ああ、ホモってなんて素晴らしいんでしょう…!

感極まって続編を所望してしまったエステリーゼに、やらかしてしまったメイドは海より深く後悔したが、素質のある人間がはまってしまったのだからもう遅い、と出し惜しみはしなかった。
エステリーゼ様のおかしな青春時代の幕開けであったが、直接被害を被る人間はまだ何も知る由もなかった。
以降、エステリーゼ様の腐女子進行度が、がっつり進むことになる。




* * *



エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインが十八歳になったある頃。彼女は元々の素晴らしい想像力、もとい妄想力も拍車を掛けて、実に立派な腐女子と化していたのだが、そろそろマンネリを感じ始めてどうしようもないぐらい新たな刺激が欲しくて欲しくて仕方ない時期へと突入しつつあった。
騎士団の人達を見て妄想するのも、騎士団長を見てシュヴァ×アレなのかアレ×シュヴァなのか考え尽くすのももうそろそろ飽きが入って来たところであるし、最近新たにフレンと言う金髪爽やかイケメンと言う要素の投下はあったものの、彼は下町で親友だと言うユーリと言う青年とフレユリなのかユリフレなのかそういうことに使ってしまったら、アレクセイを相手にするのもシュヴァーンを相手にするのもどうにも上手くいかなくて、なかなかにこのもやもやが晴れなくて、ちょっと本気で煮詰まってしゃあない気分でもある。
そもそもフレンは時々会うことができるからこそなんとでも妄想のし放題ではあったのだが、ユーリと言う人物は会って会話もしたことがなかったので、口調どころか女性と間違われるときもある、とそれだけの情報ではエステリーゼも逆に妄想のしようがなかったのだ。
腐女子になってまだそこまでの年数を重ねたわけでもないので、ハマり立てとそう大差のない彼女はもっとがっつりとしたホモが欲しかった。
メイドもそろそろネタ切れ感が否めないし、どうにかしてもらいたいのだが、こればっかりはどうしようもないのだろう。自家生産を頼むには、ちょっとメイドにしてもハードルが高かった。
そんなこんなばかりを考えて過ごしていたある日。
そういえばアレクセイ×ヨーデルでも別にありじゃないんですかね、と容赦なくもう一人の次期皇帝候補も巻き込んでがっつり妄想していたエステリーゼに、フレンがまさかのヤンデレ候補に命を狙われているという情報が入り、居ても立ってもいられずそのヤンデレ状況を見学しに自室を飛び出してしまった。
よくよく考えずともこれは大問題に発展しかねない行動なのだが、そこはエステリーゼ様。きちんと件のメイドに生ヤンデレを見に行ってきますと書置きして飛び出していった。もちろんメイドはこりゃまずいな、と思ったが、最近のエステリーゼ様はこのままだと百合方面も開拓しかねないので目を瞑ることにした。大問題だがここで見逃さないと話も進まないしいいだろう、と適当な判断。
と言うよりも姫様のディバイドエッジを食らって生きている気がしないので止められるはずもなかった。
生ヤンデレなんてそうそう居ないから大丈夫だろう、城の中だし。
と思ったメイドの判断は概ね正しい。事実城に居たヤンデレ(仮)はただの戦闘狂なはちみつ大好きさんだったし、フレンが狙われているのがヤンデレさんじゃなけでばエステリーゼ様も一度は戻って来るだろうと高を括っていたのだが、まさかメイドも思ってもいなかった人物が、その場に居合わせていたのだ。

毛先に従って金色へと変わる朱色の髪に、宝石のような、翡翠色の瞳。
白皙の美少年の隣に、これまた例のユーリと言う人物も居たのだから、美形×美形が大好物なエステリーゼ様が、戻ってくるはずがなかったのである。



「俺はルーク。ルーク・フォン・ファブレって言うんだ。ユーリとは下町で一緒に暮らしてて…面倒見てもらっててさ。なるべく足を引っ張ったりしないように、おれがんばっ」
「だから、お前にこっちは助けられてることも多いんだから、そんな風に言うなって何度も言ってんだろ?」
「ってなにも殴ることはないだろ?!ユーリの鬼!」
「失礼な。ちゃんと加減してやっただろ?誰が鬼だ」
「うう〜…ユーリのいじわる…」


そのやり取りを見て、エステリーゼは思った。
ユリルクキタ−−−(°∀°)−−−!!と。
ヤンデレよりもいいものを見た彼女は、そうして旅立ってしまったのだから、なんかもうどうしようもない話ではあったのだ。



* * *




エステリーゼ様がエステルと呼ばれるようになって旅を初めて早数か月。
いろいろと何やら世界に関わってくるような…とまでは言わないものの、確実にエステルが城を出た結果かなりいろいろな問題が浮上しつつあったのだが、そんなことはお構いなしにエステルはそのいろいろをほっぽっていろいろと妄想を充実させつつ日々を楽しんで過ごしていた。本当に、いろいろと。
初めて出た旅で出来た友達にも誰にも自分腐ってますとそんな聞く側が恐ろしくなるようなカミングアウトはしていないものの、日々のユリルク充はエステルの創造…妄想よりもがっつり上を行っており、そのうち鼻血でも出さないものかとハラハラしているものである。
愛くるしいルークはどうやら身寄りがないらしく、一人でさ迷っていたところをユーリが拾って一緒に下町で生活するようになったと言うことらしいが、この時点でエステルの中で二人の同棲生活に関してありとあらゆる妄想が繰り広げられ、それこそ悶え死にそうになったのだが、ルークが十七歳と言う年齢のわりにどこか幼い部分もあって、且つレイヴンのかます下ネタに何一つ理解をしていないところから、頼れる下町のお兄さん×貴族の美少年ではなく、面倒見のいいお兄さん×七歳の男の子に切り替えた。
がっつりルークの実年齢を引き当てたことになるのだが、そこはエステルの妄想力故に、としか言えないだろう。乙女の妄想は時として真実を照らすことになるのです。
見た目こそ青年に差し掛かりつつある少年だというのに、その手の知識が真っ白であることがエステルのツボでもあった。美味しいポジション過ぎるだろうユーリめ…!とはエステルも思わないかわりに、ジュディス×ルークもありだな、とも思っていたりする。一度受け子だと決めたら、その子に対して誰とでも絡ませて総受け状態にするのはエステルみたいなタイプではよくある話でもあった。
ユリレイならもしかしたらいけるかもな、と言うよりも先にレイルクにしたらルークがレイヴンに穢れた大人の世界に連れ込まれてしまいます…!とそんなことを考えていたりするので、とてもじゃないがリタやパティ、カロルたちには頭の中身を見せるわけにはいかない。

エステルは、毎日が幸せで幸せでいっぱいだった。
そりゃあ旅に出て楽しいことだけではなく、時には辛く苦しいこともあったけれど、大切な仲間と出会えて、目的もあって、城に居た頃のように流されるまま過ごしているときと比べたら今の方がずっと良いと言えるのだけど、けれどずっとこのままかと言えば、そうではないだろう予感はどこかでしてはいたのだ。
己の持つ力でベリウスを死なせてしまった時も、フェローに世界の毒だと言われた時も、薄々自分は世界にとって居てはならない存在なのでは…と思わなかったと言えば、そんなことは嘘になる。
ユーリとルークを見てユリルクユリルクほいほーい!だとか先日うっかり初めてキスする場面を見てしまってついつい浮かれてしまうエステルだって、いくら腐っていても女の子なのだ。
だから、ミョルゾで壁画の文字を、残す意味を知ってしまった時は傷ついたし、自分が本当に世界にとって死を望まれている存在だと知った時は受け止めきれずのに逃げ出してしまうほどだった。
みんなの前ではそれこそ無理やり涙だけは見せまいとしたけれど、ショックなものはショックだし、どうして、なんで、とそんな思いは止められるはずもない。
再三言うが、エステルは傷ついていたのだ。
心にがっつりぐっさりと言葉が突き刺さって、血が噴き出していた、と言ってもいい。
現在進行形で傷心中だった、と言うのが飛び出したエステルの心境だった。
だから、うっかりなんかレイヴンが裏切ってアレクセイに引き渡されたとき、ちょっと限界が来ていた。
傷ついていたのである。
世界にお前なんて必要のない存在なんだよ、と言われたような時だったのである。
彼氏に振られた女だってこんな惨めな思いはしないだろう、とはエステルも彼氏なんていたことがなかったので思えなかったのだが、どうせアレクセイに利用されて利用されてポイッと命も捨てられることになるのなら、ここ数年抱いていた疑問を解消してから殺されたっていいだろうとそんな結論に至ったりもした。


自棄だった。




「それで、結局はアレクセイ×シュヴァーンなんです?それともシュヴァーン×アレクセイなんです?どっちなんです?」


にこりと球体の中に捕らわれて苦しいだろうエステルの言った言葉に、アレクセイの元に戻って話をしていたシュヴァーンはちょっと本気で自分がもう死人同然だなんてそんな考えも吹き飛んで、言われた言葉の何一つも理解しきれぬまま、「はあ?」とそんな言葉がぽろりと口から零れていた。ぶっちゃけ時が止まっていた。
バクティオン神殿云々全部吹き飛んで、思わずアレクセイを3度見してしまうほど、全力で意味がわかるはずがなかった。
予備知識0の人間に腐ってる女の子と会話しろはちょっとどころかかなり厳しい。
しかしアレクセイはシュヴァーンにどうにかしろと目で訴えており、逃げることも誤魔化すこともできないシュヴァーンは結構がっつり途方に暮れた。つーか×ってなに。

「あ、CP名を言うのではわからなかったです?ええと、アレクセイがシュヴァーンに突っ込むんです?それともシュヴァーンがアレクセイに突っ込むんです?どっちなんです?」
「は?」
「どっちがセックスの時に女役をやるのか、それを私は聞いているのですよ、レイヴン?」

語尾にハートまでつけて言ってしまったエステルの言葉に、ようやく気付いたシュヴァーンは開いた口が塞がらないとばかりに、かなり現実を直視したくなかったりもした。
え、うそ。なんかおっさんホモと勘違いされてる?とうっかりレイヴンが混じりながらも困惑したままアレクセイを振り返ったのだが、憎らしいぐらい動じてもいなかったのだから、これにはさすがにシュヴァーンも心臓が作り物になってから久しく抱いていなかった騎士団長へ対する殺意が軽く芽生えた。が、とにかくノンケである以上その手の誤解は解決したい思いの方が強かったので無理やり流した。捕らわれの身ながらもとんでもないことをぶっこんだエステルに、もしこのまま勘違いされてユーリ達が助けに来た時にシュヴァーンは実はアレクセイとできてました、なんてそんな事実無根なでたらめを言われては堪ったものではない。自分が楽しむために聞いたとは、腐女子という概念のなかったシュヴァーンは気付けなかった。
可愛い女の子が男同士の絡みを好ましく思うなど、夢にも思えない。

「ちょ、ちょーっと待ってよ嬢ちゃん!おっさん違うから!そっちの気は全くないから!勘違いダメ絶対!!」

裏切ったことをがっつりスルーして、とにかく死人だとかその手のことはかなぐり捨ててシュヴァーンは訴えたのだが、流石はエステル。全く聞いちゃいなかった。
アレシュヴァかシュヴァアレかぶつぶつ言っているエステルに、これは不味いとシュヴァーンの顔から一気に血の気が引く。もう頼むから勘弁してくれ!と泣きたくなるような心境でシュヴァーンは必死になって叫んだ。

「ちっがーう!おっさんはノンケ!おっさんはずっと、キャナリのことを愛してるんだってば!!」

勢いに任せてとんでもない青春の日々の暴露であったが、女の人の名前を出したシュヴァーンはその瞬間のエステルの顔を見て、裏切ったことよりも何よりも口にしたことを後悔した。
スポットライトがエステルにあたっている。
膝から崩れ落ちるようにエステルはその場に蹲った。
お前だから球体の中に閉じ込められてるんじゃ…とは誰も言えなかった。

「そ、そんな…まさかあのシュヴァーンが本当にノンケだったなんて…!嘘です信じられません!こんなことって、こんなことってあんまりです…っ!!」

人を勝手に騎士団長とできていることにしたあんたの方があんまりだ、とシュヴァーンは思ったが、この時点でちょっとああ、大将の計画もこりゃ潰れるな、とそんなことさえも思わずにはいられなかった。
アレクセイに向かってなら誰とできてたんですか?!とそんなことを問いただす満月の子とは、如何なものだろう。
部下の性欲なら処理してやったこともあるぞ、とドヤ顔で語ったかつての憧れの存在は、さっさとくたばればいいのにとついシュヴァーンも思ってしまうぐらい、酷い話の内容だった。
受けだけが居ても意味ないんです…!と女の子にそんな泣き方をされたのは、初めて過ぎてどうしたらいいのかわからない。


「じょ、嬢ちゃん…あ、あんまり騒ぎすぎるとルーくんが起きちゃうから、ね?」

実は連れ去る場面を目撃されたからこそルークも一緒に気絶させて連れて来ているから、静かにしろとシュヴァーンは訴えたのだが、エステルがそう受け取るはずがなかった。

「そうですレイヴン!今ここでルークとくっ付けば万事解決です!」
「なにーーー?!!!」
「ルークはとっても愛らしいです。美少年です。ノンケでもぐっと来るものはある筈です。シュヴァルクのどろどろとした関係に引きずり込んでユーリとの三角関係をどうぞ築いちゃってください!」
「嬢ちゃん待って!落ち着いて頼むから!!」

最早半泣きの状態でシュヴァーンはエステルに必死に頼み込んだのだが、やっぱり案の定がっつり通用するはずがなかった。
でしたらアレクセイでも構いませんよ?アレルクです?
と小首を傾げて聞くお姫さんが今閻魔様より質が悪い。
シュヴァーンはもう土下座だってなんだってするのでエステルに正気に戻って欲しかった。
そのためにはとりあえず数年前にまで遡らなくてはどうしようもなかったのだが、まさか知るわけもなく。

「…いいだろう。姫がそう望むのなら、乗ってやっても構うまい」
「なに言っちゃってんの大将?!あんたただの変態になってるよ!!」
「安心しろ、シュヴァーン。私はどちらでもいける」
「安心する要素がどこにもないんだけど?!ちょっと大将!うそ、マジ…ちょっと!」

シュヴァーンの静止になど耳もくれず、床に横たわるルークに近づくアレクセイに、もうここで計画全部御破算してやろうかとシュヴァーンは額に青筋を浮かべてそう思ったが、案外乗り気な騎士団長にかつてないほどドン引いて言葉など何一つ出やしなかった。
ドキドキと興味津々にその様子を見ているエステルからもかなり引き、と言うか人前でことに及ぼうとする神経がよくわからん、ともうちょっとだいぶ投げやり気味にもなってくる。
見た目が普通にタイプだったらしいルークに忍び寄る魔の手に、けしかけておきながらもエステルはこれから無理やり抱くのですね…!と嫌な興奮をしていた。
シュヴァーンは本気で泣いた。もうこんな連中嫌だ、と全力でレイヴンに戻りたくなった。

「言っておくが姫、途中でやめろは聞かんからな」

言いながらルークの服に手を掛けたアレクセイが、そのまま力任せに上着を脱がせた瞬間、ボタンが2つとも引き千切れて部屋の隅に転がり、あんまりにも理不尽に振り翳されつつある暴力に、エステルがひっと引き攣った声を上げた。
ようやくわかってくれたかとシュヴァーンはこれ以上はさすがにないとアレクセイを止めようとしたのだ、が。



「は、は、破廉恥ですぅーーー!!!!!」

え、やれって言ったのお姫さんの方だよね?と言うツッコミがされる前に、眩い閃光が放たれ潜んでいた一室は瓦礫となって吹き飛んだ。セイクリッドブレイムだった。



後日ヘラクレスにて見事レイヴンに戻れた元騎士団隊長主席は、もうやだあそこの人達…とカロルとパティに泣き付き、口が裂けてもバクティオン神殿でなぜああも騎士団長がぼろぼろだったのかは語らなかったと言う。
次はやっぱりユリルクフレですね!と意味のわからない単語を言っていたお姫様にかなり怯えることとなったのだが、この一件が過ぎた後、闘技場で入手した称号に、シャルリーアシュルクヴェイティトポン★と魔法の言葉を唱えられ、失神することになるのは、また別の話である。


End...?


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ネタが出たらもしかしたらもう何話か書くかも知れないです。よく支部に上げれたなと言う(苦笑)。




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