「レティが消えたってさ」




淡々と。
普段と変わりないように、素っ気なく告げたつもりのシンクの言葉に、冷蔵庫の扉を開けて、中から卵を取り出していたラルゴはその声がどこか震えていることに気が付いたが、そのことには何も言わず、代わりに「そうか」と、たったそれだけの言葉を返していた。
ぴくりと僅かに動いた表情に苦々しく顔をしかめて、けれどそのまま、腹を空かせた子ども達の為に食事の準備をする手を止めることは、しない。
「あんた知ってたわけ?」と続けて問うシンクに、ラルゴは卵を割りほぐしながら、答えた。
巨体が台所でオムライスを作る光景はなかなかに珍妙ですね、と聞き耳を立てつつ、食器の準備をしていたディストがそんなことを考えていた。


「はじめから知っていたわけではないがな。レティが最後にと選んだのはアリエッタで、偶々その場に俺も居合わせていたに過ぎん。理由もよくは分かっておらんし、実感も湧かぬな。…まだ、あの子の中で、ニコルをあやしているのではと、そんな風に思ってしまう」
「……アリエッタは?あいつ、姿も見えないんだけど」
「クイーンの墓の元へ行った。夕飯までには戻ると言っていたが、おそらくそんなに早くは、戻って来れぬだろう」
「なにあいつ。今この時に墓参りに行ったの?」
「いや、レティの願いを叶えに行った。もし許してくれるのなら、この世界に生きた証として、アリエッタが貸してくれた服をクイーンの墓と一緒に、埋めて欲しいと。もしダメだったら、アリエッタと揃いで買ったブレスレットを埋めて欲しいと。アリエッタは服を埋めに行ったよ。ブレスレットを埋める方が嫌だったらしい。友達の、親友の証だと言って、自分が着けるそうだ」


そんなに仲良かったんだ、あの2人。
と、茶化すように…けれどどこか震える声を隠せないまま言ったシンクの言葉に、ラルゴは何も言わずにフライパンに油を敷いた。
いつも騒がしいディストが黙っていることも、シンクの声が震えていることも、ラルゴ自身、胸にぽっかりと穴の空いたような喪失感が拭えないことも、全てあの子ども達の影響なのだろう。
以前など、六神将と言っても名ばかりでそんなにお互いを気に掛けようと思わなかったと言うのに、気が付いたら同じ空間に居ることが当たり前となっていて、共に過ごすことが日常となってしまった。
代わる代わる頑なな何かを溶かしてくれた、あの子ども達。そう遠くない未来、1人になってしまう。
そしてディストが言うには、その1人もやがて、このままでは消えてしまうそうで。


「レプリカは死んでも、骨を残すことも出来ず、消えるしかない」
「……それがなんだって言うのさ」


あんた喧嘩売ってんの?と不快そうに言ったシンクに、しかしラルゴは静かに首を横に振ってから、続けた。


「目の前で死んだら、その消える瞬間を目にすることで、確かに分かる。もう居ないのだと。けれどあの子達はそれも出来ん。本当に死んだのか、どうなったのか、誰にも分からない」
「……」
「悲しいことだ」


オムライスを作りながら言うラルゴの言葉に、シンクは仮面の下で苦々しく顔をしかめながらも、否定は出来なかった。
空っぽなシンクの心だって、確かに痛みを覚えている。
そして知ってもいたのだ。
あの死神だって、どうにか出来ないものかとずっと、助ける術を、探していることに。


「俺はこのままニコルの面倒を見たあと、一足先に神託の盾を抜ける」
「ちょっと、それどういうことなのさ」
「アリエッタも着いて来るそうだ。ルークともう一度話したいと望んでいる。その結果次第でどこへ行くかは分からないそうだが、とにかく総長には付き合い切れんらしい」
「……恩だとかそういう話は?フェレス島とか、どうするつもりなんだよあのバカ!」


言いながら壁を殴ったシンクに、追い討ちを掛けるが如くディストまでもが「私も抜けさせて頂きますよ」とそんなことを言ったのだから、余計に打ち拉がれてシンクはちょっと立ち直れそうになかった。
横目で様子を伺いながらも、ラルゴは手を止めないまま、とにかく夕食を作り続けている。

レティが消えた。
高が死に損なっていたレプリカが今更になって消えた。それだけのことだとは、ラルゴだけでなくディストももう思えなかったことであるし、アリエッタに至っては親友が死んだのだ。
次はきっと、ルティの番。
最後がニコルで、全員消えてから、ルークが目を覚ます。
仕方のないことだ。
むしろ今の状況の方が、無理やり繋ぎ止めているようなものなのだ。

摂理に反していた、消えるべき存在。

それなのに、堪らない。
子ども達が消えて行くその事実は、ラルゴにもディストにも、アリエッタにとっても、確かに痛みだったのだ。



「シンク、お前はこれから、どうするつもりだ?」



問われても、シンクは返すべき答えを、持っていなかった。





120727
--------------
自意識過剰な僕らの窓・11



凄く…久しぶりの、更新です(滝汗)。
六神将家族化してしまいました。次の拍手更新はおそらく早い筈です…!><


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -