「ああ、そう言えばニコルがドーナッツ食べたいと言っていたので、ラルゴに頼んでましたっけ。すっかり忘れてました」


あっさりと黒獅子ラルゴなどと言う二つ名を持っている神託の盾騎士団の人間が、よりによってその強面でドーナッツを作っていると言う事実を肯定したレティに、その場に居合わせた人間の思考回路が物の見事に停止した。子どもの3時のおやつにドーナッツとは、お前は家事の出来るパパさんかバカヤロー!と膝を着いていたガイの頭に過ぎったのはそんな仕様もないことだが…隣で頭を抱えているアッシュにこればかりは申し訳なくなったので、そこからはあえて考えなかったことにする。
ああ、あいつやたらと料理は上手かったからな…、と呟いた言葉は全身全霊を掛けて聞こえなかったことにした。
握り飯の味を思い出しているアッシュの顔色は、最高に優れない。
あの巨漢が握り飯を作った時点で、その反応をしておくべきだったのでは?と思ったが、言える筈もなかった。
「良いパパさんなんですね、黒いライオンさんは」なんて言い兼ねないジェイドも、ここは何も言わなかった。むしろ何か言える筈もなかった。

ドーナッツ作る強面おっさん、想像したくない。



「ラルゴには悪いことをしましたね…アリエッタ、今すぐフレスベルグに手紙お願い出来ますか?もう少し掛かるので、揚げたてのドーナッツに乗せる用のアイスクリームもお願いします、と」
「太る組み合わせして楽しいの?レティ」
「私はドーナッツだけで全然良いと思ったんですけどね。ルティがその方が美味しいと訴えてますので」
「……カロリー上乗せするだけだって分かってて言うなら、どうせ止めても聞かないんだろうね」
「ラルゴには申し訳ありませんけど。どうしても食べたいみたいです」
「あ、ならついでに夕食のハンバーグ用の挽き肉しまっておいたって伝えてもらってもいい?アリエッタ、頼んだよ」
「了解、です。ちょっと待ってて下さい」


言いながら、さっさとどこからか取り出した便箋に言われたことを書き留めたアリエッタは、今頃台所で途方に暮れているだろうラルゴに手紙を出すべく、フレスベルグをダアトへと飛ばした。それを読んだパパさん(涙)は市販のものでなくわざわざお手製のアイスクリームを用意し始め、すっかり毒されたディストが涙を堪えてとりあえず食器を片付けて口を噤んでいることを、まあ予想出来るだろうに手紙を出させたレティは、身内にだろうと容赦がない。
頭数が一匹なくなってはしまったが、レティはそれでも不利になったとは欠片も思わず、アッシュ達を、被験者達を鼻で笑った。
お前夕食まで作ってんのかよ黒獅子ラルゴ…!と全員が全員、頭抱えて精神的に大ダメージを食らっているから、当人達は気付いてもいないのだが。


「で、今から叩きのめす感じなの?レティ、アリエッタ」


いや、既にパパさんな黒獅子の話で十分叩きのめされていますけど、とは誰も言えず、何てこともないように言ったシンクの言葉に、どうにかジェイドとアッシュは身構えた。
アニスとガイの治療を行っているティアとナタリアが動けない今、目の前の3人とライガ達を相手にするのは自分達しか居ないのだ。
せめてシンクが居なければ、と一瞬過ぎった思考に馬鹿なことを考えたとジェイドは心の中で皮肉げに笑う。
少女2人を相手にしていただけで、この現状だと言うのに。



「そのつもりでしたが……いいえ、止めましょう。這い蹲るものを更に踏み潰すような趣味はありませんので」
「…………」
「どこがだよ、とシンクが言いたそうな顔をしている気がしますが、寛大な心で許して差し上げます。エンゲーブに寄ってりんご貰って帰りますよ」
「……本気?」
「それ以上意外そうな顔をしたら、次はないです」


二重の意味合いで向けられた言葉に、顔を引き攣らせたのはシンクだったが、てっきり本当に殺されるんじゃなかろうかとジェイド達は思っていただけに、思わず訝しげに顔をしかめてしまったのだが、その反応にレティは小馬鹿にしたような目を向けただけだった。
ふてくされてしまったアリエッタを宥めて、それでも「行きますよ」とそこは譲らない。
フレスベルグに乗ったレティとシンクに続いて、一番最後まで残っていたアリエッタは攻撃をすることはしなかったけれど、残された人間を睨み付けて、言った。



「アリエッタは、恥ずかしい。レティ達に、お前達なんかと同じ被験者って見られるのが、本当に恥ずかしい、です…!」


忌々しげに放たれたその言葉に、反論する術を持った被験者は、居合わせていなかった。



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あたたかな午後の日溜まりの中で、眠り続ける子どもに寄り添うように、その子は居た。
ベッドに寄せた椅子に腰を掛けて、ぶらぶら足を揺らしているのは正直、行儀が悪いのだが、その観念の方がこいつには無いのだろう。
壁に寄りかかりながら、ルティは暫くその光景を眺めていたのだが、椅子に座る子どもがある歌を口ずさんだ途端に、呆れたように溜め息を吐いてやった。

約束の歌。
ここに、あなたに、隣に、かえる為の、歌声。



「バカなことをやったなぁ、お前は。想像力がちょっと足りなかったんじゃないの?人の心は、強く出来ているようで案外脆いんだ。この結果が出るだろうと予測されて、どんな気持ち?」


問えば、子どもは口ずさむのを一度止めて、唇を尖らせた。
その反応にルティは笑う。
はいはい、ごめんごめん。なんて言いつつも笑えば、幼子のように、こいつは拗ねるのだ。


「…そこまで分かってなかったんだよ。こうなるなんて分かってたら、僕だって望まなかったもん」
「どうだか。結局何だかんだ言ってあんたもお人好しだから、見捨てることが一番出来なかった癖に」
「必要を迫られたのなら、出来るよ。子どもじゃないもん」
「精神的な年齢がここでは反映されるって、そう言ったのって誰だったっけなぁー」
「…ルティのいじわる」


すっかりふてくされてしまった子どもに、ルティは笑いつつ適当に頭を撫でてやった。
ベッドに朱色の髪をした子どもが、横たわっている。
側で眠るのはニコルだった。
交代の時間には起こしてやらないとな、と思いつつも、今頃きっとダアトに戻る過程でシンク相手にえげつない程愚痴を言ってるだろうレティの姿が想像出来るだけにしたくないのだが…口にするのも躊躇うレベルの暴言は流石に不味いだろ。
ここでは、聞こうと思えば簡単に、聞こえてしまうのだから。


「もうすぐ、きっと目を覚ますよ」
「ふーん」
「ここはこの子の場所だもの。ずっと眠り続けれる筈がない。体が心を探すんだ。いっしょじゃないから」
「そりゃあ、一緒だったらこいつも生まれてなかっただろうしな」
「ルティ」
「別に悲観的ってわけじゃないさ。そんな顔するなよ。事実を述べているだけ。アッシュとルークはイコールだけど、ルークと俺たちは違う。そう言った面では、完全同位体になれなかったのは髭は死ねばいいけど、俺は…わたしは、そこまで思ってもいないよ」


ぽんぽん、と朱い髪を撫でながら言ってやれば、堪えられなかったのかその瞳からぽろぽろと子どもは涙をこぼし、幼子のように泣きじゃくった。
苦く笑いながら、背も撫でてやる。
心が悲鳴を上げているのだ。
感化されて、眠っているニコルの瞳からも、あの子の瞳からも、涙がこぼれる。
拭ってやるには手が足りないな、と言ったら、余計に泣かれたから苦く笑うばかりだった。



「そんなに泣くなよ、レイラ」


はじめから分かっていた話じゃないか。

そんなに時間は、残されていないのだと。



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自意識過剰な僕らの窓・9



段々と…更に話が重苦しい方向へ…(滝汗)。そろそろ話も軌道修正したいです。シンクとルークの話が目標だったのですが…アリエッタが思ってたより懐きました。ラルゴは完全に予想外です(苦笑)。


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