後悔だけは、どうしても出来ない。しようとも、思えない。


「待って下さい!レティ!アリエッタ!」


悲痛な声でそう叫んだイオンの言葉に、けれどレティは何の反応も見せず引き下がり、代わりに顔をしかめたのはアリエッタだった。
純粋に『イオン』を慕っていた、幼い少女の反応に説得するなら彼女の方かとジェイド達も視線を向けるが、しかしその瞳に困惑だけでなく憎悪まで宿されていては、安易にそう言った手段も取れやしない。
レティと共に少しだけ距離を開けたアリエッタは、かつて自分が着ていた導師守護役の制服を着た朱色の少女と手を繋ぎ、憎しみだけを瞳にただ込めて、イオンを、そしてティアとジェイドを−−−あの場に居合わせた人間を、睨み付けた。
震える手を、レティがしっかりと握り返してくれる事実を支えに、それから。


「ごめんなさい、イオン様。でも、アリエッタは、レティと同じ。アリエッタだって、ダアトの恥曝し、許せない!」


キッと睨み付けたアリエッタの口から、まさかその言葉が出るとは流石に思っていなかったので、こればかりはレティは少し驚いたように目を見張ったあと、すぐに顔をしかめた。
そういえば、と思い当たる節がある。
ローレライ教団のお財布事情を好き勝手にいじっている際に、何度かアリエッタに『ティア・グランツ』と『アニス・タトリン』の説明を毒を混ぜて教えたのは、レティなのだ。
当然、言われたダアトの連中は顔を真っ赤にして(と言っても一人だけか)(流石に)怒ったが、そこを気にするような人間は、生憎ここには居合わせてはいない。


「ちょっと!は、恥曝しってどういうことなの!」


喧しく喚いたティアの言葉に、アリエッタは更に険しく顔をしかめ、怒鳴りつけるように、言った。


「黙れ、です!そこの軍人も許せないけど、アリエッタ、それ以上にお前だけは、絶対に許せない!お前はママの仇だけじゃない!アリエッタの、弟や妹達も、侮辱した!」
「なっ!そんなこと私は…!」
「黙れと言ってる、です!お前とそこの軍人は、ママの仇。イオン様も、ママの仇。そしてお前は、ママの仇だけじゃなく、アリエッタの弟や妹達も侮辱した!」
「ライガクイーンのことを言ってるなら、それはルークだって…!」
「ルークを傷付けたお前が、勝手なこと言わないで!ルークはママのこと殺したくなかったって…ママが死んだことも、生まれて来る筈だったアリエッタの弟達の卵が割れてしまったことも、悲しんでくれたのはルークだけだって!」
「それは…っ」
「お前はそのルークの優しさを、甘いって切り捨てた!生まれて来る筈だった弟達を侮辱した!魔物だから殺されて当然だって思ってるなら、ママに育ててもらったアリエッタは、魔物として、住処を荒らしたお前を殺す!!」


言うなり、ライガとフレスベルグを待機から攻撃へと移らせたアリエッタの剣幕に、ティアは咄嗟に反応出来なかったからかライガに思いっきり突き飛ばされ掛けたのだが、間一髪でガイが助けていた。
思わず小さく舌を打ったのはレティだったりするのだが、体勢を立て直される前に意識を集中させ、アリエッタに視線だけで確認したあと、そうして。


「「魂をも凍らす魔狼の咆吼、響き渡れ」」


詠唱に入ったレティとアリエッタに、ジェイドは譜術が使えるのかとそんな驚きを抱く前に、本来なら有り得ない程の音素の集まりに思わず目を見張った。


「避けなさい!!」


咄嗟に叫んだジェイドの声に、すぐさま反応を示せたのはナタリアを庇うように立っていたアッシュと、ティアを支えるガイぐらいだけで、気付くのが遅いと悟ったのかアニスはトクナガにイオンを抱え込ませることぐらいしか、出来なかった。
味方識別なんてある筈もなければイオンだけ除くことも、する気はないのだろう。
イオンも含めた全員に対する、譜術の発動だった。
一切の、躊躇いもなく。



「「ブラッディハウリング!」」



容赦ないな、と笑う声が一つ聞こえたが、レティは聞かなかったことにした。



--------------



普通ならば有り得ない程にまで広範囲に及んだ譜術による攻撃に、どうにか避けられたガイとジェイド、そしてアッシュはすぐさま体勢を立て直して、思わず目を見張ってしまった。
幾分かは威力を抑えたのだろうけど、容赦なく譜術が放たれた地面は抉られ生えていた筈の草など見る影もない。
通常、戦闘において同じ譜術を唱えたところでそれは個々に発動するものであるし、まさかそれが重なって発動することなどないのだが、目の前の少女はそれをやってのけたのだ。
相乗効果などと、そんな言葉で言い表せないような威力と、本気の、殺意。

ぶつけられたそこに、残ったのはあの黒い髪の、少女の姿だけで。



「アニス!!」


叫んだのが一体誰であったのかなど、ジェイドとて把握など出来ていなかったが、崩れ落ちるように傾いたその体に、いち早くガイが駆け寄ろうとした瞬間、気付いてしまった。
こういう時に譜眼は便利なのかどうか判断が付かなくなるが、この、音素の動き、は。


「いけません!ガイ!!」


咄嗟に叫んだジェイドの言葉に、ガイがどういうつもりかと睨み付けるように振り返ったのだが、足元に広がった譜陣に気付けてしまったのが、不運だった。致命傷は避けられるかもしれないが、このタイミングでは、完全に避けきることは出来ないだろう。
第一音素が満ちていた場に、第四音素が集う瞬間がジェイドには見えていたが、素養のないガイでも、これは分かる。


「−−−フリジットコフィン」


詠唱すら破棄したことよりも、FOF変化と言う危険を考えなかったことに、ガイは一瞬後悔したが、襲い来る無数の氷の刃に、とにかく耐えた。
ティアとナタリアの悲鳴染みた声が響く。
片膝をつくその瞬間を、レティとアリエッタはただ眺めていただけだった。
動じることなど、何も。


「お馬鹿ですか、あなたは。自分が女性恐怖症だと忘れた訳ではないでしょうに。アニス・タトリンに触れに行ってどうするのです、ガイラルディア」
「!」


何てことなどないように言ったレティの言葉に、ガイは弾かれるように顔を上げたのだけれど、その少女は侮蔑すらも込めた視線を向けるばかりで、同じ翡翠色のその瞳に、何も言えなかった。
口を開いて告げたかった呼び名は、彼女のものでは、ない。
その瞳に、縋りたくなったのはガイの方だったけれど、全て今更だったのだ。


あの時、あの瞬間。
背を向け、見捨てたのは、俺の方だったと言うのに。



「一体どういうつもりなのです!アニスやガイに…私達に、何をなさるのですか!」


怒鳴るように言ったナタリアの言葉に、けれどレティは視線すら向けず、アリエッタと手を繋いだまま、一歩だけ、ガイへと近付いた。
守りを固めるべく動くライガ達に迂闊に何か行動を起こすこともジェイドとアッシュには出来ず、ティアは必死にアニスを回復させるばかりで、全てにおいて後手に回っているのは明らかなのだが、まさか何かしらの術があるわけでもなく。


「まさか私達が何も知らない、と。そう思っていた訳ではないでしょうね?ガルディオス家の遺児である、あなたが。フェンデ家との繋がりも知っているのですよ。ペールギュントのことも。あなた達の間に、ホドのことが如何に、関係しているかと言う、ことも」
「俺、は…」
「ファブレの人間が憎かったのでしょう。首を取ってやりたいと、幾度となく思ったのでしょう。邸にルークとして戻されたあの子を、あなたは何度憎悪を込めた瞳で見ましたか?寝ているあの子に、何度ナイフを突き立てようとしましたか?邸の人間に、以前のルーク様とは違うと。碌な教育もされず、失敗して惨めな思いをしたあの子を、何度嘲りましたか?」
「……っ!」
「親友などとよく言ったものです。……あの子はあなたがガイラルディア・ガラン・ガルディオスとは知りません。ですが、一体どの面下げて会うつもりなのです?自分の口で話せるような覚悟など、あなたは持っていないのでしょう?」


鼻で笑って言ったレティに、こればかりはアリエッタも顔を青ざめたのだが、黙り込んでしまったガイに追い討ちを掛けてやろうとしたその瞬間、勢いよく頭をひっ叩かれたから思わず素で頓狂な声を上げてしまった。
睨み付けるべく振り返ってみて、そうして見えた緑についつい口を尖らせてしまうのだが、この程度では気にもしないのだから、仕様もない。



「…不意打ちはちょっと酷いんじゃありませんか?シンク」
「帰宅時間過ぎたあんたが悪いんだよ、レティ」


ドーナッツ作ったラルゴが待ちぼうけ食らってんだから、寄り道なんかしてないでよ、と。
続いたシンクの言葉にツッコミ所は多々あったけれど、聞けるような勇者は残念ながら居合わせていなかった。



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自意識過剰な僕らの窓・8



思った以上にPMに厳しく思った以上にラルゴがお父さん化してます…お兄ちゃんシンク。アリエッタはその時々。


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