『ああ、また役に立たない出来損ないか』


初めて耳にした言葉は、冷たく言い放たれた、それ。













「どうぞ、入っていいよ」


穏やかに放ったルークの言葉に、かちゃりと扉を開けてまず最初に入って来たのは、案の定イオンだった。
そのすぐ足元をレイラが…すり抜けない辺りシオンの不機嫌さを察して逃げ出したのだろう。穏やかに笑んだイオンが続く人物に手を差し出したのを見る限り、かなり早い段階で居なくなっていたらしい(後回しにした方が余計八つ当たりされるだろうに)(ほんとバカ)。

開けた扉から、ひょこっと見える朱色に、ルークもまた穏やかに笑んで、迎え入れた。
俯きがちな顔から、表情は、見えない。
さらりと髪が揺れた。

お揃いの、あか。



「ああ、良かった。サイズが合うかどうか心配でしたが、問題ないみたいですね。よく似合ってますよ」


にっこり笑んで…いる筈なのに若干どこか恐ろしくも感じる笑みを浮かべて、部屋に入って来た朱色にまず最初にシオンがそう言った。
アッシュの…『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカだと言うには何があったか知らないが、年は15歳程にしか見えない子どもの姿に、ジェイドは黙って何か考え込むのを誤魔化すように、眼鏡を押さえている。
イオンの手こそ一度は取ったもののすぐ離し、開けっ放しの扉からいつでも逃げれるように部屋に入って一歩の位置から、朱色の子どもは動こうとしなかった。
白い上着に黒のインナー。「なんで腹出しになるような丈のにしたの?」と呑気にシンクがシオンに聞いていたが、「ルークとお揃いにするにはこの丈しかなかったんですよ」と返される言葉には平気で嘘が散りばめられていた。
体調を崩し兼ねないからとルークのインナーは別に腹出しになるような丈ではない。貸すにしたってまだマシなのあっただろうに、とシンクだけでなくこればっかりはアッシュも密かに思っていたが、僕の趣味です★と言われた方が恐ろしかったので、言わなかった(ほんとに言い兼ねないんだよ、シオンなら!)。




「…中に入らないです、か?」


俯いたまま、入り口からちっとも動こうとしない子どもに、どこからか持って来たシャーベットをフローリアンの皿に盛り付けつつ、アリエッタがそう聞いた。
皿をもう一つ用意しようとしているのは、きっと朱色の髪をした、子どもの分なのだろう。
お構い無しにシャーベットを食べ始めたフローリアンの口から、「一緒に食べようよ!」と声が上がるのは、きっとそんなに長くなかった。
その言葉が、どんな風に作用するか、知らないまま。


「……こんな服よこして、何のつもりだ。施しのつもりか?んなもん、真っ平御免だね」


部屋に居る人間を全て睨みつけるように言った子どもの言葉に、露骨に顔をしかめたり眉間に皺を寄せた人間も居たが、聞いたシオンは一度きょとんと目を丸くしたあと、声を上げて笑ってみせた。
キッと子どもの表情が険しくなるが、そんなことはお構い無しに、言う。


「面白いことを言いますね、君は。僕が施しなんかをするような、殊勝な性格の持ち主に見えます?」


にっこり、笑って言ったシオンの言葉に「天地がひっくり返ってもないね」とシンクがぼそっと呟いたが、これもまたいい笑顔で足を踏み潰されて黙らざるを得なかった。
地味な嫌がらせをするシオンの本性を知らないからか、子どもは無謀にも睨み付ける視線を揺らがせないから、死にたくなかったら今すぐ謝った方がいいよ、とアニスは思うが、まあどの口がそれを言えるのか(ごめん、あたしだってまだ死にたくないよ)。


「なら一体何の真似だ、これは。勝手に助けたかと思えばこんな服よこして?恩着せがましいんだよ!被験者が居るなら被験者同士、レプリカなんかさっさと切り捨てればいい話だろうが!!」


怒鳴りつけるように言う子どもの言葉に、こればかりはルークも悲痛に顔を歪めてしまった。
ギュッと自分の手を、握り締める。
そうして思うままに口を開こうとしたその時に、不意にシオンに口を押さえられたから、ルークはきょとんと目を丸くしたあと、黙るしかなかった。


「被験者が嫌いですか?君は」


真っ直ぐに見据えて言ったシオンの言葉に、驚いたのはむしろジェイドやアニスの方だった。
シンクは、何も言わない。
かつての話を引き合いに出すならば、この朱色の髪をした子どもの気持ちは、痛い程わかるから。


「嫌いなんてもんじゃねーよ。被験者は憎い。勝手に作って、代用品にすらならないと放棄して…挙げ句やっと死ねると思ったら今度はまた別の被験者が、お前らが勝手に助けやがったんだ!『ルーク・フォン・ファブレ』の代わりにもなれなかった、肉の塊として作られただけの俺を!被験者が居るなら、それでいいだろうが!!」


声を荒上げて言う子どもの叫びに、誰も何も言えなかった。
自分の被験者、と言う存在でなく、子どもから見たらレプリカ以外の人間は全員被験者と見做して、憎いだけなのだろう。
温和なイオンを共に案内させたのは彼もまたレプリカだからと言う理由もあってのことだったが、それはどうやら間違った判断ではなかったらしい(レプリカ以外だったら、とっくに逃げ出していたんだろう)(この分なら、きっと)。

暗い顔をした何人かを目にして、子どもは鼻で笑ってみせた。
人間もどきの言い分に後ろめたさを感じると言うのなら、思い当たることがあるのと同じだと言うのに。



「同じ顔が居るのはそんなに不快か?預言から逃げた、臆病者の被験者サマ」


馬鹿にしきった子どものその言葉に、我慢ならなかったのか頭に血が昇ったアッシュが、反射的に胸ぐらを掴み掛かろうとしたが、ジェイドによって止められた。
子どもは笑う。
その瞳に宿す感情の名も、知らぬまま。


「うるせぇ!てめぇに何がわかるって言うんだ!!」
「何にもわかる筈がねぇだろうがバーカ。俺たちレプリカはどうせ使い捨てだもんなぁ!お前の代わりに預言通りくたばろうと関係ねぇんだろ!人間もどきに、心を痛める必要もないってな!違うのか被験者!!」
「てめぇ…っ!」
「あの髭男には使い物にならないって言われたがな、身代わりにでもするか?預言通りに死ぬ存在が生きてるとなりゃ、首取られるだろうしな。被験者サマの代わりに死んでやっても良いんだぜ?臆病者の『ルーク・フォン・ファブレ』の代わりに首やるよ!レプリカが居なくちゃ預言から逃げるしか能がない、被験者共が!!」


「−−−ルカ」



怒鳴り散らすだけ怒鳴り散らしたその後に、聞こえた声に、子どもはゆっくりと、顔をベッドに上体を起こして座る、自分と似通った朱色へと、向けた。

代わりにこだわるのは、代わりじゃなきゃ存在を許されないと、思うからだ。
だから、それを名前だと言って呼ぶ声に、戸惑う。
そいつは自分がどう足掻いてもなれなかった、『ルーク・フォン・ファブレ』の代わり、だ。
それなのに、代わりにもなれなかった出来損ないに、名を与える。個を、与えようとする。


(『愛して』って、そんなどうしようもない想いさえも、拾おうと、して。)



「おいで、ルカ」



穏やかに笑んで言ってくれたその朱色に、子どもは、ルカは泣き出しそうになるのを必死に堪えて、その体に飛び込んだ。
みっともないぐらい抱きついて、しがみついて、離れない。
肩口に顔を押し付けて、泣くのだけは絶対嫌だと歯を食いしばっていたと言うのに、優しく頭を撫でられてしまえば、もう堪えられなかった。

何もなかった、空っぽだったこの身に、与えられたたった一つを。



『ルカ』



俺の、名前。



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