突き飛ばされるように前へ押し出されたその子どもは、憎悪すらもその翡翠の瞳に宿して何もかもを睨み付けていたけど、どうしても、今にも泣きそうだと。そういう風にしか、見えなかった。

長い朱色の髪が、揺れる。
自分とそして彼と似通った顔立ちをしたその子どもが、犬猫よりも惨い扱いを受けていることなど簡単にわかって、真っ直ぐに睨み付けてくる瞳に、一歩、前へ進み出た。

アリエッタが何か叫んでいる。
いつの間に辿り着いたのだろう、勢いよく開け放たれた扉から駆け込んで来たアッシュ達の声が、室内に反響するけれど、構ってなど、いられない。
リグレットやヴァン師匠のこともちらりと頭に過ぎったが、気にもせずにその子の元に、足を進めた。
地面に這い蹲る子どもに視線を合わせるべくしゃがみ込んで、そっと、手を伸ばす。
少しだけ汚れた頬に手を添えれば、酷く不安げに、翡翠の瞳が揺らいだのが、わかった。


(『愛して』と、そんな訴えを、ただ。)




「−−−『ルカ』」


突拍子無く放たれたそのルークの言葉に、こればかりはあのヴァンさえも僅かだが驚いたように目を見張っていた。
視線を向けていたのは突如乱入して来たアッシュやティア、そしてガイにあるのだが、彼らにしても目の前のレプリカルークの姿とルークの言動に驚くばかりで、何か言葉を放つことさえ、儘ならないでいる。
手枷を付けられ、地面に這い蹲るレプリカルークに、ルークは穏やかに笑んでいた。
アリエッタが叫ぶ声にも、耳を、傾けずに。


「……る、か…?」
「そう、ルカ。名前だよ。君だけの、名前」


ぽんぽん、と頭を撫でてまで言ったルークの言葉に、これにはアッシュ達も呆然としたままだったのだが、一足先に我に返ったのか、声を上げてまでヴァンが笑った。
全員の睨み付けるような視線を受けて尚、嘲笑うことを、止めない。


「流石は出来損ない同士、レプリカとは本当に愚かなものだな。名前などあって何になる?貴様らは所詮、アッシュの劣化したレプリカ以外の何物でもないと言うのに。馴れ合いなど、あまりにも馬鹿らしい」
「ヴァン!貴様…っ!」


抜刀し兼ねない剣幕で言ったガイの言葉に、リグレットが銃を構えようとしたが、それを視線でヴァンが止めさせた。
この場に居るのはアッシュとティア、そしてガイとアリエッタと、レプリカ二人だ。
どうにでもなるだろうと、そう判断したのが、ヴァンにとってはまず最初の、間違いだったのだろう。
見下していた。
取るに足らない存在だと、切り捨てていた。

だから、目の前の連中よりも慌ただしくこの部屋へ駆けてくる存在に、意識を向けた。
けたたましく扉がぶち破られる、瞬間を。


その先には、案の定、あの緑。



「なにやってんのさ!あんた達馬鹿じゃないの?!」


怒鳴りつけるように言ったシンクの言葉に、真っ先に反応を示したのはアリエッタだった。
「シンク!」と悲痛なまでに名を呼ぶが、しかし呼ばれた当の本人は、近くに居たティアをまず部屋の外へ押しやり、アッシュを力ずくで追い出し、さっさとアリエッタの手とガイの腕を無理矢理掴んで、踵を返す。


「何するんだシンク!離せ!ルークが!ルークの奴がまだ中に居るんだ!!」
「シンク!」
「うるさい!巻き込まれなくなかったらさっさとしろ!あんた達死にたいわけ!?」


叫びながら、問答無用で外へ連れて行くシンクの姿に、一瞬の内に見えなくなったその背に、ヴァンは愉快そうに眺めていたが、やがてゆっくりと、取り残されたレプリカルーク二人へと、視線を向けた。
俯いたままのその表情はわからないが、決して良いわけではないだろう。
口ではなんと言われようと、結局は見捨てられたのだ、こいつらは。
しかも、同じレプリカからさえも−−−!



「哀れだな、レプリカルーク。結局貴様らは、道具の枠組みを越えられる筈もない」
「……」
「愚かだな」


淡々と告げるヴァンの言葉に、俯いてばかりだったルークは、ようやくそっと顔を上げた。
傷付いたルカの体を少しでも庇うように、そして汚いものを見させまいとするかのように、肩口に顔を押し付けさせ、両腕で包み込むように、隠す。

怖がらなくてもいいよ、と。
伝える、為にも。



「…師匠、俺は確かに愚かです。わかっていて何もせず、しようとも思わず、意志を持とうとも、しませんでした。人形でしかなかったんだな、と思います。……それが今これ程までに、後悔するとは、思いもしませんでしたよ」


淡々と紡いだその瞬間、纏う雰囲気が瞬時に変わったルークを前に、ここで初めて、ヴァンは密かに剣の柄を握った。
それは鍛え抜かれた身だからこそ、咄嗟に取った反応だったのだろう。
レプリカルーク相手に身の危険を感じた、その事実は屈辱以外の何ものでもなく、思わず譜銃を構えたリグレットにしても同じ心境らしく、苦々しく顔をしかめていた。


「あなたが何をしようが知ったことじゃないけど、あなたがレプリカ達にする行為を、俺は決して許さない…っ。許すわけにはいかないんだ!ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ!」


睨み付けて言ったルークの言葉に、「貴様なぜその名を?!」とヴァンは叫び掛けたが、その直前になって室内の異様さにようやく気付いた。
死霊使いのような譜眼を用いていないからはっきりとはわからないが、明らかな音素の暴走とも取れるこの動きは、素養の低い人間でもわかるだろう。
うねる動きを見せ、導かれるまま室内に充満しつつあるそれらに対し、リグレットどころかヴァンさえも、一瞬反応が遅れてしまった。

第五音素が光と共に、集う。
それは灰燼に帰する、前触れ。








「−−−エンシェントノヴァ」




全てを焼き尽くす
焔が、今。


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