わりとあっさり(?)と皇帝の許可の取れたルグニカ平野の大地降下作業にあたって、一行はシオンの指定した日付に何とか間に合った形で、シュレーの丘に辿り着くことが出来ていた。
セフィロトへと続くダアト式封咒で閉ざされた扉をイオンが開き、ゆっくりと中へ足を進める。

ナタリアの姿は、ここになかった。
キムラスカの王族である彼女がわざわざ足を運ぶことではないし、さんざんごねてはいたが、ピオニー陛下の言葉もあり、グランコクマの宮殿に残る形となった(アッシュと早く再会したいのか何か知らないが、そもそも王女である身分を持つ人間が、同行するような旅じゃない)。
はぁ、と溜め息を吐きたいのを何とか堪え、ジェイドはパッセージリングへと続く道を、歩いていく。
先頭を行くガイが、アリエッタの友達であるライガの背に乗っているルークを気にしてちらちら振り返っているのがわかっていたが、そのたびにジェイドはにっこり笑って前を向けと無言で訴えていた。


よそ見をしている場合じゃありませんよ、ガルディオス伯。


告げた瞬間、嫌そうにガイが顔をしかめたのは、どれだけ断ろうと資格がないと言い切ろうと、嫌がらせの如く問答無用に、ピオニーから爵位を押し付けられたせいだ(あの時のガイの反応は、彼の女性恐怖症をからかうよりもよっぽど見物だった)。



「…それにしても、シオンはどこまで知っているんですかねぇ…」


辿り着いたパッセージリングの操作盤の前。
ティアが立った瞬間起動したリングを見上げつつ言ったジェイドの言葉に、ルークの腕を掴んでいたイオンが不思議そうに首を傾げていた。
側に居るアリエッタの視線は、相変わらず刺すように、痛い。
怯むことは決してしないけれど、無視出来るようなものではないとは、流石にジェイドもそう思っていた(親の敵を見るような視線には、もう随分と前に、慣れていた筈なのに)。


「どうかしたのですか?ジェイド」
「いえ、パッセージリングの操作ですが、おそらくヴァン謡将のせいで超振動で無理矢理書き換えるしか方法がないのですよ。シオンは、はじめから知っていたのかと思いまして」


赤い紋様の浮かぶパッセージリングを見上げつつ言ったジェイドの言葉に、イオンはああ、と困ったように眉尻を下げた。曖昧に笑っている。わりとえげつない方法を用いて、ヴァンの動向を探っていたことを、イオンも知っているからだ。


「総長がパッセージリングに細工するところ、シンクが見てた、です。シオンさま、それを知ってたから、アッシュとルークの2人の力で、降下作業思い付いた、です」
「あなたとシンクは、はじめからヴァンへのスパイだった、と言うことですか」
「……スパイって言い方、アリエッタ大嫌いだけど、それでいい、です。……兄様、時間、です…」


一瞬だけあからさまに苛立ちを露わにしたアリエッタだったが、すぐに振り払ってルークに声を掛けたことに、ジェイドは疑問に思いはしたものの口には出さなかった。
イオンに支えながらもパッセージリングの前に立ったルークは、予め話を聞いていたのか、迷いなく超振動の力を用いて、プロテクトの掛かった赤い紋様を、少しずつ削っていく。
心配そうに肩を支えるガイや、操作盤を起動させる為に側に立っているティア達から少し離れて、ジェイドはパッセージリングをジッと見つめていた。
その隣にアリエッタが居ることに酷く違和感を感じるが、まさか離れて下さいとも今更動くわけにも、いかなくて。


「……死霊使い。アリエッタ、あなたのこと、嫌い、です」


ぽつりと呟くように言ったアリエッタの言葉に、けれどジェイドは視線をパッセージリングから逸らさぬまま、耳だけを傾けた。
手にしていた人形をギュッと抱いて、アリエッタもまた、正面だけを見据えている。
ぼすっと顔を人形に押し付けたかったけれど、アリエッタはそれだけは我慢した。
不安そうにライガが寄り添っては来るが、すぐにルークの側へ帰して、近寄らすことは、しない。


「答えを知ってるのに、言わない。アリエッタ達だって知ってるけど、アリエッタ達には許されてない。あなたはルークから許されてるのに、言わなかった。…どれだけアリエッタ達が許されたかったことか、ずるい、です」


小さな声で言ったアリエッタの言葉に、ジェイドはらしくなく痛いぐらい拳を握り締めた。
面には毛程も出さない癖に、とうに失った心とやらを痛ませるような錯覚に、碌な言葉が、出て来やしない。


「…それが、あなたが私を嫌う理由ですか」


静かに言ったその言葉に、けれどアリエッタは首を横に振った。パッセージリングに浮かび上がった赤い紋様が、徐々に消えていく。
アクゼリュスの時のようにパッセージリングを消滅させるのではと、口には出さずとも態度でわかるティアに吐き気がしたが、もし知らないままであったなら自分もそうだったのかも知れないと思う分、自分自身の方が、許せなかった。


「それもあるけど、違う、です。アリエッタ、あなたが言わないことよりも、あなたが取った行動の方が、ずっと許せない」
「私の取った、行動ですか…」
「…コーラル城でのこと、忘れたとは言わせない、です」


忌々しげに口にするアリエッタの言葉に、ジェイドは今度こそ何も返せなくなった。
見据えたまま、動けない。
あの地で、そうだ。
私は−−−



「『俺がこの中で寝てたら、レプリカだって思ってくれるかな?』」
「……っ」
「……兄様が、コーラル城にあったあの機械の前で言った、言葉です。あなたが詳しいこと、生みの親だってこと、兄様は、知ってたです。兄様は、全部、知ってた」


ぽつりぽつりと呟くように言うアリエッタの言葉に、ジェイドは思いっきり頭を鈍器か何かで殴られた気分だった。
知っていた、と言うのか。
フォミクリーの発案者が、誰かなんて。
知っていて、そうしたのならば、その後の対応がどうなるかわかっていて、そうしたと言うのならば。


(アクゼリュスで見捨てられるように、死ぬ為に、切り捨てられる為に、わざとそうしたと言うの、か…。)


気が付いたら、久しく感じていなかった感情に揺さぶられた気がした。
愕然と目を見張って、動けない。
そうだ。
確かに私は、アッシュとルークの『違い』を、『劣化の証』としてしか、見ていなかった。



「兄様にそこまで言わせたあなたなんて、嫌い。本当に思い込んで目を逸らしたのが、アリエッタ、絶対に許せない…!」


吐き捨てるように言ったアリエッタの言葉に、ジェイドはもう何も言えやしなかった。
赤い紋様が消えるのを、視界の端で、捉えるばかりで。


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