「……つくづく思いますが、あなたの交友関係は全く理解出来ませんよ、ピオニー。イオン様も、ですか。シオンとも仲が良さそうで」
「なに、一緒に遊んだ仲だからな。イオンだけじゃなくシンクとも仲良しだぞ、俺は。シオンは…フランツお兄さん相手でも容赦なかったが、みんな可愛い弟分だ」


言い切ったピオニーに、穏やかに笑んだままイオンは「シオンとシンクが聞いたら終わりですね、陛下」と思ったが言わないでおいた(シオンなら言わなくても知ってる気がする)(有り得ないとは理解していても、だ)。
不安げに見つめてくるアリエッタに微笑みかけてから、イオンは真っ直ぐにベッドに横たわる朱色へと足を進め、ピオニーに頭を下げてから、そっと手を伸ばす。
蒼白いその顔色に少しだけ顔をしかめたけれど、それでもイオンは穏やかに笑んで、その頬へと、触れた。
規則正しい寝息に、安堵する。
血圧計やらいろいろ片付けて離れたジェイドに、イオンは困ったように笑った。
どうにも彼は、不用意に側に居ることなど、自分には資格がないと思っているらしい。


「すみません、陛下。ナタリア殿下を送って下さった少将に頼んで、ここへ連れて来てもらってしまいました…」
「いや、気にするな。アスランも知っていて連れて来たんだろう」
「あと、アリエッタのこ、」
「アリエッタがどうかしたのか?導師。彼女は謁見の間に最初から居た。そうだろう?」


ライガと共に突然現れただろうに、そういう話で通すらしいピオニーの言葉に、イオンは「そうでしたね」と答えつつ、一度頭を下げた。
皇帝が言うならば、そういうことなのだ。
これ以上『導師イオン』が口出ししてはいけない、話になる。


「陛下。すみませんがどこまで、話を聞きましたか?」


朱色の髪をくしゃり、撫でつつイオンは言った。
僅かにジェイドが顔を強張らせた気はするが、茶化すことはせず、ピオニーは答える。


「話の本題、まではちょっと無理だったな。アクゼリュスの話でルークには罪が無いと、そう言ったら追い詰めたようでな…アリエッタが落ち着かせてくれたが、この通りだ。すまない」
「いいえ。僕たちも陛下に手紙を出したことと内容は告げていなかったので、仕方ありません。ですからどうか謝らないで下さい、陛下」
「友人として謝っているのもダメなのか?イオン」


ここは私室なのだ。フランツとして扱えなくとも、あくまでピオニー個人の友人として接してくれ、とそういう意味で言えば、イオンは少しだけ考えたあと、困ったように笑って、言う。


「それなら、僕だけでなくシオンやルーク自身にも謝って下さいね」
「シオンかー…あいつに下手に謝ったらそれこそ俺の可愛い可愛いブウサギ達を全員ソテーにされ兼ねんが、わかった。まあそれで、だ。イオン」
「はい」
「話を、してくれないか」


改めて聞いたピオニーの言葉に、ずっと黙っているジェイドの視線も感じながら、イオンはベッドに眠る朱色の髪をした彼の額を、そっと撫でた。
全てを話すことは、きっと彼も望んではいない。
自分の境遇に関しても、辿らされていた道も、摘み取られ掛けていたこれからも、それらを話すことはきっと、柵を増やすだけで。


「先程言った通り、ルークはレプリカでなく被験者です。本当の名も、『ルーク』ではありません。ですが、『ルーク』として扱われ、アクゼリュスで死ぬ為だけに生かされてきました。…生き延びてしまった今、自身の生が罪だと思っているのでしょう。だから、罪がないと言われても耐えきれなかった。受け止められなかった。…話すにはまだ、早かったかもしれませんね」


言いながら、優しく髪を撫でて言うイオンの言葉に、ピオニーもジェイドも迂闊に言葉を挟めるわけがなかった。
アリエッタも黙って、イオンの言葉を聞いている。
ジェイドの背を睨み付けているのは相変わらずだが、その理由をジェイドが理解しているかは、わかりやしない。


「…彼がそこまでアクゼリュスで死にたがっていたのは、預言に従う為ですか」


静かに口にしたジェイドの言葉に、ND2018の預言を知っている人の言葉に、けれどイオンは首を横に振って答えた。


「いいえ。預言に詠まれていた『聖なる焔の光』はアッシュのことでありルークではどう足掻いたところで『ルーク』にはなり得ません」
「なら、預言を外す為だとでも言うのか?預言に依存しているとも取れるキムラスカがそれを許すと?」
「知っていたら、そんな真似はしなかったでしょうね。知らなかったから、アクゼリュスへと送り込んだ。ルークを『聖なる焔の光』として成り代わらせたのは、キムラスカ王家ですよ。預言による短過ぎる繁栄を得る為に。彼らはその先を知らない。だからこそ、ルークは預言を僅かでいいから外そうとした。彼らの生すら、望んだんです」


恨んでくれたら、憎んでくるたら、それこそずっと楽になれたのに。
そう、続けたかった言葉を、イオンはグッと堪えて、横たわる彼に視線を移した。
眠るその表情は、今だけは苦痛を置いて来たようで、酷くあどけない。
どういうことだと問うような視線を向けて来るピオニーとジェイドに、イオンは一度だけ目を伏せて、考えた。

どこからどこまで、話そう。
どこへ繋がる言葉まで、話せばいい?



「ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう 結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる
ND2019 キムラスカ・ランバルディアの陣営はルグニカ平野を北上するだろう 軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は、玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう
ND2020 要塞の町はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる ここで発生する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう これこそがマルクトの最後なり 以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、やがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう かくしてオールドラントは障気によって破壊され塵と化すであろう
これがオールドラントの最期である」


朗々と口にしたイオンの言葉に、星の終わりの詠まれた預言に、こればかりは本当にジェイドもピオニーですらも言葉を失った。
ぼすっ、とルークが眠るベッドの縁にピオニーは思わず腰を掛け、ジェイドにしても、ズレてもいない眼鏡を押さえて、どうにか冷静さを保とうとする。
イオンは視線さえも、二人には向けようとしなかった。
力無く投げ出された蒼白い手を取る。
縋って泣き叫びたかったのは、むし、ろ。


「ここまで来たら、『聖なる焔の光』に詠まれた預言を覆すことが、最後のチャンスだった。だから、ルークは自分が死ぬことで預言を外そうとした。星の終わりが訪れぬよう、先が続いていくよう、僕らの未来を望んだ。自分さえ死ねば、先が無くならないと信じ込んだ。生き延びてしまったのは、僕らの未来を摘んでしまったと繋がるんです。マルクトとキムラスカの間で戦争が起きる寸前だから、余計にです、ね」


困ったように笑って、イオンは横たわる彼の手をギュッと握り締めながら、そう言った。
本当の名前も、呼ばない、呼べない、許されない。
せめてその手だけ離さないよう、縋るように握っていれば、ふと、ピオニーがゆっくり、朱色の髪に手を伸ばすのがイオンの目に映った。
泣きそうに顔を歪めたアリエッタが、一瞬引き留めようとしたのが見えたが、ピオニーの表情を前にその手を引っ込めていた。


「…それで、お前達は一体何を、俺に望むんだ?」


静かに聞いたピオニーのその言葉に、イオンは穏やかに笑んで答えた。


「死なないで下さい、絶対に。あなたが死ねば、今まで多少なりとも歪めた預言が、どう作用するかわかりません。そしてキムラスカとの戦争を止める為にも、外郭大地の降下に関して、許可をお願いします」


預言に詠まれた戦場が無くなってしまえば、戦争なんて起こしようがないでしょう?


微笑んで言ったイオンに、ピオニーは一度だけきょとんと目を丸くしたあと、楽しそうに笑った。


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