行って下さい、と不安げに表情を歪ませて言ったイオンのその言葉を、断るなんて選択肢はアリエッタの中には最初から存在しなかった。
嫌な予感ならば感じているし、だからこそ、少々不安は残るが一応マルクトの兵士にイオンを頼んで、王宮へと駆け出す。
潜ませていたライガの背に乗り街を駆け抜けたと言うことも、許可を得ていないのに謁見の間に入ることが何を意味するかなどは知っていて、それでもアリエッタは止まれなかった。


お願いだから、傷付けないで。










「ルーク!!」


必死な声で名を叫び、謁見の間に突然押し入ったアリエッタの姿に、瞬時に側に控えていたフリングスが剣を抜き掛かったが、その手をあろうことかピオニーが止めさせた。
どれだけ焦っていようとアリエッタもその様子はきちんと把握しており、乱入者を排除することを皇帝が止めた。その事実にまずは甘え、入り口にライガを置いて床に平伏すルークに駆け寄り、体を起こす。
ごめんなさい、ごめんなさい、とただただ繰り返すばかりのその姿にほんの僅かだけ泣き出しそうに顔を歪め、すぐにルークの両の手を取って、アリエッタは頬に添えさせた。

震える、手。
嫌に冷たいのは気のせいではなくて、辛そうに顔を歪めているのに泣くことも出来ないその姿を前に、穏やかに笑んで、みせる。


「アリエッタです、ルーク。アリエッタ、ちゃんとここに居るです」
「…っごめんな、さ…ごめんなさい、ごめんなさい…!」
「大丈夫、です。アリエッタは生きてます。兄様、アリエッタわかるですか?ちゃんと触ってるです。アリエッタも、兄様が生きてるのわかるです。みんなあったかいです」
「でも…っ、ちがっ、あ、あ…きちんと死ななかったから、俺のせい、で…いや、いやだ…!みんな、どこ…いやだ、いやだいやだいやだ…!」


錯乱しているに違いないルークの姿に、けれどアリエッタは動じることなく、自分よりも大きな…それでいてどこか脆いような、儚く消えてしまいそうなその体を、抱き締めた。

肩口に顔を押し付けさせる。

ピオニーが何も言わないでいてくれることに、アリエッタは救われると思った(既に首を跳ねられていてもおかしくないとは、わかってるから)。



「兄様、アリエッタはここに居る、です。大丈夫。みんなみんな、悪い夢です。最悪じゃない、です」
「…ぁ…、」
「アリエッタは居ます。ずっとずっと、兄様といっしょ、です」


だから、大丈夫だと。
恐れることは何も起こってないと。

ゆっくり、きちんと届くように繰り返し言えば、そこで限界が来たのか、プツンと糸が切れるようにルークはアリエッタに寄りかかったまま意識を失った。
いくら軽いとは言え、全体重が寄りかかったことにアリエッタは倒れそうになるが、どうにか堪えて、ルークの背を撫で続ける。
敵対行為ではないと…王宮に押し入った時点で白々しくはあるが、近付きたそうにしているライガを、アリエッタは謁見の間に入れることだけは止めさせていた。
逸らすことはせず、真っ直ぐに視線をピオニーへと向ける。
呆然としているナタリアや、珍しくどこか辛そうに顔を歪めるジェイドには、構ってなどいられなかった。


「……アスラン、ナタリア殿下を宿まで護衛し連れて行って差し上げろ。ジェイドはすぐに医師の…いや、俺の私室に連れて行ってお前が診ろ。ゼーゼマンはライガの件を適当に誤魔化しとけ」
「陛下!ですが…!」
「構わん。詳しくはあとで伝えよう。ナタリア殿下、よろしいな?」


淡々と口にしたピオニーの言葉に、ナタリアは呆然としたまま、頷くだけで精一杯だった。
褐色の肌をした少将が促す通りに、足を進めるしか、出来ない。
ナタリアが出て行ったのを見送ったあと、ジェイドはアリエッタに寄り掛かって気を失ったルークの体をそっと抱き上げた。

涙のあとは、そこに見つけれない。


蒼白い顔をしたその子どもの体は、こちらの方が泣きたくなるぐらい、あまりにも軽かった。



「お言葉ですが陛下、本気であの私室へ招くつもりですか?」
「なんだ?文句でもあるのか?ジェイド。俺の可愛い可愛いブウサギ達が、せっかく待っていてくれると言うのに」
「それが家畜小屋に客人を招くつもりですか、と言いたい理由ですよ。丸焼きにしてもいいと仰るなら文句は言いませんが」
「相変わらず失礼な奴だなー、可愛くない方のジェイド。アリィだってブウサギ達に会いたいって言ってたもんな?」
「アリィ?」


にこにこ…と言うよりはにやにや笑いながらいつの間にか玉座から離れ、アリエッタの頭を撫でていたピオニーに、これにはジェイドも思わず露骨に顔をしかめてしまった。
頭さえ撫でてなかったら単純に疑問に思っただけだが、四捨五入しなくとも残念な年齢の男が、曲がりなりにも幼なじみである友人が、少女の頭を撫でているのは犯罪としか思えない。変態臭い。


「……つくづく貴方の交流関係は全く理解出来ませんよ、ピオニー」
「なに、子ども好きの気の良いお兄さんだからな、フランツは」


お兄さんと言えるような歳ではないでしょう、と内心ぼやきつつ、ジェイドはピオニーの私室へと足を進めた。
不安げに見つめるアリエッタの視線は、そのままに。


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