言葉を言葉として認識しないのは、無意識の内に『リアン』が行うことなのかもしれなかった。
目を見開いて、そうして皇帝陛下の姿を…かつて一度だけ会ったフランツの姿を見つめて、動けない。
自分の体が、震えてるのがわかった。
何かがせり上がってくる感覚。
吐き気を伴ったそれは、拒絶故の。
聞きたく、ない。
「キムラスカ・ランバルディア王国が大詠師モースによって吹き込まれた預言通りにアクゼリュスを崩落させるつもりと言うことで、シンク謡士率いる部隊がタルタロスで民を避難させ、アクゼリュス自体は崩落したものの全員無事だ。崩落に関しても全てはヴァン・グランツの企てであり、ルーク・フォン・ファブレは暗示をかけられ無理矢理に超振動を使わされ抵抗出来なかったと。全ての罪は彼に無く、預言を盲信したキムラスカと大詠師モース、そして主犯であるヴァン・グランツにあり、ルーク・フォン・ファブレは無実だと手紙が届けられている。導師イオンの印が入った、正式な書簡がな」
側で控えていたゼーゼマンが導師イオンからの手紙を恭しく捧げ上げるようにしているのを横目に、ピオニーが放ったその言葉を理解するにはあまりにも時間の掛かるものだった。
立ち尽くして、動けない。
何を言ってるんだろう、この人は。
何が言いたいんだろう、この人は。
「そんな…っ、キムラスカが、お父様がそんなことをする筈がありませんわ!!」
「だが実際に宣戦布告はされており、預言はローレライ教団の導師イオンの名の下に偽りないと告示されている。ヴァン・グランツの企ての方まではまだはっきりとしていないが、ルークに罪は無いと導師の御言葉だ。キムラスカを唆した大詠師モースとアクゼリュスを崩落させたヴァン・グランツ。これらは全て、ダアトの罪だと。一切庇い立てはしないらしい。その首マルクトに差し出すともあるな」
さらりと言ったピオニーの言葉が、半分も理解出来ていない自覚は、ルークにだって確かにあった。
体が震えてる。
悲鳴を上げている。
信じたくない。
信じたくない信じたくない信じたくない信じたくない!
聞きたく、ない。
「ルークに罪はない。それが導師イオンの、言葉だ」
なんでそんなことをこの人に言ったんだ、シオン!
「−−−違い、ます」
震える声でそう言ったのは、ほとんど無意識の内でのことだった。
ナタリアの視線が突き刺さろうと、ピオニーの側に控えるゼーゼマンが怪訝そうな視線を向けて来ても、ルークはその言葉を抑えていられるだけの、余裕がない。
怯えを宿した瞳に、驚いたのはジェイドの方だ。
あれだけイオンが、シンクが、シオンが言葉を掛けようが、何も宿さなかった瞳が、いま。
「ちが、違いま、す…アクゼリュスを崩落させたのは、俺で…罪がないなんて、そんな筈ない…ありませ、ん。だって、俺は、アクゼリュスで、超振動使って、シンクが避難させてなかったら、みんな、みんな、」
「しかしそれは、ヴァンに暗示を掛けられていたせいなんだろう?」
「−−−っ違う!違う違う!確かにあの人は暗示を掛けようとしたけど、あれは俺の意志だ!全部俺の罪だ!暗示なんて掛かってなかった!超振動だって俺は自分の意志で使った!使ったらどうなるかなんてわかっててパッセージリングだって消した!アクゼリュスを落としたのは俺の意志だ!全部、俺のせいだ!!」
叫ぶように言ったルークに、こればかりはピオニーも何か返す言葉すら、浮かばなかった。
泣き出しそうな瞳?
否、不安と怯えしか宿していない、揺らぐ瞳が一度だけギュッと閉じられ、膝から崩れ落ちるように床に着いても、伸ばす手すら、持てていない。
その子どもは床に手を着き、額を床に擦り付けてまで、頭を下げた。
小さく身を縮めて。
怯えて、ただ、震えてる。
「ごめん、なさ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!俺が、俺がアクゼリュスで死ななかったから、俺が『ルーク』として死ななかったから、こんなっ、こんなことになって、許されない、けど…謝ってすまないってわかってる、けど…生きてて、ごめんなさい…!」
それ以外に、一体何が言えたのだろうか。
声が、体が、震える。
ここに在る、自分の意識が消えていないこと。
息を吸って、吐いて、生きていること。
自分が死ねば、みんなが生きることが続いていくと聞いていた。父と叔父には国の為に死んでくれと言われて、それは叶わないと知っていたけれど、自分が死ねば、彼らもまた生きていくことが出来るのだと知っていたから、拒むことはしなかった。
シオンが、シンクが、フローリアンが、イオンが、アリエッタが、ミュウと母上が生きていくことが出来るなら、自分の名前も、存在も、何もいらなかった。
なの、に。
「死んで、なく、て…ごめんな…さ、い」
全部、全部。
本当に全てを無駄にした。
こんなどうでもいい命が生きたことで、大切な人が、息づく大地が、死を迎える道を作ってしまった。
預言通りに戦争が起きてしまう。
星が死んだら、みんなはどうなる?
(そんなことにはならないよ、と。聞こえた声に、耳を塞いで。)
生きることは罪だった。
生き延びた今、体が、必要もないこころが、悲鳴を上げて、いて。
「ルーク!!」
今にも泣き出しそうな声で名を叫び、駆け寄って来る足音に、それでもルークは床に額を擦り付けたまま、動けなかった。
あの桃色の髪をした少女が、後ろに居ると、わかっても。