重力に従って倒れたその体からは、止めどなく流れ出た、溢れてこぼれた血の溜まりばかりだった。
草原が赤く滲む。
地面の色も、腹部から突き出た刃さえも、どこまでもどこまでも、赤く、染まる。

信じたくなかった。
こんなこと。
そして何よりわからなかった。
彼が、なぜここまでしたのか、なんて。





「ガイ!しっかりして!」
「ティア!急いで回復を!」


地に付したガイに慌てて駆け寄って、口々にそんなことを言い出した周りの声が、どうしてかルークの耳には酷く遠いものだった。
血の気の失せた顔をして、地面に横たわる…親友と言ってくれるその人の頬に、震える手で、そっと触れる。
治療の為にと、やむなくナタリアとティアがガイの腹を貫く剣を抜けば、更に血液は溢れ二人の手や服も、赤く染めた。
二人掛かりで回復術を唱えても、なかなか傷が塞がらない。
血が溢れて、止まらない。


「…ガイ…?」


小さな声で、聞こえるか聞こえないかすらも危うい震えた声で、ルークは名を呼ぶしか、出来なかった。
呼べば、微かに目蓋が押し上げられた気がしたけれど、その綺麗な空色の瞳は、こちらに向かない。
見て、くれない。




「六神将、黒獅子ラルゴと死神ディストを捕らえよ!容赦するな!」


あまりの出来事に呆然としたままでいれば、突如間を裂いて聞こえたその声に、アリエッタはハッと我に返りすぐさま譜術を唱えたのだが、少し、遅かった。空を飛ぶ椅子なんかに乗っているディストは、響き渡ったその声にいち早く逃げ出し、ラルゴの姿さえも、もう遠い。
苦々しく顔をしかめていれば、助けに入ってくれたジェイドが少し慌てたように、地に転がるガイへと、そのすぐ側で膝を着き、呆然としているルークへと駆け寄ったのがわかり、アリエッタも慌てて後に続いた。
ぴちゃっ、と。
足で跳ねてしまった彼の人の血溜まりに、わかってしまう。嫌でも、わかる。

−−−助からないかも、しれないと。



「…っ!これは、一体、何があったのですか?」


真っ青な顔をして立ち尽くしているイオンに、ジェイドが焦りを見せながらも聞いたのを、ルークはやはりどこか遠くから聞こえるものとして受け取っていた。
何か説明している気がするけれど、耳に入らない。
アリエッタが体を支えてくれている気がしたけれど、今ガイから目を逸らすことが、出来なかった。


「……ガイ、」


名を呼んでも、返事が返って来ない。
わけがわからなくなった。
本当に。
ずっと、ガイは『聖なる焔の光』の使用人だから側に居るだけで、今はその価値さえもなくなった存在に、ああも言い放ったのが、ルークには到底理解出来ないことだった。

わからない。
どうしてガイが、あんなことを言ったのか。
自分で腹を貫いた、あの行動が本気で死ぬつもりだったと。
自分で自分を殺すつもりだったのは、わかった。
ではどうしてか、なんて。
ガイの言葉からだと、『ルーク』を傷付けない為なのは、そこは繋がって。

でも、そこからがわからなくなる。
どうして、『ルーク』の模造品でしかない存在に、こうも出来るのか。


(斬ってって、俺は言ったよ。言ったんだよ、ガイ!)




「ちょっと、ルーク?!」
「何をなさるのですか!」


今にも泣き出しそうになりながら治療しようとするナタリアとティアの側に近寄れば、すぐに非難めいた声が上がったけれどルークは何の反応も示さなかった。
ぴちゃり、血の溜まりの中に、膝をつく。
二人に割って入ったような形になったから、邪魔をしないでとばかりに睨み付けられたが、そんなこと気にも出来なかった。
わからないことばかりだけど、このままだとガイが死んでしまう。

それだけは、嫌だった。


「ルーク!」
「兄様!」


届いた二人の声に、一度だけルークは硝子玉みたいな瞳で、振り返った。
言葉は、何も放たない。
姿を見て、そうしてすぐにガイへと視線を戻せば、何をするつもりだとティアとナタリアが睨み付けてるのがわかった。
術を唱え続けようとしているのに甘んじて、ルークは腹部の傷へと、そっと手を伸ばす。
覆うように手で触れたら、生温い血の感覚に目を伏せた。

お願いだから

死なないで、




「これは…っ!」


もう助からないだろうと、そんな思考さえも頭にあったジェイドの目の前で、まさかルークが傷を塞いだから、治してしまったから、驚きのあまりに、気が付いたらそう言ってしまっていた。
流石にこればかりはティアやナタリアも驚きを隠せないらしく、ただただ傷のあった場所を見つめるしか、出来ない。


そこに傷痕は、残ってもいなかった。


仄かに光を伴った、その両の手。
あのルークの姿に、ジェイドは見覚えがあった。
一度目は、ライガの森でのこと。二度目は、ケセドニアで子どもの傷を治した時のことだ。
理屈は知らないが、あれらは対象を癒やす働きを持つのだろう。
あれだけ夥しい程の血を流していたと言うのに、ガイは顔色さえも良くなっていた。

死から逃れそうになかった、彼が?



「ルーク!」


悲痛な声で叫んだイオンの言葉に、ジェイドがハッと我に返った時には座り込んでいたルークの体が、力無く倒れて行くところだった。
慌てて支えれば、気を失ってはいないものの呼吸は荒く、意識は朦朧としている。
嫌に蒼白いその顔色に、ジェイドは隠すことさえも忘れ、眉を顰めた。
手早く脈を測れば、それはどうしてか、早い。



「…ひとまず宿へ向かいましょう。ルークとガイを休ませなければなりません。案内します」


そう提案するだけで、精一杯だった。
ああ、これ以上一体、何が言えるものか。



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