呆然としてしまったのは、その一瞬だけだった。
振り下ろされるガイの剣。
それがルークの体を切り裂くより早く、ライガが距離を置いたのが分かればそこからはもう遠慮はしない。
なるべく早く唱えれる譜術をと、リミテッドを加減はすれど一切の躊躇いなく放とうとしたのだが、その瞬間今まで動きを見せなかったラルゴが鎌を振り下ろしたから、やむなくアリエッタは中断しもう一匹控えさせていたライガの背に飛び乗った。
イオン様とルークから、距離を離されてしまう。
ライガだけでなくフレスベルグも共に居させているとは言え、この状況はあまりにも好ましくなかった。


「いけません!カースロットです!」


ルークと共にライガの背に乗ったイオンがそう叫んだから、アリエッタは思わずギョッと目を見張ってしまった。
ティアとナタリアは状況を理解出来ず戸惑いながらもラルゴの攻撃を防ぐだけで精一杯だろうが、それで済む程現状は甘くない。


「そんなっ!カースロットを使える術士は居ない筈、です!」


今はシオンと共にケセドニアに居るだろうシンクを思いつつ、アリエッタがそう叫んだその言葉を待っていましたとばかりに、突如わざとらしい馬鹿そうな笑い声が空から降って来た。
睨み付けるように見上げれば、そこには案の定、あの譜業の施された空飛ぶ椅子なんかに座る、六神将がもう一人。


「死神ディスト?!」
「薔薇です薔・薇!キィイ〜!どいつもこいつも人を死神呼ばわりして!失礼にも程があるでしょう!」


突如現れて相変わらずの調子で騒ぎ出したディストに、付き合ってられないとナタリアなんかは矢を放ったのだが、これでもかと言う程騒がれた挙げ句、避けられてしまった。
足を組んで見下ろすディストに、この場にジェイドさえ居れば良かったのにと彼の事情を知る人間が居れば思っただろうが、残念ながら該当者は居なかった。


「ディス、ト…お前っ、俺に…なにをした…っ!!」


ライガが距離を取ってくれたおかげで止まることは出来たが、それでも気を抜けば今にもルークに再び斬り掛かってしまいそうになるのを必死に堪えて、ディストに背を向けたままガイがそう叫んだ。
見下してさえも居るディストが、薄く笑う。
ラルゴを抑えるのが精一杯で、アリエッタは聞き耳を立てることしか出来ない現状に顔をしかめた。
ラルゴを相手取る為にもう一匹ライガを呼んだが、これ以上は流石にこの地では、出来ない。


「おや、あなた喋れるんですか?しぶといですねぇ…やはりここはシンクでないと完全な形では無理でしたか」
「ディスト!あなたは一体、何をしたんです!」
「カースロット、でしたっけ?ヴァンに命令されたんですよ。導師イオンのデータを元に、どんな形でも良いから発動出来るようにしろと。シンクが裏切った時の、保険にね」
「!」
「まあ案の定、と言ったところでしょうか。シンクが裏切ったことに私は何も言いませんがね。おかげでこうして試させてもらえることですし」


あっさりと言い切ったディストの言葉に、イオンは顔を青ざめながら、ルークの服の裾を縋るように握り締めた。
翡翠の瞳が、どこを見ているか分からない。
イオンは怖くなった。
カースロットと言う術を、導師のみが使える力をよく知っている以上、恐怖しか感じなかった。


「カースロット、と言う術については、導師も詳しいですよねぇ。誰が誰にどんな感情を抱いていなければ、斬り掛かるなんて真似はしないことも」
「ディスト!今すぐ止めなさい!」
「無理ですよ。私に扱えるような術でもありませんからね。言わば力ずくで発動させたに過ぎません。一度発動したら、対象を殺すか、自分が死ななければ止まりませんよ」


薄く笑って、「さあ、思いのままにレプリカルークを殺しなさい!」と高らかに言ったディストに対し、イオンは言葉を失ったのだが、次の瞬間、あろうことかルークが縋り着く手を離して、ライガの背から降りてさえもしてしまったからギョッと目を見開いた。
今更手を伸ばしても、宙を引っ掻くばかりで、届かない。

苦しみながらも必死に耐えているガイに、ルークは近付いた。
振り下ろれば、簡単に斬り捨てられる位置にまで。
アリエッタが「ダメです、兄様!」と叫んでるのに、構うこと、なく。


「ルー、ク…頼む、こっちに、来るな…っ!」
「…でも、ガイは殺したいんだろ?『聖なる焔の光』を、憎んでるんだろ?カースロットは、そういう術なんだ」


淡々と言うルークの言葉に、ガイは思わず顔を上げてしまったのだが、見えた朱色の…忌々しいあの王家に連なる者の証であるその色に、目の前が真っ赤に染まりそうだった。
歯を食いしばって、堪える。
違う。
そうじゃない。
いつだって笑って欲しかったから、憎しみなんて捨てて共に居たいと思った子どもだったから。

そんな硝子玉みたいな瞳で居させたいわけじゃ、なかった。




「憎んで…なかったと、言え、ば…嘘に、なる。俺、は…ホド戦争で、公爵に、家族を、殺されたから…な、恨んで、た。確かに、殺したかっ、た」
「なら、斬って、ガイ」
「馬鹿な…ことをっ、言うな!それは、お前に向けるものじゃないぐらい…俺だって、わかってる!俺は、もう…ガルディオスじゃない!」


叫んだガイに、驚いたのはナタリアとティアの方だった。
ガルディオス家と言えば、ナタリアだって知っているし、ティアからすれば本来遣えるべき主でもある。
僅かに隙を見せた二人に、本来だったらラルゴが鎌を奮うところだと思ったが、そう考えたアリエッタと違い、彼は何もしなかった。
ライガ二体とアリエッタを相手しているから、と言うよりは、それを理由にしなかった、ようにも感じる。


「俺は、ガイ・セシルだ!ガルディオスじゃない!俺の剣は、ルークに捧げ、ルークを護ると誓ったものだ!傷付ける為のものじゃ、ない!」


グッと剣を握る手に力を込めたガイに、最初に気付いたのは多分、ルークだった。
次に、イオン。
目を見開き、顔を真っ青にしながらもルークに向かって手を伸ばしたのが、ガイから離したかったのか、はたまた別の理由があったかは、誰にも分からない。

硝子玉みたいな瞳が大きく見開かれたその時、その瞬間だけは、いつも見ていたあの、翡翠色の瞳だった。
ルークが手を伸ばす。
アリエッタが何かを叫ぶ。
聞こえている筈なのに、それでもルークは手を伸ばした。

耳に届いたのは、穏やかに名を呼んだ、ガイの声だけだった。



「ガイ!」


鋭く光る刃が、腹を貫き、ズブリ、埋め込められるその様が、見える。
こんなの信じたくなんか、なかった。思いたくもなかった。
ガイは笑う。
これで良かったと、安心したように笑って、腹に刃を突き立てたまま、そうして地面に転がった。
ルークだけが間近で、その笑みを見ていた。

自分で自分の腹を貫いて、それでも笑った、ガイの姿を。



(斬ってって、言ったのに。)




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