話をさせてくれ、と願ったのは彼の使用人と、敵国の軍人である二人だけだった。


「悪いけどあんた達だけにさせるなんて真似は許可出来ないから、僕も居させてもらうよ」
「構いません。それでも私は、ルークと話をしなければならないので」
「あんた本当に死霊使いなの?態度が変わり過ぎてて、ちょっと信じられないね」
「……あなたに何を言われようと、構いません」
「自覚はあるんだ」
「愚かしいまでに…今更ですけど、ね」
「気付けてないあいつらより良いんじゃない?」
「……」
「まあどうでもいいけどね。ほら、ルーク。死霊使いが、あんたに話があるってさ」


今の現状を見てもなお、喧しく騒ぎ立てそうな連中を追い出し、改めて話をしたいと言ったジェイドを部屋の出入り口の前に待たせ、シンクはベッドに座ったままのルークにそう声を掛けた。
膝の上でチーグルの仔が泣き疲れてそのまま眠っている。
先に面会を望んだ某使用人はルークに食事を与えたあと、辛そうに顔を歪めて出て行ったところだった。
シオンが余計に追い詰めてなきゃいいんだけど、と頭の片隅で思いつつ、シンクはジェイドを呼ぶ。
ゆっくりと顔を上げたルークの瞳は…ガラス玉みたいな瞳は、どこを映しているかなんて、ジェイドにもシンクにも、わからなかった。


「……どうかしたの」


感情など何一つ、込められていない声だった。
ベッドに腰掛けるルークを見下ろす形ではなく、ジェイドはすぐに膝を付き、硝子玉でしかない瞳を見上げる形を取る。
短くなってしまった朱色の髪。
その切った分の行方を詰めた袋を−−−ユリアシティで手渡されたその袋を、ジェイドはルークへと差し出した。
ルークの視線が落ちる。
ジェイドへ向けたのか、はたまた袋へと向けたのか、なんて。


「ルーク、私は答えを得ることは出来ました。ですが、これを伝えていいのか、どうしたらいいのか、情けない話ですが…私には、判断が付かなかったんです」
「……」
「黙っていていい筈がないとは思います。ですが、これを私が伝えていいのですか?」


硝子玉みたいな瞳を真っ直ぐに見据えて、ジェイドはそう聞いた。
怪訝そうにシンクが伺っているが、まさかルークが自身の髪を道具袋に入れて渡していたことは、知らなかったのだろう。
虚ろな瞳で見下ろすルークは、硝子玉みたいな翡翠色は、何の感情も宿さぬまま、一度だけ袋を開け、その中身を見た。

翡翠の瞳に、朱色が混じる。


かつて、愚かしい思想故に生み出された禁術は、作り出した存在に確固たる証を与えなかった。死ねばその身は音素へと還り、例えばその体から切り離された髪や爪もまた、維持は出来なくなり、音素へと還る。

だから、その袋の中に朱色が残っていた事実に、ジェイドは受け止め切れず、愕然としたまま思考回路の方が、追い付かなかった。

同じ顔をした存在に、レプリカだと罵られ、憎み恨まれ、それでもそうでなかったその、答えに。


「これは、ジェイドに、託した」
「……はい」
「でも、ジェイドは言わなかった。…邪魔だった?」
「そうではありません。ただ、あなたが考えているよりも、これはずっと大切な問題です。私なんかに任せていい、問題じゃない」
「なんで?ジェイドは人間なんだろ?」
「…は?」
「ジェイドはこの世界に生きてる人なんだろ?俺は、違う。アクゼリュスで死ななくちゃいけなかった、死ぬ為だけの、『ルーク』の代わり。でも、そうだな。俺なんかのこと、任されたジェイドからしたら迷惑なだけだった。きちんと廃棄されてたら、こんなことにはならなかったんだけど…ごめんなさい」


どこまでも感情の込められないその言い方より、話す内容に、告げられた言葉に、ジェイドは目を見張って黙り込むことしか、出来なかった。
側で見ていたシンクが、ギュッと唇を噛んだのがわかる。
わかるけれど、ぼんやりと自身の朱色の髪が入った袋を手に、それがまたこの子どもが自分の罪の証ではないと告げる事実を手に、光を宿さない瞳を前に、ジェイドはらしくなく動揺を隠せなかった。
−−−この子どもをこんな風にしたのは、一体誰だ。


「廃棄とか言うの止めてよルーク!だったら僕らはどうなるんだ!使えもしないガラクタだと言われ、生きたままザレッホ火山の火口に放り込まれるところだった僕らは!レプリカはどうなるんだ!」


どこか泣き出しそうになりながら叫んだシンクの言葉に、頭の片隅でああ、彼はレプリカなのか、とジェイドはそんな風に思ったが、ルークから目を背くことが出来なかった。
硝子玉みたいな目をしたまま、ゆっくり顔を上げ、ルークはシンクを見据える。
感情は何も、そこにはなかった。
悲しみも怒りも、喜びや全てがないから、ルークはもう、笑えない。
微笑むことなんて、ない。


「なに言ってるんだ、シンク。レプリカはガラクタなんかじゃない、生きてる人間なのに」


真っ直ぐ見据えて、はっきりとそう言ったルークに、シンクはもう我慢出来なくなってその頭を軽く叩いてしまった。
そうして呻きもしないことに悲痛に顔を歪めて、肩口に頭を押し付けて、縋りつく。
押しのけるようにルークに対しそうしたシンクに、ジェイドは何も言わなかった。

レプリカと言う存在に、それだけの言葉が出るのなら、何故。



「…ルーク、腕を貸して下さい。私は医師の資格を持っています…あなたの体に、超振動の力は負担になったことでしょう。ローテルロー橋に着くまで時間がありますので、私に診せて下さい」



どうか、お願いします。


そう言った時点で、形は違えど自分もまた彼に縋ったと言うことは、変わりなかった。



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