みんなが大好きだから、この世界が消えて欲しくないんだと彼は言った。
紅の代わりに消えて、世界が生きるのなら、それでいいじゃないかと。
空に溶けて、みんなの側に在れる風になろう、雨になろう、降り注ぐ光になろう。
たとえ体がなくなっても、見えなくても、『聖なる焔の光』じゃなくなっても、それならきっと一緒。ずっと一緒。

空を真っ直ぐ指差して、朱がそう言ったのを、覚えている。
刷り込まされた認識は、彼の地で死ぬことを全てとさせた。
けれど、それを朱は望んだ。
それが嫌だと、自分達のエゴを押し付けて、空へかえさなかった結果がこれだと言うのなら、どうして神を恨まずにいられようか!

(ああ、本当に馬鹿でしたよローレライ!)

翡翠色の瞳を前に、涙は止まらない。
止まることを、知らなかったんだ。













シンクが案内するままにタルタロスのある一室に通された時、明らかに罵声を飛ばしてやろうと不愉快そうに顔をしかめていたアッシュも、なぜアクゼリュスを消滅させたレプリカ如きに会わなくてはならないのかと不満そうにしていたナタリアやアニスと言った面々も、全員が全員、息を呑んで立ち尽くしてしまった。
突き付けられた現実に、喉を鳴らしたのは一体誰だったのだろう。
ふらりと傾くように、それでも足を前へ踏み出したのはガイだった。
シンクは何も言わない。
言う必要の方が、ない。


「…ルー、ク?」


震える唇で名を呼んだけれど、声はそう大して広くもない室内にやがて消えただけで、返事はなかった。
一歩、また一歩と近付く為にガイは足を踏み出す。
ベッドに腰を掛けて座らされているその体に、縋り付くようにイオンが泣きじゃくっていた。
背を向けて立っているのはシオンだろうか。
膝の上で、しがみついて泣いているのはミュウだ。
そう、認識出来てはいると言うのに、ガイは朱色しか、捉えられない。
−−−罵声でも飛ばされた方が、きっとずっと楽だったろうに。


「ルーク、」


呼べど、返事は返って来ない。
代わりに返って来たのは、一切の感情を削ぎ落とした能面のような無表情と、まるで硝子玉みたいな、翡翠色だけだった。


「何やってんのさルーク。イオンが泣いてるんだよ。それにチーグルも。慰めろって言われたって、僕は嫌だからね」


呆れたように言ったシンクの言葉に反応出来る人間はアッシュ達の中には居らず、聞こえた言葉にルークはその時になって初めて、ゆっくりと手を動かしイオンの頭を撫でた。
それから少しした後、同じようにミュウも撫でてやる。
けれど、それだけだった。
硝子玉みたいな瞳に、変化は何もなかった。


「…シンク、なんで彼らをここへ連れて来たんですか」
「見た方が早いって言うのと、アリエッタが人をど突いてまでイオンが泣いてるって訴えて来たから」
「だからってもう少しやり方があったでしょうに…別に彼らぐらい甲板に置いてったって罰は当たらないでしょう」
「大地を降下させなくちゃいけないって、あんたわかってるよね?」
「わかってても言いますよ僕は」


相当不快なのか、咎めるように言ったシオンに対し、シンクは呆れたように溜め息を吐いてとりあえず未だ腕にしがみついたままのアリエッタをシオンに預けた。
だいぶ涙は収まったのか、それでもギュウッとシオンに抱き付くアリエッタは、不安そうにルークを見つめている。
以前だったらその視線に気付き、安心するよう笑いかけてくれるルークも、今は何の反応も示してくれなかった。
手が届くか届かないか。
そんな距離で呆然と立ち尽くしているガイにも、視線を向けぬまま。



「これは一体…どういう、ことですか?」


らしくなく動揺を隠し損なったジェイドの言葉に、視線を向けたのはシオンだった。
その目は酷く冷たく、侮蔑すらも込められていると普段なら気付いただろうが、そう出来るだけの冷静さを、ジェイドは持てていないらしい。


「…いろいろなことがあって、ちょっと疲れてしまっただけですよ。人の心は複雑なんです。今のあなたならそれがわかるでしょう、バルフォア博士」


言われた瞬間、ユリアシティで手渡されたあの袋の中身を思い出して、ジェイドは何も言い返せれなかった。
なにあれ、人形みたい…なんて呟いたアニスの言葉に、やっぱりレプリカなんて気持ち悪いとそんな悪意が見え隠れするから、ジェイドは苦々しく顔をしかめるしか、ない。
ルークの視線は、硝子玉みたいな瞳は、誰も映していなかった。


『今すぐ、俺を殺してくれ…!』


澱んだ海を前にして、必死に縋るように言ったルークの言葉が、頭から離れてくれなかった。そこまで馬鹿でないから、ルークが叫んだ言葉から、ジェイドは察してしまった事実がある。
この子どもは、初めから全て知っていたのではないのかと。
アクゼリュスへ行くようキムラスカ王から告げられたことが、死刑宣告に等しいものだったと。むしろ、知っていた上で、死ぬ為にアクゼリュスへ向かったのではないのかと。


(…生き残ってしまったから、こうなった…?)


そうだとしたら、『彼』は。



「パッセージリングを操作するにはアッシュとルークの超振動が必要となってきます。詳しく説明したいところですが…とりあえず一旦お開きにしましょう。このまま冷静に話し合えるとは思えませんので」


最低でもローテルロー橋に着くまでに話し終えれば、構いませんから。

そう言って背を向けたシオンに、誰も何も言えなかった。


硝子玉みたいな瞳から、目を、逸らせなくて。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -