いつだって、現実はそんなに甘くなかった。















ユリアシティを離れ、タルタロスの打ち上げに成功した一行は、ベルケンドを経由したあと、ヴァンの目的を探るべくワイヨン鏡屈まで足を運んでいたが、雰囲気と言えば重苦しい以外の何物でもなかった。
シンクに連れて行かれたルークの穴を埋めるようにアッシュが行動を共にしているのだが、それもまたナタリアとアニス、そしてティアからは歓迎されてはいるものの、ガイからの視線は冷たく、ジェイドは何度溜め息を吐きたくなったか知れない。
体の弱いイオンを連れて行くわけにはいかないとタルタロスに残し、ワイヨン鏡屈の奥で見つけたヴァンの残したフォミクリーのデータに頭が痛くなったのも確かだが、ジェイドはユリアシティで知らされた事実、そして何よりあの朱色の子どもに渡された袋が示す現実が、酷く重たく感じるものだった。
アッシュ達の中ではユリアシティでの出来事の方が衝撃的だったろうが、ジェイドは、託されたそれをどい扱っていいのか、らしくなく結論を出せずにいる。


「……それにしても、あの、シンクが言っていた通りでしたわね…」
「うん。流石のアニスちゃんもあれにはびっくりかなぁ…よくわかんなくなっちゃう」


呟くように言ったナタリアとアニスの言葉に、碌に言葉を返せる人間は誰一人として居合わせていなかった。
外郭大地に戻って来て、あの監視者の地から離れていると言うのに、未だに寒気がするような気がして、少し怖い。

ユリアシティの人間は、街へ向かった自分達を観察するように見て、それから微笑んで言ったのだ。


ああ、聖なる焔の光は、無事に死んだのですね、と。




「いやぁ、あれは烈風のシンクがくれたマントがなければアッシュも危なかったですね」
「……おい、眼鏡。人に喧嘩売ってるのか」
「いいえ、まさか。ただ、あなた自身が身に纏っている神託の盾騎士団の服と、髪を隠す為のマントのどちらかが欠けていたら、本当にあの街の連中は殺すつもりだったんだろうな、と思いまして」
「……」
「あそこまでたかだか石ころに盲信出来るとは、私もまだまだ世間知らずと言うところでしょうか」


軽く言いながらもジェイド自身、こればかりは心底ユリアの預言に囚われた人間に吐き気がしたと同時に、ああも愚かしくあれるのかとゾッとしたのは確かだった。
それは当人であるアッシュの方が強く感じていて、もしシンクがあの時マントを渡さなかったら、と考えるとゾッとするものがある。
ユリアシティの市長であるテオドーロと話をした際にも、淡々とアクゼリュスの崩落は預言に詠まれていたと説明する姿に嫌悪感を覚えたし、そして「もし生き延びていたらどうするつもりだったんです?」と軽く聞いたジェイドの言葉に、「万が一そのようなことがあれば、死んでもらうに決まっているでしょう」と平然と言ったその神経が信じられなかった(流石に誰も何も言えなかった)(下手なことを言えば、自分達も殺されると察したからだ)。


「総長の目的もわかんないしシンクはわけわかんないしもう何が何だかさっぱりだよぉ!」


ほんと嫌になっちゃう!と喚くようにアニスが言ったその瞬間、あと僅かで出口と言うところで突如地面が揺れたから、ナタリア達も思わずギョッと目を見張ってしまった。
なにこれ地震?!と慌てたようにアニスが言ったのを耳に、ジェイドやアッシュは体勢を整え、揺れが収まるのを待つ。
そう大して時間の掛からぬ内に収まった地震に対し、誰かが疑問を放つ前に、しかしタルタロスから出て来た緑色が目に入ったから、とりあえず戻るべく足を進めたのだ、が。


「皆さん!大丈夫ですか?」
「イオン様!」


駆けて来たイオンに対し、アニスが名を呼んで駆け寄ろうとしたのだが、瞬時にジェイドがそれを止めた。
驚いて振り向いたアニスの首根っこを掴んでそのまま後ろへ追いやればナタリアやティアから非難の声があるが、ジェイドはそれを気になどしない。


「ジェイド…?どうかしたのですか?」


恐る恐る聞く『イオン様』に、ジェイドは一度特にズレてもいない眼鏡を押さえてから、鋭い視線でまるで睨み付けるかのように見た。
ビクッと跳ね上がった肩に、怯えたようなその姿に、成る程上手く化けるものだと密かに感心するが、まさか黙って見過ごせる筈もない。


「それはこちらの台詞ですよ、イオン様。いいえ、シオン、とお呼びした方がよろしいでしょうか」


さらっと言ってみせたジェイドの言葉に、全員が全員ギョッと目を見張ったのだが、その言葉を否定もせず、また悪ふざけの類のものではないとは、誰の目からも明らかだった。
シオン、と呼ばれた、『導師イオン』の恰好をした少年が口元に笑みを浮かべて、一度少しだけ顔を伏せる。
「イオン様…?」と上擦った声でアニスが呼べば、少年はクスクスと小さく笑ってすらもみせた。


「流石は死霊使いですね。一度会っただけと言うのに、まさかこうも早く見抜かれるとは思いもしませんでしたよ」


にっこり笑んで言ったシオンに、思考回路を停止させてしまった面々では、咄嗟に何か言うことも出来なかった。




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