例えば、ふとした時に空を見上げてみたその隣に、手を繋いでくれている誰かが、居たのなら(それだけで、僕らは、ただ)。










「あの医者、なんだって?」
「衰弱しているから栄養と睡眠をしっかり取らせて無理をしないように、と薬出して今更なことを平気で言ったんでぶっ飛ばしました」
「……治療費踏み倒しただけだろ、それ」
「シンク、あなたの退職金全部使ってみんなでスパにでも行きましょうか」
「無茶苦茶なこと言うの止めてよね!と言うか退職金ないから!まだ突き付けただけで受理されてないのわかってるんだろ?!」


完全に八つ当たりモードなシオンに無駄だと分かりつつもシンクは訴えずにはいられなかったのだが、案の定聞いてはもらえず、頭を抱えるしかなかった。次いで「うるさいですよ、シンク。ルークが目を覚ましたらどうしてくれるんですか」と言われれば、「誰のせいだと思ってんのさ!」とわかっていてもそう叫ばずにはいられない。
扉を一枚隔てているとは言え、騒げば中のルークに届くのだ。
連れて帰ってからずっとルークの手を握って離さないアリエッタとフローリアンのどちらかがそのうち怒って来そうだとは思うが、そこは気にしない。


「起きそう?」
「いいえ。まだ疲れが残ってるのでしょう。きっと暫く起きません」
「ふーん…シオン、あんた少しでもルークと話した?」
「……ぶっ飛ばされたいんですか、シンク」
「まさか。ただ、子ども染みた喧嘩し続けるのは止めてよねって話」
「子どもですので、仕方ないでしょう?」
「一番年上が何言ってんのさ」


言いながら、食事の準備をするシンクは今まで六神将として行動していた時とは違う、白を基調とした服を纏い、仮面を外していた。
シオンは何も言いはしない。
まだまだスパイ活動に専念してくれて良かったのに、と思ったことをそのまま言えばシンクが怒るのは目に見えているし、流石に我慢の限界だったんだろうな、ともわかってはいる。
野菜の入ったスープを摘み食いしたら頭を叩かれそうになったが、それ以上はシンクも咎めなかった。
珍しくシオンが何か落ち込んでいると、シンクにだってわかったからだ。


「……シンク、僕らはローレライとの約束で、ルークと違った形でアクゼリュスを舞台にした預言を覆しました。ルークもアッシュも生きている。民は死んでいない。ルークはもう自由だ。キムラスカなんて関係ない。それで、いいじゃないですか」


淡々と言うシオンに、シンクはトレーの上にスープやらパンやらを二人分乗せつつ聞いていた(しまった、フローリアンが食べるならもう少し多くしといた方が良かったか)(まあシオン相手ならまだしも、アリエッタの分に手を出すことはしないと信じたい)。

教団のどこぞの頭の悪い馬鹿炸裂な樽の自室から、勝手に盗って来たソファに膝を抱えて、シオンは座っている。
声が震えていたように聞こえたのが、それが気のせいなのかどうかはシンクにはわからなかった。
そういうことに気付くことが出来るのは、きっと今眠っているあの朱色頭だけだろう。


「シオン、一体あんた何があったのさ?」


聞けば、シオンは膝に落としていた視線を真上に上げ、ぼんやりと天井を見つめた。
シンクはおや?と首を傾げる。
それはあんまりにも、シオンらしくない。


「……結局、ND2018の預言は覆らないのかと思いまして」
「あんた何言って、」
「−−−ルークは、もう長くないんです」
「…………は?」
「もう、ね。長くないんですよ」


言えば、その瞬間シンクが呆然と立ち尽くしたのはわかったけど、気に掛けてやれるだけの余裕がシオンにはなかった。
甘く見ていた、本当に。
キムラスカの警備が厳しくなって、一年会えなかった間はてっきり、きちんとした治療を受けているものだと思っていたのだけど、全然違った。
預言に詠まれているなら死なせまいとすると思っていたのに、シンクがここへ連れて来て、そうして医者に診せる為に服を脱がしてみて、愕然とした。
側に居たフローリアンだって、ルークにしがみついてひたすら泣いていた。

見えたのは、幾度となく射された注射器の痕に、計器か何か繋がれ、そして電流さえも流されたかのような引き攣った皮膚の残る、実験の、痕。
ルークは預言に詠まれた『聖なる焔の光』ではなかった。
だから、実際にローレライの力があるか−−−超振動の力が備わっているのか、調べて何度も実験したのだろう。
生まれてから10年、日の光も当たらぬ地下に閉じ込めておいて、体が丈夫でないことも知っていた上で、あの愚かなキムラスカ王が命じたのだ。

アッシュも受けた、実験を。

側に居た癖に何をやっているんだローレライと、寄り添っていたあの馬鹿犬を呪った。
けど、気付いた。
ローレライが負担を大部分削っていたから、ルークは生きているのだと。

でも、あんまりじゃないか。
そうして何もかも捨てられて、捨てて、ようやく自由になれたと思ったのに。


医者は言った。
彼が成人するまで生きるのは、諦めなさい、と。



「…僕らは一体、何をしてたんでしょうね」


呟くように言ってしまったその瞬間、いきなりシンクに頭を叩かれたから、シオンは思わず「いだっ?!」と妙な声を上げてしまった。
不意打ちはないだろ不意打ちは、と無言のまま訴えれば、鼻で笑われたので思わずクッションを投げつけてやったのだが、簡単に避けられてしまうので小さく舌打ちをしてやる。
それに終わらず加えて思いっきり溜め息を吐かれたから、今度は目潰しを狙ったのだが、やっぱり軽く避けられてしまって面白くなかった(あんな軽快な動き僕には出来る自信なんかない)。


「そんなグダグダ考えてなくて、ルークが起きたらローレライに文句言いに行くよ」
「……はい?」
「当たり前だろ?あの馬鹿犬、人にさんざん頼むだけ頼んでおいて、見返り一切無しだなんて許せれる筈がないじゃないか。僕はとりあえず一発ぶん殴るから。あんたは?」


にやり、笑って言ってくれたシンクが、本当は今にも泣き出しそうな、不安そうに瞳を揺らいでいたのはわかったけれど、今はただ、その気遣いに甘えさせてもらうことにした。



「毛皮剥ぎます」


にっこり笑って告げた直後、ルークが目覚めたと伝えに来てくれたアリエッタがちょうど扉を開けたから、こればっかりは聞かれてないといいな、と願うしかなかった。




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